17.接吻
なるべく毎日、目を覚ますと鏡を見るようにしている。
膨らみも、長くなった手足も、漆黒の羽根さえも……起きたら戻っているんじゃないかと頭に過ってしまう。
そして、ふと気付いた。
「シュトリさま、私はお化粧をしたほうがいいのですか!?」
「どうして?」
「ノイルたちはしていました。頬紅とか口紅とか……みんな可愛かったのです!」
美しい天使たちの中でも、シュトリさまは格別に綺麗な方だった。
もう少し身だしなみに気を配らないと、並んだ時に見苦しい気がした。
「女の子だね。おしゃれをしてみたいのかい?」
「口紅は少し憧れていたのです」
「ツムギが楽しみたいのならやってみようか。でも、見せるのは僕だけだよね?」
首を傾げながらシュトリさまは言った。
覗き込むように顔を見られて、気恥ずかしくなった。
「それだと、お出かけの時におしゃれができないのです」
家の中だけではもったいない。
きっとお化粧をしたら、もっとお姉さんらしくなれるだろう。
「シュトリさまだけにしないといけないのですか?」
壁に掛けられた鏡の中に私たちが映っている。
私が大きくなっても、シュトリさまは私を包み込めるくらいの羽根があった。
「それを誰に見せたいの?」
「……人間さんとか?」
「人間の男を誘惑するため?」
「ゆうわく?」
なんでそうなるんだろう。
鏡の中の私が瞬きを繰り返した。
「悪魔になって、そんな欲求が出てきたのかと思ってね」
「それはないのですー!」
シュトリさまは人間に対して、私が悪いことを行う心配をしていたのだと分かった。
「シュトリさまと並んでも、恥ずかしくないようにしたいのです」
「……」
「心配しすぎです。もし、そうなったらシュトリさまが止めてくださいね!」
私が笑いかければ、シュトリさまは目を見開いた。
「そんなことさせないよ」
「ほら、大丈夫なのです」
「うん、絶対に」
頷いてくれたことに胸を撫で下ろした。
サファエルが言っていたことを、私はまだ理解できていなかった。
シュトリさまだって心配しているけど、私は人間にどんな悪影響を及ぼすのだろう……。
『害にしかならない存在に成り果てます。天使であった時の慈愛の心も何もかも悪へと染まってしまうのです』
不思議と、何の実感もないままだった。
* * *
シュトリさまが街に買い出しに行っている間に、私は人間のことを勉強することにした。
書庫から薄紅色の表紙の本を持ち出した。
「絵本みたいにお話になっているけど、文字ばっかりなのですー」
びっしりと埋まった小さな文字にクラクラしそうになる。
「でも、ここに出てくる男性はシュトリさまみたい」
美男子で、何でもできて、優しい。
シュトリさまの姿を想像しながら読み進めていく。
「……これは?」
主人公である令嬢が『接吻』というものを……シュトリさまとしている。
唇と唇が触れ合う。それは人間にとって特別なものらしい。
「……え? ええ……?」




