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帰還

卿を説得する材料をなかなか見つけられないでいた。館を抜け出したところで港の停泊権や船を取り上げられてはどうにもならない。卿の仕事について回りながら、これといった手がかりを見つけられず頭を悩ませていたところだった。

リナの提案を手にさっそく卿と渡り合った。


卿からの要求は、フロックハート家のために鉱石を運ぶ商会を組織すること、開発中の新しい港に多くの商会と船を集めること、そしてバルトフォール家の燃焼石の利権に絡んでいる商会を引き込むことの3点だった。

がめついじじいめとは思ったが、やってやれないことではない。オリオン商会の伝手があるし、新しい港で新しい商売に興味のある奴はいくらでもいるだろう。燃焼石の利権だってこっちの方が儲かると分かれば乗り換える奴もいる。


こうして晴れて無罪放免となったのだった。



久しぶりに船に戻って来た3人を、仲間たちは温かく迎えてくれた。

「待ってましたぜ」

ガイは殊更安心した様子でレオの背中をバシバシ叩いた。


だが、3人が戻って来たところでお祭り気分だった船内が、なんだか変だぞと気づくのに日数はかからなかった。新しい荷を積み込む様子がない。交渉を進めているふうでもない。かと言って港を出て行くつもりもないらしい。港で無駄に船を遊ばせているだけだった。


なんだかぼんやりしている。いつもならさっさと決めて次の航海を楽しみに動き回っているレオが。

その晩、甲板の船縁でぼんやりと暗闇に視線をさ迷わせている背後に歩み寄った。


「何か、迷っているのか」

「・・・ああ」お前か、とレオが振り向いた。リナは隣に立って手すりを握った。暗い海が穏やかに波打ち、船低に当たったその音を小さく響かせていた。リナも同じようにレオの視線の先を見つめた。

「誰かを待っているのか」

びっくりしてこちらを見た。

「そういう顔をしている」

「ああ・・・」

ここまではっきりとしないのは珍しい。そこまで悩む相手なのだろうか。

「会いに行かないのか?」

「・・・行きてえな」



立て続けに人外の力を目にしたからだろうか。

欲が出たのかもしれない。




「嬢ちゃんがいない?」

もうすぐ日も沈もうという時になって、ガイに訴えたのはミレイだった。

隣でクロウが事情を聞き出す。

「気づいたのはいつですか?」

朝は一緒に朝食を取った。その後ミレイは買い物に出かけていた。市場で糸や布や石鹸など細々としたものを買い、船に戻って船内の食堂でお昼を取った。

その時も心配はしていなかった。誰かと食事にでも出かけているのだろうと思っていた。市場で買ったものを所定の場所にしまい、ついでに軽く部屋の掃除をした後は繕い物をして過ごした。


 夕方、遊びに出ていた仲間たちがちらほらと船に戻って来ているのを見て、出迎えようと甲板に出て待っていたのだが、帰ってくる中にリナの姿がないことで急に心配になったのだという。


ガイが戻って来た仲間に聞いて回ってもリナの姿を見たという者はいなかった。

そしてもうひとつ、レオも戻っていなかった。ちょっと出てくる、と仲間に言づけたきり誰も姿を見ていなかった。一晩待ってみて、朝から探そうということになった。


翌朝。

事情を聞いた船員たちが手分けして探そうと早くから甲板に集まっていたところへ、一艘の中型船が颯爽と港に滑り込んで来るのが見えた。出港しようとする船に構わず突っ込んでくるのであちこちで警笛を鳴らされていた。船体上部は朝日を受けタールで黒光りし、船首は女神像を抱えている。その突端では鮮やかな青と赤紫の小旗がはためき、金銀の緒が流れて輝いていた。

打ち合わせをしていた仲間たちもつい気を取られそちらを見ていたがすぐに話しに戻った。


ガイが何気なく目で追っていると、その船は他の船を蹴散らすよう荒々しく突堤に横付けした。桟橋が渡るまでも待ち切れない様子で若い男が船の手すりを乗り越えて飛び降りた。

男は足早に駆けてくる。

と、こちらの桟橋を躊躇なく渡って船に乗り込んで来た。甲板に出張っている仲間たちの目が一斉に侵入者に向く。

「船長はいるか」

仕立ての良いシルクの上着。腰には短い帯剣。その鞘には金の彫刻が彫られている。快活な口調だったがこちらはそれどころではない。

クロウが語気荒く言い返す。

「帰んな。船長はいねえよ」

「いない?ではどこに?」

男は甲板を見回した。全員が黙り込んでいた。

「怪しい者ではない。私は彼の友人だ。ここに停まっていると聞いて大急ぎで会いに来たのだ。間に合ってよかったと思ったが・・・なにか事情がありそうだな。特にそこのご婦人、何かお困りのようだがよければ私が手を貸そう」

そう言ってもう一度じろりと甲板に揃っている船員たちを見回した。血気盛んな男たちの緊張が一気に高まり、じりっと若い男を囲み始める。ひとり輪から外れていたガイは、一体どこのボンボンだと目を凝らして船首の小旗を確認し、慌てて手を振って囲みをやめさせた。交差する2本の剣に龍が巻き付いていた。


男はフレッドと名乗った。船長は昨日からいないこと、仲間の一人も行方不明になっていて今から手分けして探そうとしていたことなどを話した。

「リナ様は、何も言わずにいなくなるような方ではありません」

ミレイの気落ちした様子に恐らく、おそらくと全員が思った。ふたりでどこかへ行ったのだ。

顎髭を撫でたガイが、何か手がかりがないかと問う。

「姫さん、何かそれっぽいこと言ってなかったか?」

「・・・最近、元気がないように見える、と。」

そのことは、全員が知っていた。荷を積む手配もせずいたずらに船を港で遊ばせているだけなどこれまで一度もなかった。

「・・・戻って来てからだな。あの館で何かあったか?」

ガイに話を振られたクロウは片眉を持ち上げて嫌悪も顕わに言った。

「何かって公爵のことスか?どうもこうもあの公爵って奴がとんでもねえ癇癪持ちで怒ってばっかですぜ。頭を刺そうとしたんです。姫さんが止めに入って何とか治まったもののオレあ、あんなところ二度とごめんだね」

早々に退散しておいて正解だったとガイは心底思った。でなければ自分が一発入れて今頃は牢獄行きだっただろう。

ふと、思い出したようにミレイが言った。

「・・・あと、あと、むかしの友人?・・・に会いたいようだと」

その言葉にフレッドが反応した。腕を組んで一点を見つめた。

「・・・川の上流に、フロックハート家の墓地がある。」

フレッドはそれ以上語らなかった。が、確信があるのは間違いない様子だった。立ち上がるとすぐにでも退去しかねない様子で言った。

「わたしの船を出す。一度、この河を登ったことがある。途中右手に折れて入って行くところの川幅が狭い。この船では無理だ。」


ガイとミレイで船を乗り換えることになった。一度港を出て湾内の河口から川を上って行くらしい。今日の昼には満潮になるから上げ潮に乗って上流に向かう方が馬で追うより早いらしい。陸路は、途中から河を離れて内陸を迂回する道に入るから遠回りになるようだ。


墓地。墓参りだろうか。リナを連れて?黙って出て行く必要があっただろうか?

ミレイには言いようのない不安が募った。

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