⑹ 配達員 ~好青年の憂慮録~
※この作品には残虐性や出血を想起する表現が含まれます。
苦手な方や15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
ーいまだに混乱しています。彼女に何があったんでしょうかー
以前も彼女の地域を担当してましたが、2年前に担当替えがあってしばらくきていなかったんです。
以前の彼女は配達時には必ず笑顔で出迎えてくれて、暑さの厳しい時期には小さな栄養ドリンクや冷えたゼリー飲料などを差し入れてくれるような方で、配達に行くのが楽しみになるほど好感の持てる配達先でした。
2年ぶりに戻ってくると彼女の様子が激変していて、戸惑いつつも配達を続けていました。しばらく様子見していましたが、どんどん悪くなっていっている様で、最近は返事もなく毎回『そこに置いてください』と書かれた紙を小さく開いた玄関ドアから差し出すのみになりました。
どうしたものかと悩んでいたんですが、同じアパートの住民達も心配していたらしく、民生委員に相談してみるとのことだったので、少しは状況が好転してくれるといいなとおもいました。
ある日同じアパートの住人への配達に行くと、困った様子の老紳士が彼女の部屋の様子を探る様にウロウロと不信な動きを見せていました。
何事かと声をかけると、名刺の様な物を見せて民生委員だと挨拶をされました。
翌日、配達のついでに役所で確認をとると、市の民生委員で間違いないとのことでだったので胸を撫で下ろすと、ちょうどその方がいらっしゃったらしくて、相談があるといわれて
個室に案内されました。
丁寧に席をすすめられて話を聞くと、彼女と直接話したいと思って何度も訪問しているけれど気配はあるが反応はなくて居留守を使われている状況で、配達の時であれば自己紹介くらいはできるのではと思うので、彼女への配達があるときに一緒に行かせてほしいとお願いされました。
自分では判断できないと思って、会社に相談してみる旨を伝えてその日は帰りました。
会社へ連絡して、OKの返事をもらった数日後、彼女宛の荷物を配達する旨老紳士へ連絡し、待ち合わせ先に指定された喫茶店に行きました。
喫茶店につくと、気を利かせた紳士が先に2人分のコーヒーを頼んでくれていたらしく、すぐに良い香りのコーヒーが運ばれてきました。
今回のケースは特例になるらしくて、
「万が一彼女側からクレームが出た場合には私が責任を持って対応するよ」
とその旨が書かれた誓約書とともに綺麗なウインクをもらいました。
割と重めな状況なのに軽いノリの紳士に、緊張してこわばっていた肩から少し力が抜けました。
「では、行こうか」と明るい声で誘われて、配送トラックとスクーターにそれぞれ乗り込み彼女のアパートへ向かいました。
いつもの配送とは違う緊張感で汗ばみながら夕暮れ時の西日がさす彼女の部屋の玄関前で再合流して、キンコン♪と軽い音の呼び鈴を押し、「こぉんばぁんわぁ」と呼びかけました。
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ーカタンとサムターンの回る音がして、ガチャリとドワノブを回してキィと小さく扉が開き、「あのぅこちらにサインを」といつものセリフを伝えると青白い痩せた手がヌルリと差し出される。
その手に伝票とペンを載せるとカサカサと紙を擦る音がして直ぐに戻ってくる。
同じ手に「そこにおいてください」と書かれた使いまわされた紙切れが握られていて、指先で玄関脇を示されるー
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一連のいつも通りのやりとりに紳士が割って入り、「すみません」と小さく告げて小さな隙間に小さな2枚の紙を差し入れました。
その紙の一つは自分が見た物と同じもので、もう一つには何が書いてあったのかわかりまっせんでしたが、その紙を読んだらしく中から「ぢょっどばっででぐだざい」としゃがれた声が聞こえてきました。
以前のはつらつとした明るい声とは全く違うその声に驚いて立ちすくんでいると、老紳士がポンポンと肩を叩き、「またね」と明るくウインクをくれました。
我に帰り、「じゃあまた」と軽く頭を下げて玄関脇に荷物を置くと、アパートの出口を目指しました。
後ろでは「ギィィィ」とゆっくり扉が開き始めていました。
階段をトントンと下っていると、後ろから大きな「バダンッ」と扉の閉まる音がして、ざわざわと胸が騒ぎ、急いで階段を駆け上がって先程離れた玄関に走りました。
駆けつけた玄関の扉は閉ざされていて、中からは「ガタガタダダンッぐぅぅぅぅ」と暴れている様な物音と低いうめき声が聞こえてきました。
中に入ろうとドアノブを回してみましたが、鍵がかけられていて開きません。
「ゴンゴン」と扉を叩き声をかけましたが、うめき声や足を踏み鳴らすような音が続くだけだったんです。
深呼吸して震える手を何とか制御して110番に通報しました。
そこから先はフワフワとしてうまく思い出せないんですが、警官がドアを壊して突入したその扉の向こうには、赤黒く染まった布に痩せ細った肢体を包んだ耳のない女と、同じく耳の無くなった老紳士が芋虫の様に床に転がされているのが見えました。
その光景は現実味が無くて、霧がかかったようにかすんでみえました。
あんなに明るかった彼女にいったい何があったのか、警官の人も誰も教えてくれなかったのでニュースで伝えられた以上のことは知らないんです、
その時見えたやせ細った赤い腕は今でも夢に出てきます………。
ほかに僕にできたことがなにかあったんでしょうか、
今でも考え続けていますー。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
連載間隔は不定期になりますが、できるだけお待たせしないよう頑張ります。
あなたの何気ない思い出の中にも小さな異変のかけらが落ちているかもしれません。
その欠片が動き出さないようお祈りしております。




