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さらばお師さま、また会う日まで

 猪の死体をお家に持ち帰り、お師さまが隅々まで解剖しましたが…成果は無し。どのような視点から見ても死因は『生命力枯渇による自然死』です。

 更には寄生生物等の確認も行ったようですが、そちらも確認できず…凶暴化の原因も確定には至らなかったようです。

 お師さまも「これはお手上げかね」と言って死体を処理して錬金に戻ってしまいましたので、私にはどうしようもないでしょう。


 そうしてもやっとした気持ちを残したまま、猪の死体を見つけてから早くも数日経ち…今日はいよいよお師さまが出立する日となります。


「さてと。私は王都に向かわなきゃいけない訳だけど、何かあるかい」

「うーん…特に無いと思います。強いて言えば出来るだけ早く帰ってきてほしい、くらいですかね?」

「そりゃまた難しい願いだねぇ。ま、努力はするよ」


 お師さまでも今回の件を早めに切り上げる事は難しいと…いや、野暮用の方が長引く可能性もありますか。ともあれ、この調子だとお師さまができるだけ早く帰ろうとしても1、2ヶ月は掛かるでしょう。


「それじゃあ、私が留守にする間の決め事を言ってごらん」

「個人的な実験は課題が終わってから!自分の手に負えない失敗をするリスクのある実験や調薬はしないこと!武器になる薬品は知らない人に売らないこと!外出時は『奥の手』をいつでも使える状態でいる事!」

「よし。こっちからも定期的に連絡を出すけど、もしも緊急の連絡が必要になったらこれを使いな」


 そう言うお師さまから手渡されたのは、額に赤い宝石を携えた銀の小鳥です。

 とても軽く、触るとひんやりしているこの鳥もなんと、液体合金製なんですよ。液体合金があまりにも万能過ぎませんか?

 この小鳥に手紙を括り付けて思いっきり宙へと投げれば、お師さまの元へと飛んでいってくれるんですが…この金属の小鳥、色々と不可解な点があるんです。


 そもそも原則として液体合金を操作するには、体の何処かしらが触れてなければならないのですが、この小鳥さんはお師さまから離れていてもその形を保っているどころか、自立して動くことも出来ます。

 それにお師さまの元へと真っ直ぐ向かえるのも謎ですし…私の知らない技術が使われているのは明らかです。絶対遺失技術が使われてますよコレ。


「『伝書使』ですか。液体合金で身体を作ってる事くらいしか分からないんですけど、これってどういう原理で動いてるんですか?この額の石の正体も知りませんし…」

「あんたにはまだ早いね」

「むぅ…」


 私の知的好奇心に溢れた質問に対してお師さまが返した返事はそっけない物でした。

 確かに私はまだまだ未熟で、難しい錬金もできませんが…それにしたって欠片も教えてくれないのは不満ですよ!表情筋と視線をフルで活用して不満を訴えます!


「まずは液体合金を一本でも手足のように使えるまで習熟しな。話はそれからだ」

「それって何年掛かるんですか…」

「そう考えてる内はまだまだだね」


 私の無言の訴えも余所に、お師さまは無慈悲すぎる条件を出してきました。まだ雑に振り回す程度しか出来ない私にその条件は高すぎる壁なんですよ…。


「昨今の情勢から考えるに、各地で怪我人が多く出る可能性も高い。もしも近くの村から応援を要請されたら、薬を多めに持って向かいな」

「はーい、分かりました〜…」


 お師さまの助言に対して力無くもしっかりと返事を返します。

 あれだけ暴れるような猪が居たとなると、近くの村に被害が出る可能性も低く無いですからね。お師さまを頼る為にここへ来る可能性も低くはありませんし、それでなくても定期的な治療用の薬品補充もありますから、そちらは私が対応する事になるでしょう。


 う〜ん…やっぱりこんな状況でお師さまが居ないのは、かなり不安ですね。大抵の怪我は再生薬でどうとでもなりますが、未知の寄生虫やら病原菌が来たら私ではどうにもできません。

 まだ凶暴化の原因も特定出来ていないので、いざという時にお師さまに頼れない状況というのは本当に危険です。


「…やっぱり、どうしても行かなきゃ駄目ですかね?」

「何時になく弱気じゃないかい。あんたも無理なものは無理だと理解しているだろうに」


 これから私の置かれるであろう状況に思わず弱音を吐いてしまいました。

 今まではこの近辺で件の事件が起きていなかったので、お師さまがここから離れてもどうにかなると考えてました。

 しかし先日、不審な死体を発見したせいで、私も無関係とは言えない状況となりました。なんなら今犯人がこの近くに潜伏している可能性すらあります。

 そんな状況で私にお留守番が勤まるのでしょうか…かなり不安です。


「はぁ、そんなしょぼくれた顔されたってどうにもならないよ。何せ相手は国だからね、あんたのわがままや懇願が通用する相手じゃないのは分かるだろう」


 お師さまの言葉に『しょぼくれた顔』で俯きながらも頷きます。国の一大事に私のわがままが通用しないのはもちろん理解していますが…それでも不安なのはどうしようもありません。


 それ程までに不安であるのならばお師さまと共に王都へ向かえば良い、という意見もあるでしょうが、そうしない、出来ない理由もあるのです。

 その理由と言うのも、例の猪の死体です。この近辺で見つかった以上、この家を完全に空けるのはあまり良くないですし、近隣の村で被害が出た時の察知や対処も遅くなってしまいます。

 それに近隣の村に様々な薬品を卸してもいますから、いざ有事が起きた際にここに人がいなかったら、村の人々もとっても困るはずです。

 そんな訳で私がお師さまに付いて行くのも無理なので、ここまで話が拗れている訳です。まあ、拗れていると言うよりは、私がうだうだ言っているだけとも言えますが…。


 そんな私の態度を見て、お師さまも再びため息を吐いています。これに関してはどうにもならない事なのでしょうがないので、私が頑張るしかありません。


「それじゃあ、私はもう出るよ。あんたも覚悟を決めるんだね」

「は〜い…」


 そうこう話している内にも時間は流れて行くもので、気がつけばお師さまが出立する時間となっていました。

 王都へ向かうお師さまをお見送りする為に、お師さまの荷物を持ちつつ馬車が通れる程度の広さの山道へ向かいます。


 お師さまは必要がない限り、自分から話すことはあまりありません。それに対して私は普段お喋りなのですが…今は話す元気もあんまりないので、その道中は静かな物でした。

 そんな重苦しい沈黙の道中を挟み、山道へ出たら、まずは一人乗りの組み立て式二輪馬車を展開します。

 この組み立て式馬車はいろいろな技術が詰め込まれているので、頑張れば私一人でも運べるほどに軽量で小型なんです。

 そんな凄い馬車を私が組み立てている横で、お師さまは持っていた大きな銀の箱を宙に投げると…銀色の馬となって着地しました。もう察することができるでしょうが、この馬も液体合金によって体が構成されている非生物です。


「ほおぉ~…やっぱりカッコいいですね、その銀の馬」

「鍛練を欠かさなければそのうちお前でも使えるようになるさ」


 嘘だぁ!と叫びたくなる気持ちをグッと飲み込んで、左に赤、右に青い宝石の目を持った銀の馬に触れます。


 液体合金で構成されたその毛並みは、不思議なことにさらさらと柔らかく、しかし金属特有の冷たさを持っています。毛並みにまで拘ったその造形は精巧かつ流動的ですね。

 しかし、この馬の真に特筆すべき点はその精巧な造形ではありません。液体合金で形作られているというのに『お師さまから離れて独立している』という所です。

 どこからどう見ても立派な異常です。お師さまは過去に「液体合金は操作をしている人間から切り離せば操作は出来なくなる」と言っていたのに、このお馬さんは現在どこからどう見てもお師さまから離れて自立しています。


「このお馬さんに使われてる技術についても、教えてはくれないんですか?」

「伝書使と同じ技術が使われているからね。まだ調薬しか出来ないようじゃまだまだだよ」


 ぐぅ…確かに私は未だ『調薬の発展系』程度の錬金術しかやってません。

 本来の錬金術であれば薬草類だけでなく、鉱物や生物素材も多く使えるのですが…それらの素材は扱いが難しいので、未だ触らせて貰えていません。

 鉱物は爆発の危険が大きいですし、生物素材は謎生物が発生する可能性が高いんですよね。私は薬草類の錬金でも、なぜか謎生物が生まれたりしますが…。

 ともかく、こんな現状ではまだ錬金術の『れ』の字も学べていません。知識だけはそこそこあるのですが、実技がどうも…生命術派の錬金術は他と比べて制御が楽だってお師さまが言ってたのに、この惨状だと私には才能が無いんじゃないかと考えてしまいます。


「ま、サボらず修行を続けていけばいずれこの技術について教えてやれる時も来るだろうさ」

「本当ですかねぇ…」


 別にサボるつもりはありませんが、それはそれとしてぐっと成長できる兆しが見えないのもまた事実。な〜んか致命的な所で躓いているというか、お師さまの『一般論』と私の認識が食い違っている気がするんですよね。

 お師さま曰く、生命力は操作性に優れる代わりに出力に乏しいらしいのですが、お師さまが語るほど出力に乏しく無い上に、出力の調整も難しすぎるんですよね。操作性は悪く無いんですけどねぇ…。


 私と話している間にお師さまは馬と馬車を繋ぎ荷物を荷台へと乗せました。あとはお師さまが馬車に乗るだけで、何時でも王都へと出発できてしまいます。


「それじゃあ私は行くよ。留守は任せたからね」

「…はい」


 お師さまの宣言に対し、言葉で表すとするなら『もしょもしょ』と呼べそうな表情のまま、お師さまが馬車に乗り込むのを見届けます。

 お師さまは馬車に乗った後、私の表情を見て再びため息。そりゃあ留守を任せる弟子がこんな様子じゃ、お師さまも不安になるでしょう。

 お師さまは少しだけ考え込む素振りを見せた後、「仕方がないね」と呟きました。


「万が一、奥の手を使うような事態になれば強引にでも一度戻ってやろう。だからそんな顔してるんじゃないよ」

「そもそも奥の手を使うような状況に陥りたくはありませんし、そんな状況で一命を取り留める可能性が高くはないという点についてはどうお考えですか?」

「文句は国王に言ってくれ」


 お師さまのぶっきらぼうな返事に対して、私はぐうの音も出ませんでした。

 弟子より国の方が大事だって言うんですか!?……いや、どう考えてもそれはそうとしか言えません。愛国心どうこうではなく、国の命令に背けばとんでもなく面倒な事になるって所がポイントです。

 お師さまならばそこら辺もどうにか出来てしまいそうな雰囲気がありますが、それは流石に買い被りなのでしょう…ですよね?


「はぁ、良い加減出るよ」

「は〜い、行ってらっしゃいませ〜」


 先ほどの軽口の効果か、幾分か楽な気持ちでお師さまを送り出すことに成功しました。笑顔…とまではいかなくても、先ほどまでのがっつり落ち込んだ顔では無かった筈です。

 そうして、お師さまの乗った銀色の馬車を見えなくなるまで見送り…遅れて実感が込み上げてきました。


「……はぁ~、ほんとに行っちゃいましたねぇ」


 とうとうお師さまが王都へ向かい、私は三ヶ月に渡る長期のお留守番を任されました。

 三ヶ月…情勢が不安定で、この間にも変死体が見つかったこの状況で三ヶ月ですか。やっぱり不安ですって!

 しかし、いくら不安だろうとお師さまは既に出発していて、私は留守を任された一番弟子!既に賽は投げられ、覆水が盆に返る事は無いのですから、覚悟を決めるしかないのです!


「よ~し!今日から頑張っちゃいますよー!おー!」


 山道で一人、自分自身を鼓舞する私の声が虚しく響き渡りました。む、虚しすぎます…。


「…はあ。帰りましょうか」


 そう呟いて、肩を落としながらも我が家へと戻ります。三ヶ月…私は無事に過ごせるのでしょうか。

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