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フロックハート公爵

クロウと親しくなった侍女も加えて3人でカードゲームに興じていた。

なんだか外が騒がしい。

レオが帰って来たのだろうかと広間に出てみると、見知らぬ男が大股で屋敷に入って来たところだった。

「ご当主様、お館様は只今お留守でして」

いつもはチェスター卿に引っ付いている執事が必死な様子で後を付いて行く。

「黙れ。このオレに嘘は通用せんぞ」

遠くから様子を見守っていたリナを認めるとぎろりと睨みつけてきた。色白の、眼の吊り上がったきつい人相の男だった。

「じじいめ、調子が悪いから静養するなどと言って大人しくしているのかと思えば、こんなところでこそこそと!あれはどこだ!」

「今日は市議会の方においででして、お戻りは遅くなると伺っております」

「オレが来たと伝えろ。すぐに!」

畏まりましたと一礼して執事は足早に去って行った。そこに立ち尽くしているリナを視界に入れるとこちらに歩いてきた。ヤバいっすよとクロウが後ろからリナの袖を引く。

当主と呼ばれた男は数歩先まで来ると、爪先から頭のてっぺんまで、もういちど上から下までネジを回し込むようにリナを見下ろした。

「ふん、父上も妙なものに手を出すようになったものだ。遂に耄碌したか」

その視線も失礼ながら言い草にカチンと来たリナはここで押し黙るような性質ではない。

「私はチェスター卿の愛人ではない」

きっぱりと言い切ったリナに当主は若干眉根を寄せた。

「ではなぜここに居る」

ヤバいスヤバいスと後ろでクロウが袖を引っ張るのも構わず受けて立った。

「私はレオのものだ」

男の目が驚きに見開かれそして奇妙に輝いた。

「そうか、あれのものか!では跪け!オレに従え!貴様にオレの前に立つ資格などない!」

「私は最初からここに居た。私の前に立ったのは其方の方だ」

あたーっと内心頭を抱えるクロウの前で、当主は虚を突かれたように一瞬押し黙った。

「・・・貴様、」

そして腰の前に手をやったのを皮切りにクロウはリナを抱え上げると屋敷の奥へ走り込んだ。

「ご無礼失礼致しましたあ!!」

「何をするっ。失礼なのはあちらであろう」

「・・・ちょっと、黙っててもらえます?」


ご子息到着の知らせを受け取ったチェスター卿は予定を早めに切り上げて戻って来た。

クロウが帰って来たレオに報告している最中から、肩を震わせ笑いを堪え切れない様子で向こうを向いた。

「笑い事じゃねえっすよ。オレ死んだと思いましたもん。あれが帯剣してたらぶった切られてたっすよ、絶対」

リナのやりそうなことだ。そして、長男の癇癪は相変わらずらしい。

リナの部屋へ赴き、一応リナの言い分も聞いてからその男には接見禁止を言い渡した。リナは不満げだったが不承不承に頷いた。話の分かる人間ではないのだ、あの男は。



一方のリナは、実は朝食後の日課にしている朝の散歩でよくその男を見かけるようになった。

一応接見禁止を言い渡されているので鉢合わせぬよう目に入らぬところを選んで歩くようにはしていた。

だがいくら公爵家の敷地広しと言えども人の集まる場所というのはだいたい決まっている。


ある日、リナが日課のように通っている図書室で書棚を見回っていると、すたすたと公爵が入って来た。お目当ては決まっている様でまっすぐその書棚の前まで来ると、何度か指を迷わせその中の一冊を取り出してページを捲り始めた。思っていた本ではなかったようですぐに戻し隣の本を引き出す。何かを見つけたのか、なかなか熱心に読み始めてしまった。


さて、どうしたものか。


すぐに去って行くのならこのまま黙っていようと思っていたのだが。

リナは仕方なく少し大げさに衣擦れの音を立てた。

ぎょっとして公爵がこちらを振り向いた。

「貴様、こんなところで何をしている」

「先に居たのは私だ。其方が後から入って来た。だが黙っていたのは詫びよう。そなたと相まみえることは控えるよう言われている故な。」

「ふん・・・」

公爵はまるで虫けらでも見る様な目でリナを一瞥するとすぐに手元の本に視線を戻した。館内でも遠目から見えることはあったが、初日のように突っかかってくることはなかった。恐らくリナに階級がないことを誰かから知ったのだろう。相手にする価値なしと判断したらしい。

手元の本に視線を戻してふと気になったのかリナの持つ本に視線を飛ばした。よく見覚えのある背表紙。ドーリア王国の栄華とそれにまつわるフロックハート家の献身の歴史書である。

リナを見れば、化粧もせず、髪も結い上げず、手袋もなく羽扇も持っていない。

「おかしな女だな、お前は」

もう一度じろじろと上から下までリナを見回した。本に載っている珍しい植物画でも読み取ろうとするかのような目だった。



当主の到着から程なく、館は俄かに騒がしくなり始めた。当主の逗留を折に縁のある周辺の名家や市長、市議会議員なども呼んでの盛大なパーティが計画されたのだ。

大量のワイン、香辛料、野菜の仕入れが始まり裏口に着く荷馬車や人の出入りが多くなった。館の人手が増員されたらしく、各部屋の掃除やリネン類の交換に立ち回る侍女の姿をよく見かけるようになった。

レオは卿を手伝っているらしく、卿にくっ付いてよく外出していた。


部屋に戻ってくると、見慣れたものがテーブルのトレイの上に置かれていた。

ああ、と思い出す。

修理に出していたのが戻って来たのだ。念のため手に取って確認してみる。留め具は滑らかに開閉したので元に戻すと、襟元のホックを外して上着を脱ぎ捨てベッドに放った。シャツのボタンを外していると、鏡の端に思いもよらないものが映ったので思わず振り返っていた。そこにはテーブルから浮かび上がり淡く光る石があった。

『私を、あまりあの子から離すな』

低く響いた声にも驚いたが、そのままずっと静かに浮いているので何を言うべきかわからず適当な返事をしていた。

「・・・あ、ああ」

石は満足したのか光を収めるとカシャンとトレイの上に落ちた。



「お前も行くか?」

「・・・?」

石を返しに行くついでに早々にリナも誘った。

パーティーは当主主催のためリナたちは招待されていない。ところが、である。

チェスター卿はレオを連れて招待状を配り歩いている。有能な義息をあちこちで顔見せさせ、野望を諦めていないことを周囲に示す布石である。

配り歩いた中には当然顔見知りもいないではない。特に、公爵家が長年手厚い支援を行っている港湾局の局長はレオを見るなり相互を崩し、レオの出席を強く望んだ。公爵家と強い繋がりがあることを招待客たちの前で見せたいのだ。便宜を図ってもらうこともあるため断りずらい。

晩餐後、招待客はそれぞれの部屋に振り分けられて歓談する。その中でも爵位のない者が集まる、要は招待客の中でも最も身分の低い者が集められる部屋がある。市政に携わる者や市議会議員、市議会の協力者などがそれに当たる。市民の集まりなので階級儀礼のようなものはなく、そんなに畏まる必要もない。公式の晩餐会と違い、市民の私的な懇談の席にちょっと出るくらいならまあバレないだろうし向うにも顔が立つか、と考えていた。

そんな七面倒くさいパーティーにちょっととは言え出てやろうと言うのだ。リナぐらい連れて行かねばおもしろくない。海の上なら殴って放り出せば済む話が、陸の上での何と複雑奇怪な手回しか。

時間になったら迎えに来るから部屋に居ろよと言うと、リナはちゃんと頷いた。


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