14.僕の話を聞いていた?
思わず強く抱きついた私に対して、シュトリさまはいつもと変わらない微笑みを向けた。
「今日はどこへ遊びに行こうか。市場で聞いた話だと、この近くに花畑があるそう」
「え?」
「昨日買ったお菓子を持って、そこで二人で食べようか」
「シュトリさま……?」
シュトリさまは誰もいないかのように、私に話しかけている。
「オイ。俺様を無視する気か?」
「まだいたの?」
羽根を広げたシュトリさまは、私の腰に手を回したまま、悪魔に話しかけた。
「ツムギと話しているんだ。介入しないでくれないか」
「……ほう、いい度胸だな」
悪魔の目が鋭くなった途端、私の身体は小刻みに震えだした。
「ちっこいほうは弱っちいな。今にも死にそうじゃねぇか」
「圧をかけるのはやめてくれないか。この子は繊細なんだ」
「悪魔になったのに色気も何もねぇ。そんな足手まといは捨てて俺と来い。魔王様がアンタを呼んでるぜぃ」
魔王?
もしかして、悪魔にとって神様のような人?
初めて知る存在に意識を奪われていると、シュトリさまの纏う空気が変わった。
「足手まといって誰が?」
耳の近くから聞こえる硬い声に、私の肩が跳ねた。
「そこのチビだよ。なんだ? ……そいつはアンタの何だって言うんだ?」
面白がるような反応に、私は隠れてしまいたかった。
「僕の番になる子だよ。この子を侮辱するなら、僕は君たちの敵になるけど?」
つがい……?
「ほお、魔王様を敵に回すっていうのか?」
「そんなものに興味ないよ。君たちの目的が何であろうと関係ない」
シュトリさまの羽根がバサッと動いた。
「僕たちの邪魔をする奴は、神だろうと魔王だろうと……目障りなだけだ」
目の前の悪魔は「面白い」と言った。
「アンタの悪魔としての欲望は、全部そのチビに向けられているんだな。……ハハッ、そのチビを始末したら、どんな面になるんだろうなァ」
「僕の話を聞いていた?」
「元天使らしく小綺麗な顔をしやがって。アンタの顔を歪ませてやるのも楽しそうだ」
シュトリさまは小さく息を吐いた。
「邪魔だな」と聞こえたのは気のせいだろうか。
唇を動かして詠唱のようなものを唱えたと思えば、曇り空がゴロゴロと鳴り出した。
「ツムギの前から消えろ」
その一言と共に、悪魔の頭上へと雷が光った。大きな音と共に、地面に穴が開いた。
「……あぶねぇな」
悪魔はスレスレのところで避けたようだ。
尻もちをつき、目を見開いていた。
「次行くよ」
「は?」
ドォォンと二回目の稲妻が走る。
「オイ! 狂ってんぞ、アンタ!」
逃げ惑う悪魔に対して、シュトリさまは顔色一つ変えなかった。
私は腕の中で呆然とする。
「あの……シュトリさま……?」
「どうかした? お菓子食べたくなった?」
私に向けられる目は柔らかい。
今はお菓子とかじゃないです……。
「待ちくたびれたね。そろそろ出発しようか」
シュトリさまは身体を浮かせた。
「待てよ、コラァ!」
「……うるさいな。まだ喋るの?」
抱きかかえた私の髪を撫でながら、シュトリさまは悪魔に告げる。
「生かしてやってるのは警告だよ。帰って、魔王に手出しするなって言っておけ」
「そんなことできるわけ……」
「本気が伝わらないなら、その羽根を捥いじゃおうか。邪魔だよね、僕たちを追いかけてくるって言うなら」
「……イカれてやがる」
シュトリさまは呆れたように言った。
「僕は悪魔になったんだもの」
空高く身体が浮いていく。
「じゃあ、さようなら」
ぐにゃりと空間が歪み、次の瞬間には、一面に花が咲く場所に移っていた。




