22.おそらく――
ある大雨の夜、目を覚ますとベッドが広かった。
「シュトリさま……?」
眠い目を擦りながら、部屋の中を見回してもいない。
ゴロゴロと雷鳴が聞こえてきて、シーツを被りながら部屋を飛び出した。
「どこなのですかぁ? シュトリさま」
薄暗い廊下は少し怖くて、足早に進んでいった。
「キッチンにも応接間もいないのです。こんな時間なのに……」
柱時計を見上げると、まだ明け方ですらない。
「もしかしたら、お庭に……?」
ふと、そう思って玄関へと向かった。
重厚な扉に手を触れる。
扉を開けた瞬間に激しい雨音と、鼻の奥を突くような異臭に気づいた。
「……ひっ」
喉の奥から小さな悲鳴が漏れた。
慌ててシーツで口を押さえたけれど、目は釘付けになったままだった。
黒い何かが倒れている。
それも一つじゃない。……三つくらい。
人間でも動物でもない、異形の黒いもの。それは血を流し、わずかに息をしているようだった。
「……シュトリさま……」
傍らに佇むシュトリさまは、こちらに背を向けて剣を握っていた。
この屋敷に飾られていたものだ。鈍く光る刃に血が付いていた。
雷が光り、振り向いたシュトリさまの顔には血飛沫が残っていた。――けれど、その表情はいつものように柔らかい。
「僕を探しに来たのかな?」
「……はい」
「君は甘えん坊さんだね」
シュトリさまが手放した剣が、ぬかるんだ地面に落ちた。寝間着の袖で血を拭い、シュトリさまは歩いてくる。
「それは何なのですか?」
「魔王の使い魔かな」
「……まおう? なんで?」
「忠告はしたのに、僕たちを放っておけないみたいでね」
いつもの匂いじゃなくて、シュトリさまから嫌な匂いがする。シーツを被ったまま、私は足元を見つめた。
「天使だった頃、少し魔界と問題が起きたことがあってね。僕の名前を覚えていたみたいだね」
シュトリさまはシーツごと私を引き寄せて、幼い子のように抱き上げた。
「何か企んでると思われているみたい。邪推も程々にしてほしいよ」
唇に柔らかなものが触れるけど、シーツによって隔たりができていた。
「僕は君と穏やかな時間を過ごしたいだけ。そんなことも解ってもらえないなんて愚かだ」
「……また、同じようなものがやって来るのですか?」
魔界のことはよく分からないけど、私たちを脅かすものみたい……。何が起きるのか想像もできなくて怖いと思った。
「おそらくね。魔界だけじゃなく、おそらく――」
シュトリさまはそこで口を閉じた。
ドアを潜り抜け、バタンと大きな音を立てて庭が遮断される。
「体が冷たくなったね。ベッドに戻ろう」
まるで何もなかったように振る舞われて、何となくそれ以上は聞けなくなった。
胸にもやもやとしたものだけが残っていた。




