↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神、詰みかけた配布ミスを"運命"と言い張る  作者: 一ノ瀬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/13

第8話「丘の上の廃墟」

昨夜はほとんど眠れなかった。ドルトンの警告と、ガレスという男の存在が頭から離れなかったからだ。


俺たちは街の北に位置する森を抜け、丘を目指した。セレナには、念のため事情を伝えもし夕方までに戻らなければギルドマスターに報告するよう頼んでおいた。


「本当に、大丈夫なの?」


出発前、セレナは何度も心配そうに聞いてきた。


「わからない。でも、行かないという選択肢はもうない」


丘への道は、思っていたよりも険しかった。生い茂った雑草をかき分け、崩れかけた石段を登っていく。額に滲む汗を拭いながら、俺は昨日のドルトンの言葉を思い返していた。頂上に差し掛かった頃、木々の間から古い屋敷の輪郭が見えてきた。


「あれか」


かつては壮麗だったであろう屋敷は、今や蔦に覆われ、窓は割れ、屋根の一部が崩れ落ちていた。長年放置された廃墟特有の重く沈んだ空気が漂っている。鳥の声すらこの場所だけは避けているようだった。


「入り口、封鎖されてるはずじゃ」


近づくと正面の門には、確かに鎖が巻かれていた。だが、その鎖は比較的新しいもので切断されていた。


「誰かが既に入ってる」


「詰み目、使う?」


「ああ。ここで温存する意味はない」


俺は、屋敷全体に向けて詰み目を発動した。


「――『詰み目』」


【対象:ヴァレンフォード家旧邸】

【内部に人の気配あり:地下に一名】

【罠の存在を検出:玄関ホールの床に踏み抜き式の落とし穴】

【推奨経路:右手の廊下から使用人用の階段を経由】


「地下に誰かいる、、」


「罠もあるみたいね」


「教えられた経路で行けば、避けられる」


俺たちは、慎重に屋敷の中へと足を踏み入れた。埃をかぶった家具、崩れかけた壁、割れた食器の破片。かつての生活の痕跡が、そのまま時を止めていた。壁に掛けられたままの肖像画が朽ちかけた額縁の中で、こちらを見つめているようだった。


詰み目が示した通り右手の廊下から使用人用の階段を下りていく。石造りの階段は、湿った空気と共に地下へと続いていた。一段ごとに足元から冷気が這い上がってくるようだった。


地下室に近づくにつれ、何かを唱えるような低い声が聞こえてきた。


「……あれは」


扉の隙間から覗くとそこには、黒いローブを纏った初老の男が、床に描かれた複雑な魔法陣の前に立っていた。陣の中心には小さな水晶球のようなものが置かれている。壁際には、見覚えのある羊皮紙の束が無造作に積まれていた。おそらくあの偽装依頼書の原本だろう。


「ガレス・ヴァレンフォードだな」


俺は、扉を開け放って声をかけた。


男がゆっくりと振り返った。

落ち窪んだ目、青白い肌。まさに亡霊のような佇まいだった。年齢はドルトンの言った通り、五十を超えているように見えた。


「……侵入者か。教会の手先にしては、随分と早く辿り着いたものだ」


「教会?」


「とぼけるな。……いや、その顔は、本当に知らないようだな」


会話が噛み合っていない。だがそれを問い質す前に、男の視線が、俺の背後――俺自身に注がれていることに気づいた。


「その目……お前、"詰み目"の持ち主か」


心臓が跳ねた。この男が、俺のスキルのことを知っている。


「なぜ、それを…」


「ヴァレンフォード家は、代々"視る者"に関する記録を蓄えてきた。詰み目もまた、その一つだ。数百年前、我が祖先が同じ力を持つ者と対峙した記録が書庫に残されている」


「数百年前……?」


聞き覚えのない話に俺は思わず眉をひそめた。この男は明らかに何か俺の知らない事情を知っている。


「三十年前、我が家は不正の罪で取り潰された。だがあれは仕組まれたものだった。当時のギルド上層部と王家の一部が結託し、我が家の力を恐れて排除したのだ」


ガレスの声には、長年積もらせてきた怨念が滲んでいた。


「私は、失われた家名を取り戻すため、"魂の器"の研究を再開した。若い魂を器として使えば、失われた力を再現できるはずだった。だが、質の良い魂はそうそう見つかるものではない」


「だから新人冒険者を狙ったのか…」


「その通りだ。だが、お前ほどの上物には、なかなか出会えなかった」

「まあいい。どちらにせよ、お前がここに来たのは好都合だ」


ガレスが水晶球に触れると、魔法陣が禍々しい光を放ち始めた。


「"魂の器"の完成にはもう一つだけ、質の良い魂が必要だった。強い力を宿す者の魂ならばこの上ない供物になるだろう」


「アレン、危ない!」


ルナリアの叫びと同時に、魔法陣から黒い触手のようなものが伸びてきた。


咄嗟に飛び退いたが、触手の先端が俺の腕をかすめた。焼けるような痛みが走る。前世で味わったどんな痛みとも違う、異質な感覚だった。


「くっ……!」


「今日の詰み目は、もう使えないの?」


「一日一回だ。さっき屋敷全体に使っちまった…」


「じゃあ、私が時間を稼ぐ。あなたは隙を見て動いて」


ルナリアが、短剣を構えて前に出た。


「一人で無茶するな!」


「無茶なのは、お互い様でしょう」


そう言い返しながらもルナリアの目には、確かな覚悟が宿っていた。あの村での取り立て人相手とは、比較にならない強敵だと彼女自身もわかっているはずだった。


「面白い。人間如きが、この私に逆らうか」


ガレスが嗤いながらさらに魔法陣の力を高めていく。地下室全体が、禍々しい光に包まれ始めた。壁に描かれた古い装飾までもが、その光に照らされて不気味に浮かび上がっていた。


「アレン、詰み目がなくても頭は使えるんでしょう?」


ルナリアの言葉に俺は唇を噛んだ。前回、ギルベルトに言われたことを彼女は覚えていたのだ。


「ああ。……見てろ」


詰み目に頼れない今、俺にできることは限られている。だが何もできないわけじゃない。魔法陣の構造、ガレスの動き、水晶球の位置――目の前の情報だけを頼りに俺は必死に突破口を探し始めた。


前世で原因不明のシステム障害と何度も向き合ってきた経験が、こんな場所で役に立つとは思わなかった。焦らず、一つずつ、目に見える事実だけを積み上げていく。魔法陣の光は、水晶球を中心にして、規則的な間隔で明滅を繰り返している。何かの周期がある、そう直感した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。