失踪
レオと共に小舟で上流まで向かった後、馬に乗り換えて街道を進み、一晩の野営を経て深い森の中に居た。
いつもと違ってレオの口数は少ない。だが張り詰めたり焦っている様子もない。むしろ機嫌がいいくらいで、今も手綱を操っている手はのんびりと動いている。馬は小道をゆっくりと進む。やがて開けた場所に出るとレオは馬を降りて手近の枝に綱を結んだ。リナも降りる。
こっち、と促されるままに付いて行くと、大きな列柱が連なる上に複雑な植物文様の彫刻が施された横梁が乗る豪勢な門柱が現れた。圧倒されるリナを前にレオはさっさと門をくぐって行ってしまう。
小道を抜けると、小さな石のドーム屋根が並ぶ一帯に出た。屋根はその下に、石碑を護っていた。身分ある者たちの墓だろうことが察せられた。
レオは迷いなく歩いて行き、あるドームの前で足を止めるとその3段の薄い階段を登った。ドームの下で膝をつくと、そこに置かれている黒い石蓋を撫でた。
リナが付いて来たのを確認すると立ち上がって少し脇に避けた。
「フロックハート家の、本家の人間の墓さ。ここに、オレの知り合いが眠ってる」
リナを見下ろす瞳には奇妙な光が宿っていた。
「石に命じろ」
「・・・・・・なにを」
「この下に眠っている人間を、生き返らせるんだよ」
「・・・・・・」
リナが黙っているともういちど命じた。
「やれ」
「い、いやだ」
バシイとリナの頬が鳴った。
「生意気言うんじゃねえよ。お前に何が分かるってんだ。やらねえなら犯すぞっ」
リナの襟元を掴み上げると強引に引き寄せた。初めて見る獰猛な獣のような目が見据えていた。怖れながらも、なおもリナは首を振った。レオはさらに眉根を寄せるとリナの襟元に力を込めた。
「い、いやだ!やめてくれレオ!いやだー!!!」
眩しい光が溢れレオは強い力で弾き飛ばされた。
「ってえ」
強かに背中を石段に打ち付け一瞬息が詰まった。見上げる先ではリナの耳飾りの先から、石が眩い輝きを放ちながら浮かんでいた。
『残念だが、わたしは、お前の望みを叶てやれない』
リナを背後に庇うように光を広げる石の後ろで、リナは小刻みに震えていた。
「なんでだよ!助けただろうが!あんときみたいにやれよ!」
『死んだ人間を生き返らせることは、私にもできない』
「あんとき、生き返ったろうが!」
『私が行ったのは、あの子供の時空に干渉し、彼と交わる運命の軸を僅かにずらしただけだ。死んだ人間に干渉することは、私にもできない。』
「じゃあオレのっ、オレの時間に!」
『あの時、私が行ったのは私の主があの子の健やかな成長を望んだからだ。しかしあんなことをすれば、あの子共々の未来もどう変わるかわからない。だが、あの子は、幼いながらも、変わってしまう自分の運命に立ち向かっていくだけの覚悟を持っていたよ。』
レオの視線がじりっとリナに向いた。その思考を遮るかのように石は冷たく言い放った。
『無駄だ。』
苦し気にレオは言葉を吐き出す。まるで聞きたくない言葉を知っているかのように。
「・・・なんで」
『なぜなら、お前は知っているからだ。死んだ人間は二度と戻らないことを。人に非ざる力で力で、人の理を曲げてはならないことを。』
「・・・っなんでだよ、なんであいつは戻って、リリイは戻らねえんだ!なんでっ・・・」
泣いているような声だった。ただ哀しみだけが満ちていた。
船が小岸に着くなり、3人は飛び降りる勢いで船を降りた。フレッドの案内で森の中へ続く小道を急ぐ。
道中、船内でミレイが密かな懸念を話すとリナが魔法の石を持っていることを知ったフレッドは顔色を変えた。
「どんな魔法の力でも、人の命を操ることはできないだろう」
「その通りです。ですが・・・」
あの男はリナを連れて行ったのだ。
「間違った使い方をすると呪いがかかる聞いています。大きな力を望むほどそれに値する呪いが。・・・姫様に、消えない、・・・一生の呪いを・・・」
言葉を続けられず肩を震わせるミレイを、まだそうと決まったわけではないとフレッドが宥める。
「バカなことを考えてなければいいが・・・」
「お頭!」
「姫様!」
ふたりはちょうど石柱の門を出て来たところだった。ミレイが駆け寄り心から安堵したようにリナを抱きしめた。もう一度顔を見ようと身を離すと、眉を潜めた。泣きはらした目元、ぶたれたように赤く腫れた頬、乱れた胸元。何があったか一目瞭然である。
ミレイの視線が傍らに立つ男に向いた。
バシイっとミレイの手が鳴った。
「かっしら・・・」
「ミレイ・・・」
「リナ様、怖かったでしょう。さあこちらへ。もう大丈夫ですから」
ミレイはリナを守るように腕を肩に回し包み込んだ。ミレイに押されるように進みながら小道を行くと林を抜けた先の川に、船が停まっていた。
大きくないとはいえさすが王子の船。内装はオイルで磨かれた木材が艶を放つ高級な造りだった。
ミレイとふたり、個室に案内されて一息ついていると船はすぐに離岸したようだった。たいして揺れることもなく滑らかに走っている。フレッドが来てリナから話を聞いた。
「わたしの友人が、すまないことをした」
普段はそんな、魔法の力みたいなまやかしに眼がくらむような奴じゃないんだとレオの肩を持った。そして少し事情を説明してくれた。
リリイヴェール
先妻とチェスター卿の間にできたひとり娘で、生まれつき体の弱い病気がちな子だった。早くに妻を亡くした卿は、妻に面差しの似たリリイを殊更可愛がっていた。先妻が亡くなってすぐに後妻をもらってできた子供たちにもリリイは優しかった。あの癇癪もちの長男でさえリリイの前では勝手気ままな振舞いを控えていた程だ。もちろん後から来たレオにも。
リリイは若くして亡くなった。
レオが高等学校を卒業し家督争いが勃発した折、長男が振るう剣からレオを庇って亡くなった。それがここ、避暑に滞在していたガレイアの館だった。
傷は重くはなかったがもともと病気がちだったリリイの体には堪えたらしい。長くベッドに伏し回復に務めたが、そのままここで亡くなった。
葬儀には身分を隠しフレッドも参列した。学友時代にレオを通して何度か面識があったからだ。
あの墓地は、ガレイアの館に滞在中に亡くなった一族の者たちを埋葬しているのだと言う。貴族の滞在ともなれば長期に渡るうえ帯同者も多くなる。加えて入れ代わり立ち代わり本家筋、分家筋の人間と訪れる者は後を絶たない。晩年をここで過ごした者もいる。そうした者たちを弔っている墓地なのだと。歴代当主の墓は本領地に別にあるらしい。そこへはレオは決して立ち寄らない。知ってる奴なんかいねえよと。
話し終えるとフレッドは、あの男が嫌になったのならこの船でどこか望むところへ送り届けようと申し出てくれた。
リナの頬を冷やしてやろうと、水をもらいに船内を歩いていると向うから来るレオとかち合った。
「リナは?」
どうしてる、といつもと変りない口調。いや、少し気落ちしているか。
「お部屋で、落ち着いて過ごされています」
そっか、と安堵したように呟いた。
「あんたも、巻き込んで悪かったな」
大して悪びれない口調にいつの間にか振り上げていた手を、止められていた。
「二度目はねえよ。俺にも事情があるんでな」
どの口がそんなことを言うか!とミレイの瞳は怒りに燃えている。
「だがまあ、・・・リナには悪かったよ」
「私ではなく、姫に謝るがいい!」
そうするよ、と力なく笑ってミレイの手を離した。
フレッドの船は無事、港まで送り届けてくれた。戻ってくるなら連絡くらいよこせ、たまには顔を見せろと言って忙しい身分なのだろう、帰って行った。その頃にはいつもの軽口を叩くレオが戻っていた。




