28.悪魔です!
雷鳴が聞こえる。
それまで天気は崩れていなかったのに、随分と荒れているようだった。
ウトウトしながら、窓際にあるベッドの上でその様子を見ていた。
「怖いのです……」
シーツを被り、抱きしめてくれる温かさがないことに、胸が締め付けられるようだった。
「シュトリさま、許してくれるでしょうか」
一緒にいるって約束したのに、破ってしまった。
どうして私は目の前のことしか見えないのか。
「落ちこぼれすぎて嫌われたら、私はひとりぼっちなのです」
口に出して違和感に気付いた。
怖いのはひとりぼっちだから、なんだろうか?
空が光り、地響きがする。
ぽろぽろと涙がこぼれて、だんだんと嗚咽が止まらなくなった。
「助けてください……」
息がうまくできなくて、頭がぼんやりとしてきた。
自然と唇を指で撫で、寂しさを覚えてしまう。
この気持ちは、なんなのでしょう……。
暗く静かな部屋の中に、私の荒い息づかいだけが聞こえていたはずだった。
カシャン……。
かすかな物音がした気がするけど、涙でよく見えなかった。誰かが近づくような気配がして、労うように頭を撫でられた。
「そんなに泣かないで、お姉様」
……え?
身体を起こし、頬を伝う涙を拭った。
暗闇に目を凝らせば、白く輝く羽根とブロンドの髪が見えた。
「……ノイル……なのですか?」
金色の瞳は私を見つめていた。
「やっとこの姿で会えましたね、お姉様」
もう二度と会えないと思っていた天使は、笑顔で私の身体を包みこんだ。
「どうしてここにいるのです?」
「お姉様に会いたくて、会いに来たんですよ」
抱きしめ返すと、以前と違った。
私の腕はこんなに伸びなかったし、もう首を痛くするほど見上げなくていい。
「ごめん……私はもうこんな姿なのです」
黒い羽根は隠しているけど、変わり果ててしまったことは一目で分かるだろう。
ノイルは目を丸くした。
「可愛らしさはそのままに、美しくなりましたよね。この世で一番美しいお姉様です」
「……?」
妹分の天使たちには、散々『可愛いお姉様』と言われてきたけれど、あれは幼さを愛でられているのだと思っていた。
それなのにノイルはうっとりとした顔で褒めている。
「みんなお姉様に会いたがっています」
「えっ」
「突然お姉様が連れ去られて、私たちはどれだけ悲しんだか」
「ちょっと待って!連れ去られたって何?」
一瞬、息が止まって、冷や汗が背中を伝った。
ノイルは眉を寄せ、私の両手を握りしめる。
「お可哀想にお姉様。その純真さにあの男が付け込んで、天界から堕ちるだなんて。こんなことが許されていいわけがありません!」
「何を言ってるのです!?」
身に覚えのないことだ。
シュトリさまは、私のためにその身を犠牲にしてくれた。
「あの男とお姉様がいなくなって、天界は大騒ぎでした。上の方たちはお姉様のことも悪く言っていましたが、私たちはちゃんと分かっています」
「分かってるって、何を……」
声が震えてしまった。
よく知るはずのノイルが、知らない人になったみたい。
「あの男がお姉様に向ける視線……異常だと思っていたはずなのに、止めきれなかった私たちが悪いです」
「え?」
「上位天使ともあろう方が、私欲のために一人の天使を堕天させた。私たちの認識です」
「私欲とか……分からない……」
シュトリさまは何か悪いことをしたの?
視線って何のこと?
「目を覚ましてください! お姉様は騙されています! 」
強い言い方に私は怯んだ。
握りしめられている手を引っ込めようとしても無駄だった。
「とにかくここから離れましょう。あまり時間はありません」
「ちょっと待って」
「足止めもそう効いていないでしょう。私も怪我を負ってしまいました」
「怪我……?」
その時、視界の端にケージが見えた。
いるはずのない小鳥の姿がない。
「小鳥さんはどこですか!?」
「まだ気付いていないんですか?」
「え?」
「お姉様の元に来ていた白い小鳥は、私たちです」
頭を思い切り殴られた気分だった。
天使たちはずっと私の側にいたの?
「なんでそんなことを!?」
「接触できる機会を窺っていました」
「私は小さなお友達だとばかり……」
ノイルの力が強くなる。
「堕天してしまったお姉様を元通りにすることはできません。しかし、天使が見守る場所にはお連れできます」
「……それは、シュトリさまと離れるというのですか?」
また雷が光り、窓ガラスが震えた。
ここに近付いて来ているみたいだ。
「離れてください。――あの悪魔は、お姉様の害になります」
なんでそんな言い方をするの?
「私だって、もう悪魔です!」




