酔っぱらい退治
ルイス目線です
待ちに待った土曜日の夕方、俺はいつも通り夕飯を食べに【まんぷく亭】へ行くため第三騎士団の門の前に腕を組んで立っていた。
春真っ只中の心地よい風に吹かれながら空を見上げていると駆ける足音が聞こえてきた。
「団長、お待たせして申し訳ございません」
予定の時間より少し遅れたロベルトは申し訳なさそうに急ぎ走ってきたが、出かける間際に団員の一人に声をかけられていたのを見ていたから待たされても気にはならない。
「気にするな。さあ行くか」
「はい」
今日のメニューは何だろうかとロベルトと会話しながら【まんぷく亭】へと向かった。
「いらっしゃいませ!あれ、団長さんと副団長さんが一緒なんて珍しいですね!」
「ちょうど予定が合ったので」
「そうなんですねー。
お好きな席にどうぞ、今お冷とおしぼりお持ちしますね」
ソフィアの妹であるレティシアがいつものように元気な笑顔で出迎えてくれる。
ソフィアは料理担当でなかなか表には出てきてくれないが、レティシアの手が空いていない時は配膳や会計をしてくれる。
レティシアも美少女であるため若い男達は毎度鼻の下を伸ばしているが、俺くらいの年齢の奴はソフィアの大人の女性の美しさに心を奪われてしまう。
きっと貴族令嬢のように着飾り舞踏会に現れようものなら、ソフィアがその会場の主役になるだろう。国随一の美男として有名な王太子殿下の隣に立っても遜色ない。
しかし王太子殿下はすでに結婚されており、王太子妃殿下を溺愛しているからありえない話であるが。
妄想に耽っていると
ガッシャーンと何かが割れる音が店中に響いた。
「し、失礼しましたー!」
間髪をいれずにレティシアの謝罪の声が聞こえた。
「ははは、またレティシアちゃん皿を割ったな」
「怪我してないかー?」
「大丈夫でーす!」
普段はテキパキと働き容量の良いレティシアがたまにやらかすおっちょこちょいな出来事に常連客ばかりの店で笑いが起きる。
この完璧すぎずに少し抜けているところが良いのだとレティシア推しの団員が言っていたな。
「すみません、お騒がせしました。お冷とおしぼりです、ご注文はお決まりになられましたか?」
割れ物を片付けるのに時間を取られているのか、今日はソフィアが注文を聞きに来てくれた。
ついている日だ。他の客も滅多に会えないソフィアに目を奪われている。
妹と同じピンクゴールドの髪はソフィアの方が長く少しフワフワとしており、妹と同じ髪飾りでまとめていた。
優しい翠色の瞳と合ってしまい慌てて壁に書かれているメニューに目を向けた。
「では、俺はカツ丼セットで」
「私は2種カツ定食でお願いします」
「かしこまりました、本日のスープは豚汁でおかわり1杯は無料になっています。出来上がりまで少々お待ちくださいね」
今日のスープは豚汁か、具沢山で美味しいんだよな。
選んだカツ丼は柔らかくなるよう下処理した肉を荒目のパン粉をつけて揚げ、甘じょっぱいだし汁に柔らかくなった玉ねぎとカツを卵でとじてご飯に乗せたものだ。飲めるほどに美味い汁を吸った米がたまらない料理だ。
ロベルトの頼んだ2種カツ定食はオークとオークジェネラルの2種類のカツが楽しめる定食のようだ。
オーク肉も勿論美味しいのだが、その上位種であるオークジェネラルは旨味が一段と高い肉だ、オークよりも希少で強いためそれなりの値段がするはずなのに定食の値段はいつもと変わらず銀貨1枚に銅貨3枚だというリーズナブルな価格に驚く。
考えるだけで腹の音が鳴りそうなのを我慢し、しばらく待つと二人が料理を乗せたトレーを持ってやって来た。
「お待たせしました、団長さんはカツ丼セットで副団長さんは2種カツ定食ですね」
レティシアがロベルトの前にトレーを置き、ソフィアが俺の前にトレーを置いてくれた。
「ありがとう」「ありがとうございます」
「「ごゆっくりどうぞ」」
早速食べようとした時だった、激しい音と共に乱暴に扉が開く。
「ヒック!酒だ酒をよこせぇー!」
大声を上げながら顔を真っ赤にした男が入ってきた。
「へ?ここは酒場じゃないよ」
驚きが交じる声を上げたレティシアは入ってきた客へ向かおうとするがソフィアが制する。
「私が行くわ」
「でも」
「大丈夫よ、私に任せて」
強張った顔でソフィアが男の元へと歩み寄る。
俺はソフィアを気にかけながら酔っ払った男の動向を注視する。
ロベルトも直ぐに動けるように少し腰を上げ、周りの団員達も即座に動けるように待機していた。
「すみません、当店でお酒は提供していないんです」
「俺に飲ませる酒はねぇってかぁ!」
何ということだ。
明らかに泥酔し気が大きくなっている男は手に持っていた空瓶をあろう事かソフィアに向かって振り上げる。
「キャッ」
「お姉ちゃん!」
ソフィアが危ない!そう思うと同時に身体が動き即座にソフィアの元へ飛び出した。
「そこまでだ」
「痛だだだっ!!」
俺は男の振り上げた腕を掴み取り締め上げると男は痛みで声をあげる。もし酒瓶がソフィアに直撃していれば痛いではすまなかったはずだと怒りがこみ上げた。
「随分と酔っ払っているようだな?お前のようなやつにはちょうどいい酔い覚ましにうってつけな所があるんだが……なぁ?」
牢屋の中はひんやりとしていて酔い覚ましに丁度いいだろう。
気がつくと俺の後ろにいた夕飯を食べに来ていた第三騎士団の団員達が腕を組み酔っ払いを睨みつけていた。
「ひぃ!!!!すみませんでしたぁ!!!!!!」
そんな俺達の姿に恐れ慄いたのか酔っ払いは赤い顔から一変、真っ青な顔にして謝罪し始める。
「謝ったら許されると思うな。誰か、食事が終わった者はいるか?」
「はい、私が」
「会計は俺がもつ、こいつを暴行未遂の現行犯で連れて行け」
「かしこまりました」
連行される酔っ払いを見て俺達は全員安堵と呆れの深いため息をついた。
「お姉ちゃん大丈夫?」
少し顔色の悪いソフィアをレティシアが心配して声をかけている。
「う、うん大丈夫よ。
…そうだ、ここにいるお客様にご迷惑かけちゃったし助けて頂いたから何かお詫びとお礼の料理を出そうと思うんだけど」
「そうだね」
二人は俺達にお礼を告げ、ちょっと待ってて欲しいと言い厨房へ入って行ったのだが、話をしていたソフィアの手が少し震えているのが見え心がざわついた。
まったく酔っ払いには困ったものだ。
今後二度とこのような事がないことを願うしかない。
この店の客は騎士団員がほとんどだから、滅多なことは起きないと思うが美人姉妹だけで営業していると非ぬ犯罪に巻き込まれそうで不安である。
少し待つと二人が大きなトレーを手に厨房から出てきた。
「お待たせしてすみません、これは私達からのお礼です、ぜひお召し上がり下さい」
「お姉ちゃんのトレーに乗っているのはオーク肉の角煮で、こっちは私の特製プリンです」
店中に拡がる角煮の匂い。
俺はこの角煮が大好物だ。
トロトロに煮込まれ、口に入れた瞬間に肉の塊がホロリと解け口いっぱいに旨味が広がる最高の料理だ。
だが一度に大量に作れないのか、極まれに小鉢で少量しか出てくることがない。
そちらのプリンはどこかの店で聞いた事があるな。
まんぷく亭では人気過ぎるのか直ぐに完売してしまうから今まで頼めたことがないレア物だ。
「噂で耳にしていた幻のプリンが食べられるなんて今日はついてる!」
「一度食べてからこの味が忘れる事が出来なくて、夢にまで見たレティシアちゃんの特製プリンがまた食べられるなんて!」
「昔高級ホテルで提供されたプリンを食べたことあるけど俺はレティシアちゃんの作ったプリンが好きだな」
一部の団員達が狂喜乱舞している姿を見るとそうとう美味しい事がわかる。
自分のテーブルに角煮とプリンが置かれる。
少し時間が経ったからか、ソフィアの手の震えも治まっているようで安心する。
「ありがとう。大した事はしていないのに、すまない」
今頃冷たい牢屋の中で酔いも覚め反省していると良いが。
酔っ払って犯罪を犯すやつは再犯する事が多いため、二度と罪を犯させないためにもキッチリ罪を償ってもらわねばいけない。
「そんなことないです!助けていただけてとても嬉しかったので……団長さん、とても格好良かったです」
「そ、そうか」
ソフィアの言葉に少し頬が熱くなった気がした。
俺は最高に美味かった料理を余すことなく完食した。
ロベルトはよほどプリンが気に入ったのか一口の量が小鳥が啄む量ほどに少なく、ゆっくりと味わって食べていた。
会計の時。
俺が仕事を頼んだ者の料金を一緒に払うと、ソフィアが申し訳なさそうに紙袋を手渡してきた。
「お手数おかけして申し訳ないのですが、先程酔っぱらいの人を連行してくださった方にこちらをお渡しして下さいませんか?」
中には俺達にお礼として出してくれた角煮とプリンが入っていた。
「預かろう。今日は沢山サービスしてくれてありがとう、また来る」
「はい!お待ちしております」
今日はひと波乱あったが総じて良い日であったな。
さて、先程の酔っ払いを二度と酒が飲みたくなくなるほどに絞め上げるとしよう。
暴行未遂の一番重い刑が何だったかを思い出しながら足取り軽く騎士団へと戻るのだった。




