第18話「ギルドの夕暮れ」
ローデン市に戻るとギルドは行方不明者救出の報せで、ちょっとした騒ぎになっていた。噂は俺たちが到着するより先に、街を駆け巡っていたらしい。
「アレン、エルザ、ルナリア!」
セレナが受付を飛び出してくる勢いで駆け寄ってきた。
「聞いたわよ、行方不明者を全員救出したんですって?しかも、仮面の怪人まで倒したとか」
「怪人は俺たちだけじゃなく、こいつの力も大きい」
俺が示すと後ろに控えていた剣士に、ギルド中の視線が集まった。
「こちらの方は?」
「ノアだ。今回、助けてもらった」
セレナの目が興味津々に輝いた。
「もしかして、パーティに?」
「まだ、迷ってるところだ」
「そう。でも、いい傾向ね」
セレナが意味深に微笑んだ。彼女なりに何かを察しているようだった。
ノアは居心地悪そうに視線を逸らしていた。大勢の視線に晒されるのはあまり得意ではないらしい。周囲の冒険者たちも噂の仮面の怪人討伐劇の当事者たちを、遠巻きに眺めていた。
「とりあえず、報告書を書いてもらえる?詳しい状況を聞かせてほしいの」
セレナに連れられ、俺たちはギルドの一室で改めて事の顛末を説明することになった。ギルドマスターも同席し、神妙な顔で話を聞いていた。白髪交じりの髭を撫でながら、時折鋭い質問を挟んでくる。
「仮面の怪人、か。……それは、厄介な話だな」
初老のギルドマスターが重々しく呟いた。
「過去にも、似たような報告がある。この地方には古くからの"眠った脅威"にまつわる伝承が、いくつか残っているんだ」
その言葉に俺は思わず身を乗り出した。フィオナの話とガレスの話と今回の件。すべてが繋がっているなら、見過ごせない情報だった。
「詳しく、聞かせてもらえますか」
「残念だが、私が知っているのはごく断片的なものだけだ。もし本格的に調べるなら、王都の古文書庫にあたるのが早いだろう」
ギルドマスターは机の引き出しから古びた地図を取り出した。この地方一帯の地形が描かれており、ところどころに見慣れない印がつけられている。
「この印がついた場所は、過去に何らかの異変が報告された地点だ。全部で、七つある」
「七つも」
「ああ。今回のヴァレンフォード家の一件も、仮面の怪人の件もこの印の一つに該当する。残り五つは、まだ手つかずだ」
地図を覗き込みながら、俺は背筋に新たな緊張が走るのを感じた。
王都という単語に俺たちは顔を見合わせた。この世界について、まだ知らないことがあまりにも多すぎる。そりゃあまだほんの数ヶ月しか経っていないのだから、当然かもしれなかった。
「王都か……。いつか、行く必要がありそうだな」
「面白そうじゃない。行きましょうよ」
エルザが目を輝かせて言った。
「今はまだ早い。俺たちのランクじゃ、王都での活動許可も下りないだろう」
「地味な判断ね」
「現実的な判断だ。それに地図の印が五つも残ってるなら、焦って一つに突っ込むより、着実に力をつけていく方がいい」
「わかってはいるけど」
エルザは不満げに頬を膨らませながらも、それ以上は食い下がらなかった。
軽口を叩き合う俺たちをギルドマスターが興味深そうに眺めていた。
「随分と、仲の良いパーティだな」
「仲良くはないです」
「仲良くないわよ」
ノアまでもが小さく頷いていた。否定の息まで揃うとは、さすがのギルドマスターも苦笑するしかないようだった。部屋の空気が少しだけ和んだのを感じた。
エルザとルナリアの声がまた綺麗に重なった。その息の合い方こそが何よりの答えだったが、本人たちは気づいていないらしい。
報告を終えて外に出るとノアが少し離れた場所で待っていた。先に話を済ませ、俺たちを待っていてくれたらしい。
「ノア、どうする。王都の話、聞いてただろう」
「ああ。……興味がない、とは言わない」
「なら」
「一つ、聞かせてくれ」
ノアがまっすぐにこちらを見た。
「お前たちの目的は本当に、ただの正義感からか。それとも」
「それとも?」
「お前自身の、何か個人的な理由があるのか」
鋭い問いだった。誤魔化しても良かったがそれではこの男との信頼関係は築けないだろうと感じた。俺は少し考えてから、正直に答えることにした。
「個人的な理由も、ある。俺はこの力を手に入れてから人を追い詰めることに、妙な快感を覚えるようになった。それが、怖い」
「怖い、か」
「ああ。だからせめて、誰かを救うためにこの力を使いたい。そうすれば、自分を保てる気がする」
正直すぎる告白だったが不思議と隠す気にはなれなかった。
ノアはしばらく黙って俺を見つめた後、小さく息を吐いた。
「……わかった。少しの間、お前たちと組んでみる」
「本当か」
「ただし、仮だ。本当に信頼できるかどうかは、これから見極めさせてもらう」
「構わない。見極めてくれて結構だ」
俺は素直にその条件を受け入れた。信頼というものは一朝一夕に築けるものではないと、前世の経験でよく分かっていた。
素っ気ない言い方だったが確かな前進だった。エルザが嬉しそうに拳を突き上げる。
「やった!これで戦力倍増ね」
「倍増は言い過ぎだ」
「細かいことはいいのよ」
ルナリアも柔らかく微笑んでいた。
「よろしくね、ノア」
「……ああ」
短い返事だったがその声には確かな温かみが滲んでいるように聞こえた。四人になったパーティは夕暮れのローデン市を、並んで歩き始めた。
「仮入団記念に、何か奢ってよ」
「俺の財布を何だと思ってるんだ」
「天才魔導士様の奢られ係でしょ」
「初耳だ、そんな係。誰が決めた」
「今、私が決めた」
「勝手すぎるだろう。そんな係、今すぐ解任だ」
騒がしいやり取りにノアまでもが微かに口元を緩めていた。前世では想像もできなかった賑やかな日常が、少しずつ積み重なっていくのを俺は実感していた。
その夜、宿の自室に戻ると視界の端に見慣れた表示が浮かんだ。
【本日の残り使用回数:1】
ようやく、詰み目が回復したらしい。昨日の森での一件から、きっかり二十四時間が経っていたことになる。
「便利なような、不便なような」
誰に言うでもなく呟いて、俺はベッドに体を投げ出した。天井を見つめながら、今日一日の出来事を思い返す。ノアの仮入団、王都という新たな目標。少しずつ、世界が広がっていく感覚があった。地図に描かれていた、七つの印のことも頭の片隅から離れなかった。
窓の外から、宿の酒場の賑やかな声が聞こえてくる。エルザとルナリアがまだ何か言い合っているらしい。苦笑しながら、俺は目を閉じた。明日もきっと騒がしい一日になるだろう。それが今は少しも嫌ではなかった。むしろこの騒がしさこそが今の自分には必要なものなのだと、どこかで感じていた。




