大きな館
でけえ。
馬車から降りたったクロウが抱いた最初の印象がそれだった。見上げる程の高さのある館は横幅も相当続いていた。ちょうど出迎えに出て来た使用人らしい細い、初老の男が降りて来たレオを見止めて何とも言えない深い微笑みを浮かべた。
「お待ちしておりました、若様」
「やめろって。もうそんなんじゃあねえよ」
レオがリナを降ろしている最中に正面の両開きの扉から足早に人が出て来た。
「おおおっ、レオン!待っておったぞ我が息子よ!」
髪の色は抜けかけだがまだ恰幅の良いその男性は、大袈裟に手を広げてレオに歩み寄った。
「チェスター卿におかれましてはご機嫌うるわ」
珍しく慇懃に挨拶するレオに構わず上機嫌でレオの背中に手を回した。
「そんな堅苦しい挨拶はよいよい。父と呼んでくれてかまわんと何度言えばわかるのだお前は。さ、食事を用意してある。ゆっくりして行くがいい」
「ちょ・・・」
半ば強引に館の中へ連れ込まれていく後ろ姿を見送りながら、取り残された三人は顔を見合わせた。お連れ様もどうぞ、という従僕の言葉がなければどうすればいいかわからなかったであろう。
複雑な文様を描く天井飾り。そこから垂れ上がる大きなシャンデリア。長い一枚板のテーブルとその上に並べられた数々の食器と絶妙に配置された花飾り。絵に描いたような豪華さである。
前菜が運ばれてきて食事が始まると、大して腹は減ってねえ、のレオの一言できんきらの食器類はすぐさま片付けられ軽食が供された。
「我が息子が世話になっているようだの。遠慮せず取ってくれたまえ」
食事中のところを出迎えに来たらしいチェスター卿は、忙しく肉を口に運びながら三人に促した。
無言で着席しているリナの前には、具が挟まれた何種類ものパンの皿とクッキーの山、もうひとつには砂糖菓子がこんもりと盛られていた。お茶は侍女が逐一ポットから注いでくれる。
レオの前にはお茶のカップが一脚だけ。軽食の皿が運ばれてきたときにすかさずリナの前に押しやったからだ。
「しかし久しぶりに戻って来たというのにこのワシに連絡もせんとお前という奴は。だがまあよい。しばらくゆっくりしていくがいい。積もる話もあるだろう」
背後から執事がそっと近づいてそろそろと囁くと、うむと重々しく頷いて真っ白なナプキンで口を拭った。
「すまんな、これでも忙しい身でな。」
両腕を付いて立ち上がるとレオもすっと立ったのに合わせ、慌てて立ち上がろうとする三人をそのまま、そのままと制した。
「よく来てくれたお客人方。ここでしばらく疲れを癒されるがいい。歓迎する。また夜に」
執事に伴われて卿が出ていくと、レオはどっかりと椅子に座り直した。その足は明後日の方向を向いており、片手でカップを取り上げると音を鳴らして飲み干し放り投げるようにソーサーに戻した。
食事の間から寛ぎの部屋へ落ち着いた。天井は高く、ガラス張りの窓からは陽光が明るく差し込む。クッションの良く効いたシルク張りの大きなソファがリナとクロウを受け止めていた。目の前のテーブルには、三客のカップ。先ほどよりもささやかな小皿にクッキーと砂糖菓子が盛られていた。
レオはひとり、離れたソファに座っていた。レオの機嫌の悪いのを察したクロウがコソコソと聞いて来る。
「ここ、なんなんスか」
「・・・・・・」
自分に聞かれても、とガイはお手上げを示した。向うを向いたままのレオが公爵家の別館、とだけ答えた。
「公爵家って、え、じゃあ頭の本当の名前・・・」
明後日の方向を向いて答えないレオに代わってクロウの視線が再びこちらを向いた。
「・・・・・・」
ガイは顎髭を撫でて腕を組んだ。古い付き合いでどこかのお坊ちゃんだったことは知っていた。みんなには伏せていてくれと頼まれこれまで気にしたことがなかったが・・・しかし、である。ドーリアの公爵家といえばドーリア三大貴族に数えられる名門中の名門、フロックハート家である。世事に疎い自分ですらその名だけは知っている。同じような様相であろう、察したクロウがコソコソ聞いて来る。
「え、頭って貴族なんスか?」
「オレは庶子だ。爵位はねえ」
横から入り込んで来た強い声がそこは否定した。しょしってなんだ?と困惑した顔をしているリナにガイがコソコソと説明を始める。
レオは深い溜息をつくと掻い摘んで事情を説明してくれた。
幼少期は母親と貧しい暮らしをしていた。何でも母は生前公爵家の使用人として勤めていたことがあったらしい。詳しい経緯は知らない。職を辞して一人暮らしを始めたらしい。母親との暮らしは貧しいながらも温かかった。母親は自分を愛してくれていた。母親が流行病で亡くなったところをこれ幸いと公爵家が引き取り、育てられた。
オレは成人してから家を出て船乗りになった。
「で、いったい頭に何の用で・・・?」
クロウの疑問は甚だ通りである。
「話は夜だ」
貴族社会では、重要な話は夕食の後、と相場は決まっている。あの男だって言っただろう、また夜に、と。
しばらくゆっくりして行けとも言っていた。数日はここに留め置かれるだろう。もちろん逃亡も手ではないが、部屋の隅に控えている給仕にちらりと目をやる。
使用人や執事の首が文字通り飛ぶだろう。好々爺に見えて長年貴族社会で優勢を誇っている男だ。それくらいはする。長年世話になっていただけに気心の知れた者もいないではない。
ここでは言葉に気を付けなければならない。何が本当で何を言っていないのか。
こんな世界が嫌で飛び出した筈なのに・・・。
思わず深い溜息をついていた。滅多にないことに3人がぎょっとしてこちらを向く。この重苦しい空気を変えたくて、しかし何を言えばいいかわからずぼそっと零した。
「・・・お前ら、ちゃんと着替えろよ」
「着替えるって?なぜだ?」
「・・・今夜は、晩餐だ」




