30.お姉様に触れないで!
トーマスさんに柔らかい声を掛けた後とは思えないほど、ヒリヒリする鋭さを感じた。
「説明など必要でしょうか?」
「どういう意味かな?」
「お姉様を離しなさい! 私たちが預かります」
ノイルも負けじと強い口調だった。
「……へえ。君たちに何の権限があるって言うんだい?」
バサッという音と共に風圧を感じた。
人間に擬態していたシュトリさまが変装を解いて羽根を広げたのかも。
「お姉様と違って、貴方は随分と悪魔じみていますね」
「そう? ツムギはこの羽根でも美しいと言ってくれたけどね」
どんどん空気は重くなっていて、私は息をするのもやっとだった。
「ツムギを連れて行くと言うけれど、それって最下位の天使である君たちの判断だよね? 上の彼らが望んでいるとは思えない」
「……説得します」
「無駄だよ。僕の話ですら聞き通さなかった奴らだ」
ノイルは黙り込み、シュトリさまは続けて口を開いた。
「わざわざ結界を破って怪我を負ったようだけど、どうして傷が治っているんだい?」
「……」
「君がツムギを連れ出そうとしていたことは分かっているんだ」
「お姉様が治してくれました」
「え?」と、つい声を出してしまった。
「暖かいお姉様の手に包まれているうちに、傷は塞ぎました」
嘘だ。
私は何もしていない。
「シュトリさま……私は知りません」
か細い声で訴える。
ノイルがこんなことで嘘をつくとは思えないけど、身に覚えがない。
ただ、小鳥の無事を祈っていただけだ。
「お姉様のその力があれば、きっと熾天使さまたちも……」
「ツムギを揺さぶるのはやめてくれないか」
シュトリさまはピシャリと遮った。
「利用できる能力なら手のひらを返すつもりか? そんなもの、ツムギを利用して使い捨てるだけだ」
「そんなことはありません! 私たちは天使なんですよ!」
「――ノイル。天使がいつも正しいと思ったら、大間違いだよ」
強風が叩きつけられて、窓が揺れた。
シュトリさまは私の顎を取って、視線の角度を変えた。
見るのが怖いと思ったのに、ただただ真剣な目がそこにあった。
「天界に連れて行かれても、君は悪魔として閉じ込められるだけだ。以前のような場所は君には用意されない」
「……はい」
「帰りたいだなんて思わないで。僕が君の居場所だ」
あと少しで触れそうになるほど唇が近付いた。
でも、それはノイルによって邪魔をされる。
「貴方のような人が、お姉様に触れないで!」
ノイルの怒りが暴走を始めた。
椅子やケージが宙に浮き、シュトリさまに向かって襲いかかってくる。
「……こら、僕の腕の中にはツムギがいるんだよ?」
シュトリさまは私の頭を守るように抱き方を変えた。本人は無防備だった。
「やめて!」
大声で叫んでも、ノイルには届かない。
ケージの角がシュトリさまの頭にぶつかりそうになる。
こんなことをするなんて酷い。
「私のせいでシュトリさまを傷つけるというのなら、どこへでも連れて行けばいいのです!」
誰も傷ついてほしくなくてそう宣言すると、シュトリさまが何かを呟いた。
その瞬間、室内に光が稲妻のように走った。宙に浮いていた家具や小物が砕け散る。床に落ちた残骸は焼け焦げていて、膝が震えた。
「あーあ、手加減を間違えて壊しちゃった」
シュトリさまは大きく息を吐いた。
「ごめんね、僕も冷静ではないみたいだ」




