死因:不自然な自然死
山道を駆け抜けて、十分程度でお家に戻ってこれました。幼い頃からフィールドワークの勉強も兼ねて森を歩いているので、急いで帰ろうとすればこれくらいお茶の子さいさいなんですよね〜!
それはさておき、どたばたとお家の中に入って大きな声でお師さまを呼びます。
「お師さまお師さまお師さま〜!」
「喧しいね…随分と早い帰りじゃないか。何があったんだい?」
「例の不審な獣の死体っぽいものがあったので報告の為に帰ってきました!」
私の報告を聞いたお師さまは「ほう?」と目を細めます。お師さまもすぐに例の件と関わりがある可能性に思い至ったのでしょう。
「死因不明で随分と暴れていた痕跡もありました。これです!」
現地で紙に写した痕跡をババンッ!とお師さまに見せれば、お師さまは眉根を寄せてその紙を見ます。
「原因不明の死体に凶暴化ねぇ…面倒だが、直接見に行くべきかね」
「おお!お師さま直々に対処してくれるなら安心です!」
お師さまは面倒臭いという感情を隠さずに「よっこらせ」と言いながら席を立ちます。見た目はお若いのに、どうにも年寄り臭い言動なんですよね。実際のお年も…いえいえ!なんでもありませんよ!?
何はともあれ、お師さまは錬金術の後片付けをしている触手はそのままに、さらに複数の触手を伸ばしてコートやら鞄やら色々な機材やらを引っ張ってきました。
「さあ行くよ。そこの荷物を持ちな」
「はい!お任せください!」
大型の機材はお師さま(の液体合金)が、その他の細々とした道具類の入った大きな鞄は私が持って、猪の死体のあった所まで戻ります。
私がひいこら言いながら大きな鞄を背負い歩く前方で、お師さまは液体合金を器用に操作して細長い八つの足を展開し、木の根や道の起伏も関係無しにすいすいと森を進んでいきます。
ば、化け物…見た目もそうですが、頭の作りが明らかに人のそれを逸脱してますよね?元からある手足を含めたら十二本ですよ?
そんなお師さまの人間離れした所業を後ろから眺めつつ、20分ほど掛けてえっちらおっちらと森を進めば…例の猪の死体が包まれた真紅のドームの前に着きました。
「これが例の死体かい?」
「はい、そうです。死体保全のために防壁を貼っておきました!」
「そうかい。それじゃあまずは…これを元に戻しな」
そう言うお師さまの視線の先には猪の死体…を包む、固体化した液体合金の防壁が。
ええと、つまり…この防壁を私が解体しろと?お師さまを見つめれば「さっさとやりな」と言わんばかりの視線が返ってきました。
「うぇっ!?い、いやぁ…この程度、お師さまであれば瞬きの間も置かずに解体できますよね?」
「ああそうだね。ほれ、ごちゃごちゃ言ってないでさっさとやりな」
私の懸命な反論も意に介する様子もなく、顎で防壁を指して急かしてきます。
ぐぬぬ…お師さまを説得するのも無理ですし、防壁とにらめっこをしていてもどうにもなりません。ここはいっちょ私のスーパーテクニックに賭けるしかないようですので、意を決して防壁に手を当ててみます。
「ぬ、ぬぬぬぬぬ…そいっ、ワーッ!?」
気合を入れて『液体に戻れっ!』と念じてみましたが、結果は惨敗。棘となった液体合金が凄まじい勢いで、四方八方に飛び出す結果となってしまいました。私もびっくりしてひっくり返ってしまいましたよ。
お師さまが何かしてくれたのか、私の方へ飛び出てきた棘は鼻先で止まりましたが…それ以外の棘は余裕で木を貫通したりしてます。おっそろしい…。
「全く、何やってんだい」
「いやいやいや、これ難しいんですって!お師さまも分かるでしょう!?」
「どれだけ難しくとも生命術派の液体合金じゃこうはならないはずなんだけどねぇ。そもそも力むのが間違いなんだよ。見てな」
お師さまが棘を避けて防壁に手を当てれば、カチカチのトゲトゲだった壁は一瞬でどろりと溶けて、お師さまの手元へと纏まっていきました。
瞬きせずに見ていても何がどうしてそうなったのかは分かりませんでした。あまりにも流れが自然すぎて何が起こっていたのかも分かりませんよ。
そもそもお師さまが普段使ってるのは魔術派の液体合金なので、私の使っている液体合金とは勝手も違うはずなのに、こうも易々と高度な操作を熟せるなんて…頭の出来が違うんでしょうね。これが天才って奴ですか。
「うわぁ…見てても分かりませんよこれ。なんか溶けたって感じですよ」
「まだまだ道程は遠いね。それじゃあ私は死体を見るから、あんたはこれを回収したら持ってきた機材を設置しな」
「は〜い…」
お師さまから液体合金を受け取って水筒に戻したら、付近の環境を測定する機材を設置していきます。
周囲の魔力量や空気の流れを測定したり、大地に流れる力を測定したり…とにかく何かしらの手がかりを掴むために色々な物を測定していきます。
そうして私があちこちに計測器を設置する一方で、お師さまは自身の液体合金を使って猪の全身を弄っています。
口や鼻にも液体合金を流し込んで、色々な内容物を専用の器具に入れたり…あの手この手で猪の死因や異常を探っているのでしょう。
私も何か力になれないかと思い、設置した測定器の記録をちらっと確認しましたが…こちらに異常は見られません。お師さまが見たらもしかしたら何かしらの異変を見つけられるかもしれませんが、望みは薄そうです。
「お師さまー。こちらは設置完了しましたよ〜」
「ああ、そうかい…こっちも死因は特定出来た。生命力の枯渇による自然死として扱われるだろうね」
「生命力枯渇?また珍しい死因ですねぇ」
険しい表情をしたお師さまの口から出たのは、野生の生物ではなかなかに珍しい死因である『生命力枯渇』でした。いわゆる『寿命』と呼ばれる物ですね。これが無くなると大抵の生物は多臓器不全を起こして死亡します。
一応例外として他のリソース…魔力等で代替する方法もあるにはありますが、そうするには多くの臓器を自らの操作によって稼働させなければいけないので、ただの獣に真似できる芸当ではありません。
「問題はこの生命力枯渇が外的要因で引き起こされた可能性が低くないってところだね」
「外的要因って、まさか…」
「目的は分からないが、この猪から生命力を奪った存在が居るって事だ」
他の生物から生命力を奪えるような存在は、人間を除けば微生物か極々限られた場所にしか生息しない生物だけ。そんな希少な生物はこの辺りには生息しておらず、微生物だけで生命力を枯渇させるのはほぼ不可能です。
これは文字通りの『噂をすれば影がさす』と言う奴では?無茶苦茶やばい事件がこの国で起ころうとしているのでしょうか。
「それって誰かが秘石を作ろうとしているって事ですか!?」
「そう考えるのは時期尚早だよ。秘石ってのは所詮、形の無い物を使いやすく加工しただけの物質だ。それを介さずに直接生命力を利用する方法なんてごまんとあるし、秘石の生成は手間も時間も掛かる。こんな雑な仕事をする奴に扱える代物でもないしね」
雑な仕事、ですか。私にはどこがどう雑なのかもわかりませんが、お師さまがそう言うならそうなのでしょう。
「確認されているのは野生動物に家畜…人への被害は出てないとなると『あの線』かねぇ」
「どの線ですか?」
「『勘違い不老不死』って奴だね。燃料さえあれば機械が永遠に動くと思い込む奴は多いからねぇ」
勘違い不老不死?なんとなく間抜けな語感ですが、どのような物なのでしょうか。首をかしげた私を見て、お師さまは「簡単な話だよ」と前置きをしました。
「生命力は種族差による大小はあれど、全く無いなんて事は無いからね。適当な野生動物から生命力を奪って生き長らえようとする奴も、ちょくちょく出てくるもんさ。生命術を専攻にしている奴は特にね」
「う〜ん?生命力枯渇による死が無いとなると、理論上は不老不死では?」
「生命力だけが大量にあったところで肉体の老化は避けられないだろう。不老不死の一番の課題は肉体関連だからね」
なるほど…生命力は活動を維持する為のコストですが、それがどれだけあったところで経年劣化は避けられないと。
しかし生命力は文字通り生命に直結する物ですし、錬金術以外にも活用できる方法は、お師さまの言う通り『ごまんと』ある筈です。上手く何やかんやすればどうにかならないものでしょうか。
「そこら辺の問題も生命力でなんとか出来ないんですか?生命力は他の力より人体に干渉する方法も多いじゃないですか」
「生命力だけじゃ老化を停滞させるのが限界だね。生命術以外の手段を取れば、肉体の問題をどうにかする方法は無くはないけどね」
お師さまでもどうしようもないと言うのなら、そこらの闇錬金術師の手に負える問題ではなさそうです。
しかし生命術に限らなければどうとでも出来る問題でもあるようです。案外、不老不死はそう難しくはないのでしょうか。
「例えば肉体の大半を金属体に置き換えたり、新しい肉体を作ってそっちに精神を移し替えたり…いっそ肉体を捨てて精神生命体に変容する、なんて方法もある」
「うわぁ…どれも倫理的にどうかと思えるような奴じゃないですか。ところで、精神生命体ってなんですか?」
「巷では幽霊とか呼ばれる奴だね。アレは条件が厳しい上に制限も酷く多いから、余程の事がなけりゃ取らない手段だけどね」
想定以上に忌避感を強く感じるような技術ばかりです。私はまだそういうのはいいかな…不老を得るにはまだ若いですし、進んで死にたいという訳ではありませんが、不死に縋るほど生に執着する理由もまだありませんから。
それにしても幽霊って本当にいるんですね。お師さまの口振りから察するに、巷で噂になるような幽霊は本物ではなさそうですが…それでもマジで居るってのが、なんか嫌ですね。
「ついでに言えば、どんな手を使っても『完全な不死』になる方法はまだ見つかってない。どんなに寿命を克服できるような手段を重ねた所で、殺せば死ぬような奴ばかりだからね」
「殺して死ぬようであれば不死足り得ないと?寿命さえ克服できてるなら十分『不死』と呼べると思うんですけどねぇ」
殺されて死なないのはもう生物では無いのでは?私は訝しみました。
それにしても人間の探究心は飽く無き物のようです。老いを克服して尚、更なる死を遠ざける手段を探し求める…それが錬金術師というものなのでしょうかねぇ。私にはまだまだ理解できません。
「ともかく、生命力だけを集めてやれる事なんてたかが知れてるんだ。大抵の技術は生命力以外の力を利用した方が楽で手っ取り早いからね」
「なるほど…それで、対策とかはないんですか?」
「この死体に人為的な傷跡は無いから、そこそこ大掛かりな装備で生命力を奪っている筈だ。しかし凶暴化の原因がいまいち分からないねぇ」
大掛かりな装備となると、一度に多くの被害を出すのは難しそうです。しかしそんな装備を使った上でこの国の広範囲で被害が出ていて、犯人の目星や目撃情報も無いとなると…かなり慎重な犯人っぽい感じもしますね。
それにお師さまの言うとおり、生命力枯渇状態で力尽きているのに凶暴化というのも不自然です。
「あんたも知っているだろうけど、生命力枯渇の前段階である生命力欠乏の主な症状は衰弱だ。これだけ暴れてから力尽きているとなると、暴れるだけの力を何かしらの手段で補う必要がある」
「そうですよねぇ…暴れているのは死獣だった、とかですかね?」
死獣とは、特殊な寄生虫やら呪いやら過剰な魔力やら…原因を問わず、なんらかの要因で動いてる死体の事です。これなら生命力に関係なく暴れることができます。
死獣は死獣で無茶苦茶厄介なので、相応の対処をしなければなりません。なんせ肉体の損傷度合いに関わらず暴れますからね。足が捥げようとも暴れ狂うような状態なので、本当に厄介です。
「ここまで綺麗な死体となると死獣の線は無いね。私の知らない技術で変化させたのなら別だけどね」
「お師さまの知らない技術なんてあるんですか?」
「あんたは私をなんだと思ってるんだい。あるに決まっているだろう」
私にとってお師さまは全知と呼べるほどに深い知見を持っているお方です。なのでお師さまが自ら「私にも知らない事はある」なんて言っても信じられません。
流石に『他の国に居る一個人の一挙手一投足までもを把握している』とまでは言いませんが、今回のような特殊な事件であれば、瞬きの間に真実に到達できると思っていたので…かなり意外です。
「とりあえずこの死体は持ち帰って解剖するかね。計測機の撤収を進めな」
「分かりました!」
やはりと言うべきでしょうか。現地での調査は短時間で終わり、猪の本格的な検査はお家で行う運びとなりました。お師さまの命令に従い、パパッと計測機を解体して鞄にしまいます。
猪の死体はお師さまが運んでくれるようなので、私の荷物は増えません。流石にこんなに大きな猪を運べと言われたら困っちゃいますからね。
がちゃがちゃと計測機の撤収を進めている間も口を動かす程度の余裕はあるので、お話大好きなヴィータちゃんはお師さまに話しかけます。
「それにしても、お師さまでも分からない事ってあるんですねぇ」
「そりゃそうさ。今回の件は特に情報も少ないしね。生存個体を調べればまた話は変わるかも知れないが、死体から得られる情報ってのは結構限られる物なんだよ。用済みになった検体の処理なんて、特に基礎的な事だから尚更ね」
「でも死体は残ってますよ?」
「残っても問題ないように処理してるって事だよ。現に王国の研究員は死因すら突き止められなかったから、私に泣きついて来ている訳だしね」
むむ、死体が残っていようと自身に繋がる手掛かりさえ消しておけば問題無いと言う事ですか。
確かにそれであれば問題無いようにも感じますが…凶暴化させて野に放つのはいけない事ですよ。現に私に迷惑が掛かりましたしね!他人に迷惑をかけるのはいただけません!
「今一番の問題点は『何故生命力を奪った個体を暴れさせているか』だ。生命力が必要なだけであればこうして暴れさせる必要は無いはずだからね。生命力が枯渇寸前になっているとなると、暴れさせるにも相当な手間を掛けているだろう」
「ふむ…国のあちこちで同じような被害が出ているとなると、混乱を起こしたいとかですかね?」
「それならもっと王都の近くで騒ぎを起こすべきだろう。こんな何も無い山奥で騒ぎを起こして何になるってんだい」
お師さまの言うとおり、この周辺にあるのは小さな村一つに私たちの住むお家くらいです。こんな所で騒ぎを起こした所で、国としては痛くも痒くもないでしょう。
う〜ん…まあ、私がこうして必死に頭を捻った所で解決する方法を思いつける訳でも無いですし、難しいことを考えるのはやめて、お師さまに全部任せましょう。
「しかし、流石に情報も足りないし…王都で被害状況を聞かなきゃどうにもならなそうだね」
「やっぱり王都には行かなきゃいけなさそうですか?」
「呼び出しもあるから、ここで解決出来たとしても行かなきゃならないね」
そういえば確かにお師さまは王都にて「雑用も済ませてくる」と言ってましたし、国に対しても手紙で『解決したよ』なんて報告しても納得はしてくれそうにもありません。お師さまが王都に向かうのを留める事は出来そうに無いですね。
むう…流石にこんな不審死体を見つけた以上、一人でお留守番をするのはかなり不安になりますね。お師さまも同じ考えなのか、顰めっ面で「そうだねぇ…」と呟いています。
「今回の件はかなりきな臭い。私が不在にしている間に外出するなら、常に『奥の手』は持っておくんだよ」
「分かりました…使う事態に陥らなければいいんですけどね」
「対死獣用の薬品も多めに作っておくから、基本はそっちを使いな。奥の手は逃げる事すら出来ない状況になったら使うように」
そう言い切ると同時に、お師さまは「よっこいせ」と呟きながら液体合金で猪の死体を持ち上げました。こちらも荷物を纏め終えたので帰路に付けます!
「さあ、帰るよ」
「は〜い」
お師さまの声掛けに応じて鞄を背負い立ち上がります。お師さまは再び液体金属で足を生やしていますが、アレって普通に歩くよりも疲れそうなんですけど、そうでもないんでしょうか?
私もそのうちああやって動けるようになるんでしょうか…?液体合金の再液体化に梃子摺っているようではまだまだですかね。




