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錬金術という名の調薬

 錬金器具の火を止めて、出来上がった三本目の傷薬の出来栄えを確認します。う〜ん、カンペキ!我ながらなかなか上手く出来ていますね!


「これで三本目っと…とりあえずお師さまに言われた分は用意できましたね!あとは片付けをしたら、お師さまに報告しましょうか」


 作業を始めてから三時間ほど経ったあたりで、お師さまから任された分のお薬は作り終えました。使った道具の清掃と後片付けも終えたら、出来たお薬を持ってお師さまの仕事部屋へ向かいましょう。


 後片付けの分も用意した精製水で器具を洗い、所定の位置に戻します。後片付けまでちゃんとしてこその錬金術ですからね!

 それにこの先錬金術を極めていくとすれば、もっと危険な素材やヤバい廃棄物なんかも発生しますから、そういった面で見ても錬金術における後片付けは大事なんですね。

 今回の錬金はほぼ普通の傷薬を作ったのみで、危険な物は何も使っていません。なので清掃もパパッと終了しました。出来上がったお薬を持ってお師さまの部屋へと向かいましょう。


 お師さまは基本、この家の中の事であれば何でも把握しているので、ノックはせずに仕事部屋の扉を開けます。

 お師さまの作業部屋は私の部屋より大きく、中央には大型の錬金釜が設置されていて、その周囲には複雑な形状の錬金器具が数え切れないくらい置いてあります。

 部屋の壁際に設置されている数多くの錬金器具を私が使えるようになるのは何時になるんでしょうかねぇ。


 何はともあれ、この広い部屋の中でもお師さまを見つけるのは難しくありません。適当な錬金器具をいじっている銀色の触手を辿っていけば、そこにお師さまが居ますからね。


「ほぁあ〜…!」


 お師さまの足元から幾つもの銀の触手が伸びて、あちこちでいろんな器具を動かしています。


 火を入れたり、釜をかき混ぜたり、器具の調整をしたり、薬草や鉱石を砕いて混ぜて…私でも出来るような事から、私には理解できない作業まで。

 錬金術の技能に液体合金の操作技術、そのどちらもが最上の物だと分かるような光景です。それを一人で制御し、完璧に熟す姿はまさに神業ですね。

 しかし、改めて見てもこの光景は人間業じゃありません。液体合金を用いて一人の人間が複数の複雑な錬金を同時に行うなんて…実際に腕を何本も生やしたとて、こんな真似ができる人が何人いるのやら。


 お師さまは私と違い、大型の錬金器具で一度に多くのお薬を作れるので錬金を行う頻度はそう多くありません。

 それに一度に複数のお薬を作る事もそう無いので、ここまで大掛かりに錬金をする様子を見られるのは滅多に無いのです。なかなか珍しい光景なんですよ、コレ。


「何してるんだいヴィータ」

「あ、い、いえ!すごいな〜って、思わず見入ってました!あ、頼まれていたお薬は出来ましたよ!」

「そうかい。なら作った薬は保管庫に入れておきな」


 思わずお師さまに話しかけるのも忘れて見入っていた私に、何やら小ぶりで古びた本を読んでいたお師さまがぶっきらぼうに声をかけてきました。

 何をやっているのかはよく分かりませんが、見るからに凄い事をしているのは分かりますからね。見入ってしまったのも仕方なしでしょう!


 お師さまに言われた通り薬を所定の場所にしまったら、またお師さまの錬金を観察します。やっぱり私がお師さまと同じような錬金が出来るようになるとは思えませんね…まずは液体合金の操作精度を上げないと。


「今は何を作っているんですか〜?」

「【中級】と【高級】の傷薬だね。あとは【再生薬】を多めに作ってる。あとは戦闘用の薬品の材料を加工しているね」

「ほへぇ〜…もうどれがどれだか…」


 まだまだひよっこの私では、今どういった作業をしているのかも、どの器具で何を作っているのかも分かりません。

 ですがお薬の効能くらいは理解していますよ!ごくごく稀にですが、ここに急患が運ばれる事もありますからね。そういう時のためにお師さまから教えてもらっています。


 傷薬は怪我をゆっくりと治すタイプのお薬ですね。良いお薬になるほど骨折や内臓損傷などの深い怪我も治せるようになります!

 私の作っていた低級程度では、そこまで大きい怪我は治せませんが…それでも付けておけば、はっきり分かる程度には治りが早くなります!


 再生薬は文字通りあらゆる怪我を、みるみる内に再生させてしまうすっごいお薬です。切断された部位ですらも元通りになる、まさに魔法の治療薬と呼べる代物ですね!

 ですが色々とお高い素材を使ったり、難しい処理をしなければならないので市場での流通はほとんどありません。

 その上身体への負担も重いので、お年寄りや子供に使う際には細心の注意を払わなければなりませんし、若い方でも怪我から時間が経って衰弱していれば使えない場合もあります。効能はすごいですが、繊細なお薬なんですよね。


 そんな高級な素材をたくさん使う難しい錬金を、何でもないかのように行うお師さまの姿は…絵画にすればさぞ映えるのでしょうが、錬金術に詳しければ詳しいほどその異常さに恐れを懐いてしまう程の物ですね。

 私はまだまだ未熟なので「ほへ〜」としか感じられませんが。


「…ヴィータ」

「は、はい?」


 そうしてわたしがじっとお師さまの錬金を眺めていると、お師さまが何時になく真剣な口調で私を呼びます。お、お叱りでしょうか…?

 なんかマズい事したっけ…?さっきの実験で出来た謎生命体の件…?いや、ここまで真剣な口調で諭されるほどヤバいやらかしはしてないハズ……多分。


「私はしばらく留守にするが、外出する必要がある時は十分な準備をして行くんだよ」

「ええ、まあ…はい。分かってますよ?」

「それなら良い」


 お師さまの口から発せられたのは、お叱りの言葉ではなくごくごく当たり前の言葉でした。

 私の返答に対して、お師さまは興味なさげに返事を返してくれましたが…明らかに何かがあるような口ぶりでしたよね!?


 錬金術に必要な技能にはフィールドワークも含まれています。何を作るにせよ素材は必要ですからね。

 山や森林の歩き方に使える植物の見極め方、危険な獣の対策などもしっかり教わってます。よっぽど変な異常でも発生しない限りは問題ないでしょう。

 しかしお師さまがこうして念を入れてくるとなると、間違いなく良くない事が起きるに違いありません。ここは強引にでも聞き出すべきでしょう!


「お師さまぁ…今のはあまりにも意味深過ぎますって!この国で何が起きてるんですか!?」

「そうだねぇ。まあ、無関係って訳じゃないから教えておこうかね」


 おや、予想とは違いあっさりと教えてくれるようです。思ったよりも大事じゃなかったのかな?


「最近、この国のあちこちで獣による被害が増えているんだよ。その原因も分からなければ、騎士団を総動員しても対応も追いつかないなんて泣き付かれてねぇ。まったく、情けないったらありゃしない」

「うわぁ。国の対応が追いつかないって余程じゃないですか」


 やっぱり大事でした…が、王都から遠く離れたこの辺りではまだそのような被害はないので、いまいちピンと来ませんね。

 とは言え騎士団を総動員するほどの被害となると、国からしてみればこれ以上無く悲惨な状況になっているのでしょう。それくらいは分かります。


「ここら辺はまだそういった被害を聞かないけど、それも時間の問題かもしれないからね。だから慎重に動けって事だよ」

「なるほど!では十分に気をつけます!」

「素直な返事は良いんだけどねぇ…」


 お師さまに安心してもらう為に発した言葉ですが、お師さまはどうにも不満気です。私の腕じゃ心配だとでもいうのでしょうか?

 流石に獣の一匹や二匹に遅れを取るほど未熟でもないんですが…いえ、被害の規模から察するに十匹以上の群れで来る可能性もありますか。そうなると未熟な私では対応も精一杯でしょう。


 しかし、私にはお師さまから預かっている『奥の手』があります!これさえあれば獣の十匹や二十匹も敵ではありませんよ!なんなら国の騎士団を相手にしても


「安心してください、お師さま。いざとなれば奥の手もあるんですからね!アレさえ使えばどんな敵であろうとけちょんけちょんですよ!」

「それを使えば暫くは動けなくなるだろうに、何を安心すれば良いんだろうね」


 冷たく私を見下ろすお師さまの指摘に、わたしは「うっ…」と言葉を詰まらせてしまいました。

 よくよく考えなくてもデメリットがデカすぎる『奥の手』を使う状況になっているのを、どうして安心しろと言えるのでしょうか。

 そもそも奥の手を使うような状況にならないように立ち回るのは大前提ですね…反省です。


「…まあ、奥の手は所詮奥の手!錬金術師らしくいろんな薬品で戦うこともできますから!」

「錬金術師らしく、ねぇ…まあ、奥の手を使わず倒れるのは言語道断だけど、焦って使えば文字通りの死に体になる。きちんと戦況は見極めるんだよ」

「大丈夫です!そこら辺は錬金術以上にしっかりと教えてもらいましたからね!」


 ここら辺は野盗も少なく獣の気性も穏やかですが、絶対にトラブルに巻き込まれないとは言えませんからね。普段の安全な錬金術よりは危険が多いので、お師さまにもしっかりと教わっています。


 しかし、お師さまがこうして警告してくださったのですから、念のためにフィールドワークは最低限にした方がいいでしょうか…ううむ、悩みますね。


「…とにかく!私は大丈夫ですから、お師さまは困ってる人を助けに行ってあげてください!」

「はあ…私はそんな正義感に駆られて動く性格じゃないんだけどね」


 お師さまの言う通り、お師さまは決してお人好しと言えるような性格ではありません。むしろ、どちらかと言うと性格は悪い方…いえいえ、何でもありません!

 ですが目の前で困ってる人を見捨てるほど薄情でもありませんし、近場で死人が出るような危険な状況なら、渋々ながらも重たい腰を上げて動いてくれるお方です!


 ですが、騎士様や魔術師様など、問題に対処できる方が多く在籍している王国からの要請に応えるほど、お師さまは勤勉では無いとも思うのです。どう考えても「面倒臭い」と言って無視を決め込みそうな案件です。


「ふむ…?それでは何故王都に向かうのですか?王様から頼まれたからですか?」

「それもあるね。ここもこの王国の領土ではあるし、多少面倒でもある程度融通は効かせるべきだろう。でもね、それ以上に個人的に気になることがあってね」


 王国に住まわせてもらっているから、便宜を図ると…なるほど確かに、それは大切でしょう!しかし同時に気にかかる事もあると…お師さまにとってはそちらの方が主題なのでしょう。国を揺るがす大事件でしょうか。


「今この国で起きているのは獣の凶暴化だけじゃない。家畜や野獣が大量に不審死しているんだよ」

「疫病ですか?」

「国はその原因も分からないって言ってるのさ。外傷は無く、解剖しても病気の影も見当たらない…まるで糸が切れたかのように死んでいるってね」


 う〜ん、簡単な概要を聞く限りだと『未知の疫病』か『無差別的な呪詛や毒による虐殺』ですが…お師さまが「気になる」と言って自ら動くほどですから、私の想像できないような大変な事が起きている可能性もありますね。


「昔、私はこことは別の国で錬金術の研究をしていたのは知ってるね。その時の同僚がきな臭い実験をしようとしていたのさ」

「ほえ〜、お師さまがきな臭いって言うって相当じゃないですか。どんな実験ですか?」


 多少の生物実験ではどうこう言わないお師さまが「きな臭い」と評するとなると…人体実験かむちゃくちゃ危険な毒物の開発あたりでしょうか?

 う〜ん…自分で言っておいてなんですが、この程度ではお師さまが「きな臭い」だなんて言わないと思うんですよね。

 人体実験は今でこそ忌避されていますが、昔は罪人や貧困者を使った物はざらにあったと言ってましたし…無茶苦茶危険な毒物なんて新しく研究するまでも無い程度には沢山知っている筈です。その程度の実験でお師さまが動く事はないでしょう。

 ううむ、お師さまがきな臭いなんて評するほどのヤバい実験なんて思い浮かびませんね。


「考えても分からないって顔だね…【秘石】の生成だよ」

「…ひ、秘石!?秘石って、あの【錬金術の極地】の一つの、あの秘石ですか!?」

「ああ。それも【聖者の秘石】…生命力の物質化を目論んでいたんだ」

「本当にヤバいじゃないですか…!」


 予想以上にヤバい代物の名前が出てきたせいで思わず慌ててしまいます。


 錬金術には色んな最終目標があるという話はしましたね。【不老不死】だったり【卑金属を貴金属に変換する方法】ってやつです。

 そしてその過程であり、最終目標の一つにも含まれているのが【非物質の物質化】です。

 『熱』や『力』に『魔力』など、様々な【非物質】を【物質】に変える事によって更なる発展を求める…そんな動機であの手この手を使って物質化された非物質…【秘石】と呼ばれるそれを求めました。


 お師さま曰く、既に幾つかの秘石の生成は成功例もあるそうですが…その製法は限られた人物しか知っておらず、その生成方法も酷く複雑で生産効率も悪かったりするそうです。

 そして今回問題となる点は…秘石の生成に必要な材料は物によって変わりますが、どの秘石にも共通して必要な物が、大量の【秘石にしたい非物質】です。

 つまり、生命力の塊である【聖者の秘石】を作る為には大量の【生命力】が必要になり…秘石にされた生命力は元の持ち主から抜けてしまいます。死んでしまうという訳です。

 生命力を抜く対象は人間でなければいけない…なんて事はありませんが、それでも相当な数の犠牲が出るのは避けられません。


 まあ、その程度と言われたらその程度なんですが…問題はこの秘石を使えば、擬似的な物にはなりますが【不死】を実現できる可能性が高い所にあります。

 そんな不死を手に入れられる【聖者の秘石】…その物質の安定した生成方法が世に出回れば、表裏問わず名だたる権力者がその石の為に争いを起こす事でしょう。

 ある意味で命の掛かった争いです。止める方法なんて思いつかない様な大規模な争いになるでしょう…それこそ、国が幾つか滅びようとも止まらない可能性すらあります。

 どんな力を持った人間でも、数千年の歴史を紡いできた今も【死】を完全に克服できてはいません。それを擬似的にでも遠ざける事の出来る【聖者の秘石】には相応の魅力があるでしょう。


 つまり何が言いたいかというと…マジでヤバいって事です。少なくとも私の手に負えるような物ではありませんし、一度その存在が知られて争いが始まれば、お師さまでも止められるか定かではありません。


「えぇ…?本当にどうするんですか。ヤバいって言葉じゃ表せないくらいヤバいじゃないですか!」

「落ち着きな。所詮これは最悪の想定でしかないし、その同僚が関わってるかも分からない。それでもきな臭い事件が起こってるのは確かだからね。念の為、って奴だよ」

「むう、そうですか…」


 こうしてお師さまが動くとなると余程の大事かとも思ってたんですが…お師さまは余裕そうですし、私の思い過ごしでしょうか?

 いやいや、騙されませんよ。お師さまにとってはちょっとした問題だったとしても、私たち凡人から見たらヤバい問題の可能性だってありますからね!


 それはそれとして…お師さまの昔話も気になりますね。昔の同僚さんがどうなったのかとかその辺が特に!


「それで…その同僚さんはどうなったんですか?話の続きが気になるんですけど!」

「さあね。その研究は国によって禁忌に指定されて凍結したし、本人は残念がってはいたけどそこまで気負う事なく別の研究に手を出していたからねえ」


 おや、思ったよりも平和ですね。こういったお話では『自分の研究を否定された結果闇堕ち』なんて結末の方がメジャーだと思うのですが…

 個人的には喜劇の方が好きですし、何事もなかったのならその方が良いとは思いますが、やはり『お約束』と言うのも大事だと思うんですよね。


 そんな私の顔を見たお師さまは、その思考もお見通しだと言わんばかりに怪しい笑みを浮かべます。

 お師さまって所作の一つ一つが怪しいって言うか…胡散臭いって言うか…いえ、何でもありません。何でもないのでそうやって目を細めないでください。怖いです。


「…まあいい。それよりも『意外だ』なんて顔だね。まあ、アイツも天才の一人ではあったって事さ。その研究をしなきゃいけないくらいに切羽詰まった人間じゃなかったのさ」

「天才、ですか」


 まだまだ見習いの身である私には、錬金術の天才と呼ばれる方の思考は想像もできませんが…それでも、自棄になって暴走なんて結末にならなくてよかったとは思います。

 物語もそうですが、現実で起こる事で悲しい事件なんて少ない方が良いに決まってますからね!


「とはいえ、その【天才】はその計画について周りの人間に隠す事なく話していたし…他の【切羽詰まった秀才】辺りはその研究に興味を示していたからね。どう転んでも良いように、念の為私が確認するって訳だ」

「なるほど…」


 野獣の凶暴化に大量の不審死…それに【聖者の秘石】ですか。話を聞けば聞くほど、事が大きくなっていきますね。

 まだ人に直接的な被害は出ていなさそうですが、放置していればどうなるか分かりません。お師さまが自ら対処にあたろうとするのも納得です。


「とにかく、今回の事件は原因解明から解決まで付き合ってやるつもりだ。そのついでに王都でやらなきゃならない手続きの諸々も済ませる予定だから、余裕を持って三ヶ月。その間の留守は任せたよ」

「分っかりました〜!お任せくださいお師さま!」


 安心してもらう為にも元気に返事をしてみれば、お師さまは少しだけ口角を上げてから机に向かって新たに触手を伸ばし、メモ用紙に何かを書き込んでいきます。

 三ヶ月…こんなにも長い期間お師さまがこの家を開けるのも初めてですね。すこしドキドキしちゃいますね!


「それじゃあこの紙に書いてある素材の採取と処理をしてきな」

「はい!お任せあれ!」


 お師さまからメモ用紙を受け取って内容を確認し、任された仕事の準備をする為に駆け足で自室まで戻ります。

 指定された素材は裏庭で育てている物ばかり。これは簡単なお仕事ですね!パパッと収穫してパパッと処理を済ませちゃいましょう!

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