決め手
気持ちが落ち付いてくると、リナは腕を離れて居住まいを正した。
「さて、今度は私の方が問おう。いつまでここに居るのか」
「・・・それなあ・・・・」
レオはソファに自堕落に背を預けると天井を見上げた。珍しく煮え切らない。リナは温めていたカードを切った。
「燃焼石の交易権と引き換えに、出港は叶わぬか?お前たちは、燃焼石の取引を画策しているのであろう?」
力なくよりかかっていた体勢が跳ね起きた。
「お前っ、何で知ってるっ?」
本家でもごく限られた者しか知らないことである
「サリーが教えてくれた。ド-リア王国歴史書、第14巻2章、近世の事業とその成果。ラムセイ・ゴードン著。」
何年も前に公爵家が威光を笠に着て出版させた歴史書である。全15巻の大作。大して売れなかった。王立図書館と都立図書館に納めさせた。本家には全巻が揃っている。そしてここにも。
「第2章の終わりに、今後の事業の可能性として燃焼石が採れる山を見つけたと書かれていた。採掘量や燃焼効率などについてはこれから詳しい調査が必要だと。場所はセレント州チェスター伯爵領、卿が名を引き継いだ所だ。ちょうどそこの河をずうと登って行った先の、東岸の一部が伯爵領に接している。」
荷を積んで川を行き交う船の中には、ずいぶん重そうに荷を運ぶ船もあった。大きさの割に喫水が沈んでいてゆっくりと慎重に下っていた。川上で何か大きな商売をしているのだと思った。
「第一、図書室を許可してくれたのは卿自身だ。ラムセイは3代前に引退した公爵家の三男であろう。それと、屋敷や街の様子をよく見ていれば推測は可能だ」
悪い風で虫が死ぬと公爵が言っていた。おそらく、下流のどこかで鉱石を焼いているのだろう。焼かれることで空気中に放出されるさまざまな石の成分は、人間に害はなくともその微量な毒性が、風向きによっては小さな虫たちを死に至らしめる。
フロックハート家が燃焼石の取引に乗り出したという話は聞かない。チェスター領で採掘した鉱石を川で運び下流にある工房で焼いて燃焼率を研究しているのだろう。
「おまっ・・・」
リナの説明を聞いて、レオは言葉を失った。
ドーリアの海軍も木造から鉄鋼の船へと変わり燃焼石を必要とするようになってから、その供給をフロックハート家の宿敵ともいうべきバルトフォール家が一手に握っていた。
産地も航路もバルト家のもので、南の大陸との交易権を独占していた。バルト家はもともと海軍への将校輩出が多い家系だ。
それを横目で苦々しく見つめながら、フロックハート家も決して指をくわえて見ていただけではない。何とかその一角に食い込み独占状態を崩せないかと、チェスター領で発見された山の調査を密かに進めていた。だが如何せんその山で採れた鉱石は南の大陸から輸入されたものに比べて圧倒的に燃焼率が悪かった。水分含有量が多く、一度焼焼き締めて不要な成分をとばしてからでないと船の燃料としては使えなかった。さらに、船が走るために必要な温度まで上げるのに南から輸入されてきた石の倍の量が必要だった。そこらの民間船ならば十分であろうが、海軍の供給に切り込むには足りない。そういうことが最近分かってきて、フロックハート家の進出は頭打ちの状態だった。
「ここに、南大陸の商人組合から送られてきた証書がある」
リナが差し出した手紙を開け、ざっと目を通した。南大陸、リベル王国に属する西海岸一帯の地域、ロングランドおける燃焼石の交易に関する覚書だった。想定される年間取引量、価格、航路、日数などが記されている。仲介するのはエレナ・アンド・ウイルバート商会。
名前の響きに覚えがあった。
「これ・・・」
そうだ、とリナは頷いた。
あの後、エリーは案内人の伝手を辿ってロングランドに渡った。そこでウイルが迎えに来るのを待った。ウイルがある程度の財産を稼いで合流すると、ウイルの船で商売を始めた。
そういったことを、リナはときどきエリーと手紙でやり取りしていた。ロングランドの状況やエリーの商売の行方を手紙は伝えてくれた。
リベル王国でも燃焼石の交易は一部の商会が取り仕切っていて独占状態らしい。エリー達は西海岸一体に仲間を集め、新たな航路を作って取引を始めようとしている。買い手を探しているのだ。
「いつの間に・・・」
「サリーに頼んで手紙を届けてもらった」
だが郵便船では往復で20日もかかる。
「わたしが乗っているのは風のように速い船だ」
そうだろう?とリナの瞳がいたずらに煌めく。
あいつらいの間に!とか、オレのいない間に船を!とか様々な思いが一瞬にして駆け廻ったが、残った気持ちはただひとつだった。
「おまえ・・・」
「わたしはレオのものだ。レオのために役に立つ」
もう一度リナを胸に抱きしめていた。
ちなみに船が密かに出航している間、突堤では小さなマストの突端に旗を取り付けライひとりを乗せた小舟がぷかぷか浮いていた。
港湾局に届け出を出さねば船は港から出て行けない。当然受理される筈もなく係留されているはずだった。ただし、係留の定義は係留杭から20歩以内に船があること、とされていた。縄で繋がれていようがなかろうが突堤から20歩以内にあれば係船料を払わねばならない。
これを逆手に取り、小舟に船の旗を立たせ留守番にライを置くと夜闇に紛れこっそりと出港したのである。役人が査問に来てもこれはエアリアル号で、旗はこれ、オレは船員だと応えればそれで係船が記録されたのである。もっとも、レオの旧知の仲である次官が大目に見てくれていたこともあっただだろう。港湾局側としてもチェスター卿に問われた際にはこのように停まっておりましたと一応の言い訳は立つ。




