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ある日、森の中

 お師さまに頼まれた材料はどれも裏山のそこまで深くない所に生えている物です。それでも屋外の作業ですから服も錬金術用のエプロンから屋外活動用の物に着替えましょう。

 あとは採集用の道具を取り出してカバンにしまったら…準備完了!採取に行きますよ〜!


「ではお師さま!行ってきま〜す!」


 玄関から出る前に、お師さまに向かって大きな声でご挨拶しておきます。

 聞こえていても返事は返ってこないでしょうし、お師さまなら挨拶せずとも私が出る時も把握しているのでしょうが、これは気分というやつです!


 さて、お家からそこそこ歩いて裏山の入り口まで来ました。改めてメモを確認して、必要な素材のある場所まで行きましょう。


「鎮痛、解熱作用のキノコと止血用の薬草に、気付け用のハーブも取らなきゃですね。あとはお茶の葉っぱもですか」


 今回は生物由来の素材は必要ないようですから、楽に終わりそうですね。パパッと集めてパパッと帰りましょう!

 いざ、歩き慣れた深い森の中へ!


「きのこのこのこげんきのこ〜」


 キノコといえばじめっとした所に生えるモノ。目的の木を探し、その陰を探してみれば…ありました。「毒があります!ぼくは毒ですよ!」と主張している紫色の禍々しい模様のついたキノコ。見た目に違わず、しっかりと毒があります。

 しかし、これもちゃんと処理と加工をすれば立派なお薬になります。これに関しては錬金術と言うよりは薬学の分野の方が近いでしょう。

 触っても問題ないタイプの毒キノコですが、念の為手袋を付けてキノコを引っこ抜き、専用の小袋へ仕舞えば完了です。


 お次はハーブですね。もちろんご禁制のヤツではなく、至ってクリーンな薬用ハーブです。

 場所によっては使ったらダメなハーブもありますが、ここら辺ではあんまり生えていませんし、私も見分けられるので問題ありません。

 こちらのハーブは群生地を知っているので、そこから採取します。山道をえっほえっほと進んでいきますよ〜!


「たしかここら辺に〜…おや?これは…」


 確かに目的のハーブは生えていましたが…ここら一帯を何者かが荒らしたのか、めためたのぐちゃぐちゃになっています。これではお薬の材料として使えません。

 私がお師さまに師事してからこの方、ここがこれほどまで酷く荒らされたのは見た事ありません。


 痕跡を見るに暴れたのは大型の牙を持った四足獣…猪のような獣のようです。

 しかし暴れ様が尋常じゃないですね。地面はところどころ捲り上がっていて、木も幾つか薙ぎ倒されています。


「むむむ、随分荒れてるようですねぇ。お師さまに報告しておきましょうか」


 見つけた痕跡をささっと紙に写し取ってカバンにしまいます。しかしちょうどハーブの群生地が荒らされたせいで、目的の物は回収できていません。

 ハーブに関しては少し手間ですが、ちょっと離れた所に他の群生地があるので問題ありませんが…この近辺で大型の獣が暴れている可能性があるとなると、かなり億劫ですね。

 念の為、腰にあるポーチの内容物…対獣用の道具があるのを確認してから再び歩き始めます。


「はぁ、ちょっと歩かなきゃいけなくなりましたね…」


 面倒ですが仕方がありません。荒れているであろう獣に警戒しつつ、さらに山の深い所にある別の群生地へと向かって潜っていきます。

 しかし、何が原因でこれほど大きな痕跡を残すほどに暴れるのでしょうか。明らかに普通じゃあり得ません。


「魔力中毒…はむしろ弱る方が殆どですし、狂獣症ならもっと暴れますよね。う〜ん、分かりませんねぇ」


 魔力中毒は大気中に溜まった質の悪い魔力を浴びすぎると発生する症状です。魔力溜まりと呼ばれる場所に長く滞在したりすると発症しやすいですね。

 魔力溜まりは自然の中でも時折発生しますが、一番身近なのは戦闘などで多くの魔法使いが強力な魔術をバカスカ打った時によく見られます。天然物の魔力溜まりはなかなか見かけませんね。


 そして狂獣症は、不特定の原因で獣が暴れ狂う症状ですね。病気だったり呪いだったり毒だったり…吐き気とか咳みたいな症状の一種です。

 発症するとやたらめったら暴れ回るのが特徴ですが、それにしては大人しい被害だったんですよね。

 狂獣症が自然の中で発生するとなると、やはり病気か毒ですが…そんな病気が発生したらお師さまが対処すると思うんですよね。魔力溜まりに関しても同じです。

 痕跡から考えるに暴れた動物は単一個体…縄張り争いの線も薄いでしょう。状況やタイミングから察するに、王都でも問題になっている事件と同一の物と考えてもいいかもしれません。


「まさかお師さまと話をした直後にこんな事になるなんて…いわゆる『フラグ』ってヤツでしょうか?」


 お師さま曰く「言葉にするとそのものが寄ってくる事がある」と言ってましたし、そういうものなのでしょう。私も発言には気をつけなければなりませんね。

 そうして警戒しながら獣道を歩いていけば、目的地のハーブの群生地に着きました。荒らされた痕跡も無し。これでおハーブも手に入ります!


「よし、こっちは大丈夫ですね。予定よりも多めに取っておきましょうか」


 こちらのハーブはそこまで量は必要ないですが、必要になった時に荒らされていたら困っちゃうので気持ち多めに採取しておきます。

 次来た時にここが荒らされていない保証はありませんからね。このハーブもそう長く保存は効かないですが、こればかりはしょうがないでしょう。


「このままここら辺を荒らされても困りますし、早急に対処しなきゃいけませんねぇ…」


 このままあちこちを荒らされては困るので件の獣への対処は急務です。

 そう考えると、お師さまが王都へ向かう前の今のタイミングであの痕跡を見つけられたのは、運が良かったと考えるべきでしょうか。


「さてと、あとは薬草とお茶っ葉ですね。何事も無く終われば良いんですが…」


 ちょうどそう呟き、立ち上がった瞬間…ふわりと不快な臭いが鼻先を掠めました。


「これは…かなり濃い血の臭いですね。音がしないあたり、死体か重体かでしょうか」


 風向きから大体の方角を予想し、その臭いの発生源が存在するであろう方向へと歩みを進めて行けば…段々とその臭いも強くなってきました。方向は間違ってなさそうです。


 周囲に動物の気配は無く、周囲で発生する音も私の足音と、風が葉を揺らす音だけ…手負いか死んでいる動物がいるにしては、不気味なまでの静けさですね。

 明らかな異常事態に、警戒を一層強めつつゆっくり臭いの発生源へと近づきます。


「むむ、イノシシですか。あの暴れていたのと同じ個体でしょうかね」


 臭いの発生源は全身を血に染めて横たわる、私の身長くらいの体高の大きな猪でした。遠目から見る分には息はしてなさそうです。

 牙の大きさも先ほど見た痕跡と同じくらいですし、身体中の傷跡から察するに相当暴れてのたうち回ったようですね。

 遠目から見ただけなのでまだ息がある可能性も捨て切れませんし、他の要因でいきなり暴れ始める可能性もゼロでは無いので迂闊には近づけません。


 つまり、遠くからいい感じに生存確認をしたいという事なので…腰の道具用ポーチから大きな水筒を取り出し、蓋を開けたら逆さまにします。

 そうして水筒からどろりと出てきたのは、真紅の光沢のある重たい液体…お師さまもよく使う液体合金ですね。

 色を見て分かる通り、お師さまの使っている液体合金とは別物なのですが…効能自体はそこまで変わらないので、今は便宜上同じものとして扱います。


 さて、手を液体合金にさらし、自身の身体の内に流れる生命力を通せば…操作できる状態になりました。ゆっくりと液体合金を伸ばして、横たわる猪の全身を弄って反応を確認します。


「う〜ん、反応無し…近場に魔力溜まりも感じられませんし、しっかり死体ですね」


 触ったり軽く刺したりしても反射すら見られないので、これは完全に安全な死体でしょう。

 死体が動かないから安全と言うだけで、毒やら病気やらの危険性はまだありますが…今ここでそれらを調べる手段は持っていないので、ここは妥協です。


「自傷した様な傷跡はありますが…他の獣と争った痕跡は無いですね。死んでから結構時間も経ってるみたいですが…腐敗はまだ始まっていないと」


この辺りは比較的涼しいので、腐敗が進んでないのは良いとしても…死体の状態から一日以上は経っているはずですが、まだ他の動物に荒らされていないのが少し気になります。

 これ程までに血の匂いを漂わせつつも、その死体を漁る動物の気配がまったく無いのは不自然なんですよね。

 それに全身にある大小様々な傷跡も、他の動物から受けた物は見当たりません。硬い岩壁に擦り付けたり、鋭い枝で引っ掻いたような跡だったり…いわゆる自傷行為にも似た傷なんですよね。


「派手に血塗れにはなっていますが、出血量自体はそこまででもありませんし…湿疹みたいな症状は見られませんが、全身を硬い物にこすりつけた様な傷はあると。やっぱり国で流行中の原因不明の症状でしょうかねぇ?」


 う〜ん…私の知見と今ある情報だけでは、この猪がどのような理由でこの状態に至ったのかを推察する事すらできません。

 とりあえず死体の状態をメモに取ったり、現場保存などをしてから帰るための準備をしましょう。

 まだ頼まれたものは集め切れていませんが、ここで変なトラブルに巻き込まれる方が大変ですしね。


「さてと…うまく行けば良いのですが」


 死体の状態についてあらかたメモを取ったら、お次は死体の保存です。

 死体を保存する為に液体合金でドーム状の膜を作り、なんやかんやしてえいっ!とすれば…その場に固定できました。液体合金の固形化です。

 固形化した液体合金を液体に戻すのは難しいのですが、今は戻す事を考えなくて良いのでちゃちゃっと処理をしちゃいます。


「…よし、この程度の厚さであれば獣には荒らされないでしょう」


 ここでの用事は済みました。ちゃちゃっとお家へ帰ってお師さまに報告しましょう!

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