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氷姫の契約婚 虐げられた令嬢は炎の腕に抱かれる  作者: ななみ沙和


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嘉都(かと)2

「お待たせしました」


 白燕がすばやく下りて、後部座席の扉を開けてくれる。

 煌貴が咎めるまなざしをして白燕を注意した。


「白燕、帝のことは軽々しく口に出すな」

「人ごみが邪魔なんですよ。でも、この車が帝のものだと知ったら、みな避けてくれたでしょう」

「だからといってだな」

「煌貴さま、お早く。宮城では帝が首を長くしてお待ちですよ。帝は煌貴さまを大好きなんですから」

「好きじゃなくて、俺が便利だから使っているだけだ……澪、先に乗ってくれ」

「はい」


 澪は着物の裾に気をつけながら乗車した。

 席をつめると、煌貴も乗ってくる。

 後部座席は、身体を寄せ合っていなければ座れないほどの広さだった。

 肩と肩がぶつかり、腕と腕が触れ合って、澪はやたらと緊張した。


――ど、どうしよう。


 密着されるのが気恥ずかしくてたまらない。 

 落ち着かない澪の右手を煌貴がさりげなく握ってくる。

 澪はぎゅっと口を閉ざした。そうしないと、悲鳴をあげてしまいそうだった。もちろん嫌ではなくて、照れ隠しの悲鳴なのだけれど。


「では、お願いします」


 助手席に乗り込んだ白燕の言葉を合図に、車が走りだす。

 ゆるやかに進みだした乗用車は、道路に出ると速度をあげて走りだした。

 道の端には馬車や俥もいるのだが、みるみるうちに追い越していく。

 澪はじっと外を眺めた。移り変わる風景は、くるくると像が変化する万華鏡のようにおもしろい。

 煉瓦づくりのこじゃれた建物のそばに木造の大店が並ぶ。小物を売る平屋のお店が数軒隣り合う横に、漆喰で塗られた西洋風の建造物が立つ。

 澪は目をぱちくりさせた。


「洋装の方がいらっしゃいます」

「嘉都では珍しくない」

「玄安では見たことがありませんでした」


 車は歩道を歩く洋装の女をあっさりと追い抜く。澪は大きく振り返り、膝丈のワンピースを着て帽子をかぶる女を凝視した。


「朱夏の土地でも見たことがなかったな。嘉都は最初に異国の者たちが訪れた土地だから、新しいものが好きなんだそうだ」


 煌貴の説明に、澪は深くうなずく。

 背が高く鼻がやたらと高い異国人が扶桑国を訪れたのは、八十年前だ。

 扶桑国は、それまで国内でひとつにまとまるということがなかった。

 東西南北を治める護国四家と中央を統治していた黄黎こうれい家の五家が常に争ったり和解したりを繰り返していたのだ。

 ところが、大砲を備えた船で来訪した異国人に五家は戦慄した。自分たちが支配される側になってしまうと恐怖した。

 そのため五家は和平を結び、様々な交渉の挙句に四家は黄黎家に服属すると決定した。

黄黎家は、かつて扶桑国の神事を司っていたすめらぎの一族に連なる家で、権威があったからだ。

 四家にはある程度の自治を認めた上で、黄黎家が帝として国を統治する――そういう形として決着したのだった。


「華族たちも最近は洋装で社交界に集っている。澪が着たければ、こんど仕立てにいこう」

「えっ」


 澪は目を丸くした。

 華族は家族や軍人を輩出する名家で、黄黎家に仕えている。そんな人たちともかかわらねばならないのだろうか。


――それに洋装を仕立てるだなんて。


 思いもよらぬ提案であり、軽くうろたえてしまう。


「俺の妻になったからには、社交の場に出ることになるから」

「わたしなど場違いです」

 

 澪は首を左右に振ったが、煌貴は大切そうに澪の右手を彼の両手でくるんだ。


「護国四家は民を妖魔から守る特別な存在だ。場違いなんてことはない」

「でも、わたしはまだ……氷姫としての力が不十分です」


 澪は左手を眺めて、途方に暮れる。

 氷姫としての力を安定して出せないのに、胸を張って人前に出られるはずがない。


「気にしなくていい。いずれはきっと力が戻る」


 澪を励まそうとしてか、煌貴が手を握ってくれる。


「わたしもそうであってほしいと願ってはいます。でも……」


 澪は己の手を見つめる。

 ついこの間まで氷の網を編む力を失っていた。いったん復活しはしたが、夢ではないか、すぐにまた消え失せるのではないかという不安は消えるものではない。


「……人前に出るのは、もう少し先にしよう」


 煌貴が澪をなだめるように言う。

 怒っているのかと彼に視線を向けたが、煌貴は穏やかな表情だった。


「いいんですか?」

「無理をしなくていい。ただ、澪の気持ちが落ち着いたら、できれば妻として披露したい」

「な、なぜですか?」


 重圧を感じて、血の気が引いていく。


「俺が見せびらかしたいからだ」


 あっさりとした返答が心に染みるころには、顔が熱くなってきた。


「見せびらかす……」

「煌貴さまはもてますからねぇ。夜会に出れば、麗しい女子のみなさまが虫の死骸にたかる蟻みたいに寄ってくるんだから」

「おい」

「ですから、奥さまをお披露目したいんですよ。俺に近づいても無駄だぞって意味でね」

「まあ、そういうことだ」


 半ばやけっぱちのような煌貴の返事を聞き、澪は眉尻を下げてしまう。白燕は煌貴に遠慮がなさすぎる気がする。


「……がんばります」

 澪はうなずいて答える。

 焦りと不安を解消するには、氷姫としての力を安定させるのがなによりの特効薬だ。


――これから、がんばろう。


 己の手を見つめて、決意を新たにした。


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