生業
アオに危険がないと判断すると、レオはクロウだけを付かせて自分は仕事の算段を始めていた。様子を見守ってくれてはいたが、遂に聞かれた。
「どうするんだ?」
その目は、いつまでここに居るんだと聞いている。毎日様子を見に行くだけでこれといって進展はない。
「・・・助けてやりたい」
「助けるって?」
普段の状況から、リクの気持ちは明らかだ。
「ふたりが、暮らしていけるように・・・」
レオの答えは至極簡単でまっとうだった。
「なら仕事だな。あいつの仕事を探せ。あいつが何して食ってくかだ」
運び屋で身を立てている男らしい、簡潔な策だった。
早速リナは、アオにこの話を持ち出した。アオの態度は煮え切らないものだった。そうだろう。今はリクが遊びに出ている間に街に降り、少し稼いでは戻って来ているらしい。
「いつまでもそういういわけにはいかないだろう。これからどうするんだ?」
「これから・・・」
アオは天井を仰ぎ見た。
「・・・どっかの稼ぎ屋にでも入るかなあ」
どこの街にも裏を仕切っているグループはいる。入ればでかい案件にも有り付ける。実入りも増えるだろう。
「悪党の仲間入りをしようというのだな。それもいいが、入れてもらえるのか?」
私は旅先でいろんな体験をして悪党とはどんなものかを知っている。お前が本当の悪党になれるか見てやろう、というのがリナの言い分であった。
呆気に取られたアオは後ろについているクロウに視線を投げかけたが、黙って目を逸らされただけだった。
次に訪れた際、普段のアオの生計を立てる様子を見せてくれといい、最初は渋い顔をしていたアオも仕方ないかとふたりを連れて街に降りた。
雑多な人混みを避け、軒の張り出した細い横道で昼過ぎの強い日差しを凌いでいると、ふいっとアオが大通りに出て行った。
追うにはタイミングが遅すぎ、目で追っているとアオはうまく人混みに溶け込んでおりやがて見失った。しばらく待っていると戻って来て場所を変えた。
アオは同じ通りでは仕事をしないらしい。頻繁に出ていくこともしない。ちょっと入った脇道の段差に腰けてのんびり休憩している時間の方が長い。前触れもなく動き出したときにはもう雑踏に紛れているのだから、すれ違う人々の意識の片隅にすらいないだろう。
何度か場所を変え、橋の上に落ち着いていた。他区に移動する人や待ち合わせをする人々で橋の上はごった返していた。
待ち人を装って欄干に寄りかかっていたアオがふと動いた。今日一日で何度かこなした動きに訓練されたのか、アオの姿を目で追えるになっていた。
アオは、山高帽をかぶった初老の男に、向こうから来たすれ違う人を避ける素振りで体を立てわずかに肩を接触させた。そのままお互いすれ違って通り過ぎた。老人はリナたちの前も通り過ぎ、橋の終端まで来たとき、高い声が響いた。
「じいじー!」
向うから男の子が走って来ていた。老人は両手を広げ腰のあたりで子供を抱き止めた。
「もう遅いよ!ボク迎えに来たんだから。」
「おおすまんすまん、人が多くて手間取ってな」
「早くいこ。ママのプレゼントがなくなっちゃう」
急いでいるらしい子供は老人の手を引いて橋を戻るように歩き出した。
「お財布ちゃんと持って来た?」
「ここにあるて。ぼんが持ってきたのも毎日数えて入れてある」
「足りるかな?」
「そのときはじいじの腕の見せ所よ。」
ふたりは楽しそうに話しながら再度、欄干の側で待機しているリナたちの前を通り過ぎた。橋の半ばを過ぎ、前から来る荷馬車を避けるつもりで老人が子供を庇いながら端に寄ったところを人にぶつかった。
「おおっと、これは失礼」
老人は子供の背中に手を回しながら軽く会釈した。
「いえ・・・落としましたよ」
アオが屈んで足元から革の小袋を拾い上げ手渡した。
「おお、これはご親切に」
老人は何の疑いもなく受け取り、上着を開けて内ポケットにしまった。
「お前には悪党の心がない。だから悪党にはなれない。あきらめろ。別の道を探せ」
アオの生業を見せてもらって引き上げた後のリナの講評である。
・・・なんか、トンデモな理由で別の道を勧められた気がする。
仕事のことはひとまず置いておいて、リナは気になっていた呪いの方も調べてみることにした。
リクを呼び寄せお守りを見せてほしいとお伺いを立てるとリクはあっさり、うんいいよと言って服の下に付けていた石を取り出した。しっかり見てみるが欠けている様子も傷が付いているということもない、レナに手渡したときのままだ。石が破損して力が発揮できていない、というわけではなさそうだった。ではなぜ?
『私をその者に近づけてくれ』
急に頭の中に響いた声にリナは驚いたが、耳に着けていた飾りを外してリクの石に近づけた。
『『驚いた。この石は、この子を気に入ってしまっている』
「気に入ってる?」
『この者からは一切の邪気が感じられない。それが、この子供を気に入っている所以だ』
「気に入ってるから、呪われていないということか?」
『その通りだ』
リナがアオと遊びに出ている隙に、アオは密かにクロウに愚痴ってみた。
「ふつうは悪の道を行くなとか、人にもとる行いをしてはいけないとか、正しい道を行けとか言うでしょう。悪党の心がないから悪党にはなれないって・・・」
言い分として、至極通りではある。
「え?あ、うん・・・ほら、あの子ちょっと変わってるとこあるから」
「ちょっと・・・スか」
「えーと、大分?」
廃屋に戻って石とのやり取りを手短にアオに伝えると、アオは変な顔をした。
「・・・その割には特にいいことなかったけどなあ。だってこれ、幸運の石なんだろ?」
未だにこんな貧乏小屋で子供とその日暮らしをしているのだ。幸運の石ならば、もっと金持ちになって豪華な家に住み贅沢三昧を堪能しているだろう。
周りでうろうろしているリクの首元を目で追う。
アオが腑に落ちないという顔をしていると、ふいにリナの耳飾りの先が淡く光り浮かび上がった。
『それは違うぞ。お前は、金持ちになることも贅沢をすることにも興味がない。そして、この子と一緒に居ることを望んでいる』
驚いている一同に構わず石は続けた。
『だから呪いはお前にも働かなかった。この子と同じ、邪心のないこころよ』
急に石が話し出したのもそうだが、その言われた内容にさえアオは納得いかなかった。
オレが・・・このアホと同じ・・・
話の筋はわからないにせよ、何となく褒められたことだけはわかったらしいリクがにいっと笑っていた。
オレは・・・6歳児と同じ・・・
「何か、ショック受けてるよこのおにーさん」
「なぜだ?石に褒められたんだぞ?」
呪いの影響はない、ということがわかりひとまずその石はリクの首元に戻った。
日々は平穏に過ぎて行った。
また人形が増えていた。リクのおもちゃであろうそれは埃だらけの板が外れた棚の一角にきちんと並べられていた。鹿とヤギと、前に見た時は船の木彫りが増えていた。そして今日は、少し不格好な小さめの船。ナイフで作業している最中にリクにせがまれると、邪険にしつつもやり方を教えてやっているのを何度か目にしていた。




