懇親会
館に次々と招待客が到着し始めた頃、見知った顔に出会った。
「やあ、暁の姫」
そんな遠くからよく分かったものだ。
「と、その保護者殿。」
広間から颯爽と歩み寄って来たその人物はリナに眼を戻すとにこやかに微笑んで見せた。
「またお会いできてうれしいよ」
「ユージーン!」
「また一段と美しくなったね」
リナの手を取り淑女への挨拶をする。
「こ、光栄だ」
何でここに?というレオの問いに調子よく話し始めた。
「ほら、今ドーリアは議会中でしょ?ちょっとは兄を見習えって家から追い出されちゃってさ。泣く泣く王都に向かってたんだけど、本当はもうひとつ先の港に停まる予定だったんだ。でも今混んでるだろうからって船長が一個手前に寄ったんだ。そしたら君たちの船が停まってるじゃない」
会いに行きたかったが補給を終えたらすぐ出発だと言われて泣く泣く諦めたらしい。
「王都で君たちの話を面白おかしくしてたらさ、チェスター卿がパーティに呼んでくれたんだ。フロックハート家の夏の別館と言えば、まさにこの港があるところじゃないか!君たちにも会えるかもと思って」
来ちゃった、と悪びれなくユージンは言った。リナの背後で拳を固めているレオの肩が震えていた。
おかしいとは思っていたのだ。ユージーンの言う通り、ドーリアは今、年に一度の王政議会の真っ最中である。有力貴族はこぞって王都に集まり利権獲得のための策坊を巡らせ昼はお互いを公式訪問し、昼食会を催し、夜は夜であちこちで開催されるパーティーの主催を調べ上げ足繫く通う。周辺の友好国諸侯もこの機会を逃すはずがなく、観光目的で同乗する妻子友人知人もあって王都はお祭り騒ぎ状態なのだ。
だからこそ、こんな時期にこんな港町にじじい来ているわけがないと思って寄港したのだ。しかも、念のため偽名の停船料まで払った!
元凶はお前か、このボンクラ三男坊!!!
幸運の女神の導きにより嵐を避け、海賊の隠し財宝を見つけ出し、風のように速く走る船。そんなお伽話のような話をあちこちで吹聴しその船が今はガレイアに停まっているのを見たなどと言えば、ちょっと勘を働かせたじじいがもしやと調べを遣るのも想像に難くなかった。
「・・・兄貴の手伝いはいいのか?」
「んー、議会つまんないし、僕はここで姫とお話してる方がいいなあ」
にっこりとリナに笑いかけられて、握りしめた拳をお見舞いしなかったのは賢明である。ここで殴れば目撃者多数、国際問題に発展しかねない。
「で、君たちここで何してるの?」
夜会に出るにしては質素な服装を見回してユージンは不思議そうに尋ねた。全部お前のせいだ!と怒鳴りつけたい自分をぐっと堪えた。
そこへ賓客が到着するのか出迎えに出て来たらしいチェスター卿が気づいてこちらに近づいてきた。
「お前ポートレイク家とも交流があったのか、またこのワシに黙って何も言わんと。まあよい。ゆっくりして行かれるがよい、ユージン殿」
「お招きありがとうございます、チェスター卿。素晴らしいお館ですね。こんな素敵な場所にお呼びいただき光栄です。」
卿は深く頷くとまた夜に、と言って離れて行った。ユージーンは二人を目で促すと廊下の奥に向かってゆっくり歩き始めた。
「・・・そうかなあとは思ってたけど、まさかフロックハート家とはねえ」
「・・・わかるのか」
「そりゃあねえ。あんなに優雅に踊る船乗りはいないよ」
リナがパーティーには出席しないことを知ると非常に残念がりながら当てがわれたらしい客室に引き上げて行った。荷解きとこれからの準備があるのだろう。
ざまみろだ。
その夜。
晩餐会が終わると各部屋に分かれて懇親会が始まり、宴も酣であろう頃合いを見図ってリナを呼びにやった。
リナは軽く髪を結い上げ一応夜会らしく丈の長いドレスを着ていた。オレの方も一応くたびれてはいない、いいシャツを着ているだけで上着もない。
夜会の部屋に入ってみると中は熱気が籠っており、酒瓶が何本も床を転がり既に酔っぱらって寝ている者もいた。それでも人々の陽気話は絶えることなく、あちこちで何度も乾杯が行われていた。
局長が話している集まりを見つけると、その向かいの女性たちが座っている席にリナを付かせた。
局長はレオを見つけると酔っぱらった赤ら顔をさらに緩めた。
「いやあ来てくれたね」
「世話になってますからね」
通りかかった給仕の盆から取り上げたグラスを手に輪の会話に加わった。
一応いい恰好をさせて付いて来させたクロウは、いかにも招待客という顔でグラスを貰うと隅の壁に寄りかかって気配を消した。飲んでもいいが目を離すなと言ってあるのでまあ程度は分かっているだろう。
リナの方では、同席の女性たちがすぐにグラスと飲み物を回してくれた。
しばらく話しを聞いていれば、女性たちはこのような公爵の晩餐会に出席したのは初めてらしい。前の当主のときは毎年夏に行われていたらしいが今の当主になってからはこの館への訪れがなくなって久しいらしい。パーティーの豪華さや招待客の装いの話で持ち切りだった。
熱気もますます高まった頃、グラスを叩き割る音が響き渡った。
女性たちの話に耳を傾けていたリナは驚いてそちらを向いた。そこに立っているのは立派な正装に身を包み、酒が回って生白い肌が赤くなっているが、あれはフロックハート公爵である。そして床に転がっているのは、人の足や椅子に遮られてよく見えないが、どうやらレオのようである。
「なあぜ、お前がここにいる!!!!!」
公爵は雷のような凄まじい怒声を発した。
クロウも誰かが入って来ていたのは見ていた。ふらふらした風体からずいぶん酔っぱらっているらしいなとは思っていたのだ。まさかいきなり殴りかかるとは思っていなかった。かしらっと叫びかけて飛び出さなかった自分をホメてやりたい。今の最優先は、リナに危険が及ばないようにすることだ。
突然のことに周囲も驚いていた。誰かふらふらと入ってきたな、と思ったら急に殴り掛かり周囲のグラスが割れた。着ている正装から晩餐会で遠目に見えた公爵と思わしい。本来ならばこの部屋にいない筈の人物である。そして酔っぱらっているようである。
これが街角なら野次馬が集まって囃し立てさあケンカの始まりであるが、ここは曲がりなりにも公爵家の一室である。大人しくしているのが筋か?と目を交わし合う。そして、この部屋では貴族の仲裁様式など誰も知らない。
「なぜいるのかと聞いてるんだ!!」
公爵の怒気に周囲が固唾を呑んで見守る中、おそるおそる局長が声を上げた。
「・・・こ、公爵様、申し訳ありません。私が」
そんなか弱い声など耳にも入らぬ様子で公爵は声を張り上げた。
「お前を呼んだ覚えはない。さっさと出ていけ!」
叫ぶと大袈裟に手を振り被ってたたらを踏んだ。相当酔っている様である。そのとき新たに人が入って来た。
「セドリック、こんなところにいたのか。遅いから探したよ」
身形からして貴族階級の招待客である。
「あ、ああ・・・」
「シュリル卿がお呼びだぜ。もうひと山賭けるらしい」
「ふん、この私に勝てると」
親し気に呼ばれた公爵は友人らしいその男に連れられて出て行った。
やっとレオが起き上がった。
「あ、すまんな。私が呼んだばかりに」
「いいってことよ。・・・相変わらずだな」
局長がレオが立ち上がるのに手を貸す。どうやら当主とレオの仲の悪さは周知の事実らしい。だがバレてしまった以上は退散するしかない。3人は部屋に引き上げた。
部屋に戻るとクロウは甲斐甲斐しく世話を焼いた。すぐに侍女を呼び付けタオルと水桶を持ってこさせ、レオに濡らしたタオルをしばらく頬に当てさせては引っぺがして濡らして絞るを繰り返した。よっぽど、頭が殴られたのが気に食わないらしい。
「異母兄弟ってもあの人異常ですぜ。仲悪すぎでしょ」
タオルを放るついでにジロっとクロウに睨まれ、目を逸らした。普段温厚な奴が怒ると怖いのはその通りである。クロウは当主とレオのふたりの仲の違和感を正確に言い当てていた。
レオはしぶしぶ話してくれた。




