第4話「Eランクの初仕事」
村での一件が片付いたのは、それから三日後のことだった。証人を揃えて再訪した俺たちにギルベルトは、あっさりと矛を収めた。彼が何を考えて手を引いたのか、正直、最後まで読み切れなかった。役所への正式な訴えと引き換えに、商人は土地の権利証をすべて村に返還することで合意した。
「今回は、私の負けのようだ。……ですが、覚えておいてください。あなたのような目をした人間は、いずれ必ず、もっと大きな"詰み"を求めるようになる」
捨て台詞のような一言を残し、ギルベルトは静かに去っていった。正直、忘れたいのにうまく忘れられない一言だった。
「アレン、お前たちのおかげだ。本当にありがとう」
村長が、深々と頭を下げてくる。
「たまたま、力になれただけです」
「あなた、また"うまくやれた"顔してる」
ルナリアの指摘に、俺は慌てて表情を引き締めた。直そうとしても、なかなか直らないものらしい。村を発つ日、見送りに集まった村人たちが、口々に感謝の言葉をかけてくれた。その温かさに、俺はどう応えていいかわからず、ただ頭を掻くしかなかった。
村を出た俺たちは、街道沿いに数日かけて、大きな街――ローデン市へとたどり着いた。ここには、冒険者ギルドがあるという。石造りの建物が立ち並ぶ街並みは、村とは比べ物にならないほど賑やかだった。
「せっかくだ、俺たちも登録してみるか」
「あなた、なんの実績もないのに大丈夫なの」
「大丈夫だ、俺には"詰み目"がある」
「今日、もう使っちゃったんじゃないの」
「……そうだった」
冒険者ギルドの扉を開けると、多くの冒険者たちで賑わっていた。
「いらっしゃい!新規登録かな?」
受付のセレナが、明るく声をかけてくる。二十二歳ほどだろうか、面倒見の良さそうな雰囲気だった。
「アレンだ。こっちはルナリア」
「はいはい、了解。……って、あなたたち、隣の村の騒動を収めたっていう?」
「一体、どうやったの?」
ここは格好よく答えるべきだろう、と俺は思った。
「……まあ、な。詰みへの道筋は、最初から見えていた、というやつだ」
沈黙が流れた。
「……え、それだけ?」
「い、いや、つまり」
しどろもどろになる俺の後ろで、ルナリアが盛大に噴き出した。
「あなた、意外とそういうとこあるわよね。格好つけようとして、微妙に滑るとこ」
「滑ってない」
「滑ってた。セレナさんの反応見なさいよ」
セレナも、必死に笑いを堪えていた。
「はい、これで登録完了!Eランクからのスタートね。……あ、そうだ。ちょうどいい依頼があるから、これやってみない?」
セレナが差し出したのは、近隣の森での薬草採取の依頼書だった。羊皮紙には、簡素な字で依頼内容と報酬額が書かれている。
「地味な依頼だな」
「初日から無理はしない方がいいわよ。Eランクなら、こういう依頼から実績を積むものだから」
依頼書を受け取った瞬間、なんとなく、いつもの癖で視界の端を確認した。今日の分の詰み目は、まだ使っていない。
「せっかくだ、試しに使ってみるか」
「こんな依頼書に?」
「暇つぶしだ。習熟度も上げたいしな」
「――『詰み目』」
軽い気持ちで発動した瞬間、俺の顔から、笑みが消えた。
【対象:この依頼書】
【詰みの兆候を検出:依頼主は既に死亡している。依頼は"生きた人間"を名乗る何者かによって捏造されたもの】
【現在進行中の詰み:このまま森に入った場合、三時間以内に致命的な罠に遭遇する】
文字列を、俺は何度も見直した。読み間違いであってほしいと思ったが、視界に浮かぶ表示は、何度確認しても同じだった。
「……アレン?」
ルナリアが、俺の異変に気づいて顔を覗き込んできた。
「どうしたの、顔色悪いわよ」
「この依頼、罠だ。依頼主は、もう死んでる」
「は?」
セレナが、素っ頓狂な声を上げた。
「セレナ、この依頼、いつ受理された」
「え?ついさっきよ。窓口に、直接持ち込まれて」
「持ち込んだのは、どんな奴だった」
セレナの表情が、次第に強張っていく。
「フードを被った、顔のよく見えない……あれ、そういえば、名前も聞いてなかったかも。おかしいわね、通常なら必ず記録するはずなのに」
ギルドの規則では、依頼者の身元は必ず記録するはずだった。それが抜け落ちている時点で、既に何かがおかしい。
「アレン、それ本当なの?」
ルナリアの問いに、俺は頷いた。
「詰み目が、そう言ってる。この依頼書自体が、誰かを森に誘い込むための罠だ」
たかが薬草採取の依頼書一枚に、既に詰みが仕込まれている。俺は、依頼書を握りしめたまま、もう一度視界の端の文字列を見直した。
セレナの顔が、みるみる青ざめていった。
「ちょっと待って……これ、私が受理した依頼よ。もし、これが本当に罠だったら」
「今すぐ、他に同じ依頼を受けた冒険者がいないか、確認した方がいい」
セレナが、慌てて依頼リストを確認し始めた。俺とルナリアは、顔を見合わせた。
これは、ただの日常回では済まないかもしれなかった。




