一件落着
目を覚ましたアオはリク以外のすべてを忘れていた。リクのことだけは、弟として覚えていた。
ふたりは兄弟として町外れの貧乏部屋で生活を始めたようだった。仕事は、リクが町で見つけて来た。家具を製作する木工職人だった。
ふたりへの魔法の影響を最小限に抑えるため、接触することは石から禁じられていた。そっと見守っていることしかできなかったが、わずかでも決まった収入を得て暮らせるようになったのなら、もう大丈夫だろう。
「ま、一件落着ってか」
不安そうに二人が入って行った部屋の戸口を見つめていたリナの頭をぽんと叩いて労った。
「よかったスね」
道を戻り始めるとリナは身を引き剥がすように歩き出し、その後ろにクロウが続いた。数歩進んだところで、ちゃりんと金属の転がる音が聞こえた。リナが屈んで耳飾りを拾い上げる。耳に挟む金具の部分がおかしな方向に飛び出ていた。
「ああ留め具が外れたんだな。修理に出しておいてやるよ」
「・・・頼む」
受け取ったそれをポケットに突っ込んだ。
港へ戻る足取りは軽かった。リナがふたりに構っている間、数件の依頼はこなしたとはいえ大して稼げていない。これから報告も兼ねてアナトリアへ戻るだろうから、その航海で大きな荷を引き受ける算段で頭の中はいっぱいだった。
石は結局リクが持つことになった。石が持ち主を定めてしまっていること、そしてリクには呪いが効かないことが大きな理由だった。リナの話によれば、呪いは何かしら呪術的なしかけがあるものではないらしい。石は持ち主の性質を強く表す。石を外に持ち出し何かに使ってやろうなどという奴は当然邪なことを企んでいる。それによって悪いことを呼び寄せ自滅していく。それが呪いの正体だった。
今回の件はリクがアオと共にいること以外を望まなかった。よってそれ以上の力が働かなかったらしい。呪いがかかる、ということにしておけば無闇に外に持ち出されることもなかろうとの意図もあるらしい。
頭の中を忙しく巡らせながらも意気揚々としたレオの態度が一変したのは、港に着いて自船を目に入れたときだった。
「うげっ」
聞いたこともないようなレオの動揺した声と同時に歩みが止まった。人通りを避け後ろを歩いていたリナは不審に思って横からちょっと顔を出す。
いつもの船の前に豪奢な馬車が止まっていた。天蓋の四隅に房飾りの付いた四頭仕立ての、大貴族が乗るような馬車だ。窓枠には彫刻が入っており分厚いカーテンが引かれていた。
「何スかね、アレ」
事情を知らないクロウの暢気さに対し、引き返そうとでも言うのかレオの体は半分反転しかけていた。そのとき横っちょから小さくしかし鋭い声が飛んだ。
「レオ、レオっ」
目ざとく声の主を見つけたレオは壁の窪みに体をねじ込んだ。
「どうも、ヤバいみたいですぜ」
ガイだった。
「あれ、どした」
「今朝から動かねえ。帰ってくる前に知らせた方がいいと思ってよ」
「ああ」
よくやったと言わんばかりにレオは頷く。リナにはさっぱり話が見えない。
「どうしたんだ?あの馬車は知り合いなのか?」
でかい声出すんじゃねえよとリナの口を塞ぎにかかった瞬間、馬車の向うから現れた黒服の人物がレオを認めてそれは気持ちのいい笑顔を見せた。振り返って仕草で誰かを呼ぶ。現れたのは貴族に使える従僕宜しくきっちり御仕着せを着込んだ男。レオを見るなり帽子を脱いでお辞儀をした。
「あんの野郎っ、金に釣られやがって!」
レオが低く毒付いた。もっとも、こんな狭い壁の出っ張りの後ろで大の男が二人もこそこそしていたら隠れようなどないのであるが。二人は迷うことなくこちらに歩いて来る。
「くっそ、ンなトコでのんびりやってっから」
今日二度目の毒付きを聞いた。
「やあレオ、君にお客様だよ。朝からずっと待っていたんだ」
てめえ覚えてろよと言わんばかりにレオは男を睨みつける。男は涼しい顔だ。
「そんなに嫌わないであげなよ。ご対面はずいぶん久しぶりかな?たまにはパパに孝行するのも悪くないと思うよ」
言い終える前にレオの足が飛び、男は避け損ねて尻を蹴られたが大して痛くもない様子でへらへら逃げて行った。
「お待ちしておりました。こちらへ」
案内する従僕からは決して逃すまじという強い決意を感じた。馬車の前まで来てレオは最後の悪あがきを試しにかかった。
「いや、このまんまじゃなんだしよ」
「構わない、と御方様より言い遣っております」
「いやだってこれ」
レオの視線が豪奢な馬車を泳ぐ。
「・・・目立つだろ」
「必ずお連れするようにとのことでございます」
従僕は開けた扉を手で抑えたまま、姿勢を崩さない。
「いやほら、こいつらもいるしさ」
「お連れ様もどうぞご一緒に」
「・・・・・・」
言い訳を失ったレオはしぶしぶリナの手を取って先に乗せ、クロウはすんなり乗り込んだが躊躇しようとするガイを視線だけで黙らせ乗らせ、最後に自分が戸口の段差に足をかけて乗り込んだ。
重い音を立てて閉じ込めるように扉が閉まると馬車は走り出した。
(パパ?お父様?)
リナは聞いてみたい思いでいっぱいだったがレオの機嫌が頗る悪いので黙っていることにした。腕を組んで深く腰掛け、むっつりとブーツの足先を睨みつけている。
馬車は軽快に走り続け坂を上り、港から見えた小高い丘の上に到着した。




