第17話「斬る者の過去」
宿場町での一夜が明けた。昨日の騒動の後、俺たちはノアと共に、村の宿で休ませてもらうことになっていた。
朝食の席、ノアは相変わらず、必要最低限のことしか話さなかった。だが、昨日のように突き放すような空気は、少しだけ和らいでいる気がした。パンを黙々と口に運ぶその姿を、エルザが興味津々に観察していた。
食事がひと段落したところで、俺は何気なく切り出した。
「ノア、これから先どうするつもりなんだ」
「次の人ならざるものを追う。俺がやるべきことはそれだけだ」
「次を追うあては、あるのか」
「ない。だが、いずれ見つかる。奴らはいつも何かを求めて動いているから、必ずどこかで痕跡を残す」
淡々とした口調の奥に、長年静かに積み重ねてきた執念のようなものを感じた。
「なあ、一つ聞いていいか。なんでそんなものを追い続けてるんだ」
ノアの箸が一瞬止まった。沈黙が朝食の席に重く垂れ込める。
「……お前に答える義理はない」
「そうだな、悪かった。踏み込みすぎた」
あっさり引き下がった俺に、ノアは意外そうな顔をした。もっと食い下がられると思っていたのかもしれない。
「無理に聞いてこないのか」
「言いたくないことを、無理やり聞いても仕方ないだろう。それに」
俺は、エルザとルナリアを交互に見た。
「俺たちも、似たようなもんだ。この力のことも、お互いの過去のことも、全部一気に話せるわけじゃないからな」
ルナリアが、小さく頷いた。
「そうね。少しずつ、知っていけばいい」
エルザも、珍しく静かに同意していた。
ノアは、しばらく黙り込んだ後、ぽつりと言った。
「……妹が、やられた。人ならざるものに」
場に重い沈黙が落ちた。エルザもさすがに軽口を叩こうとはしなかった。
「五年前のことだ。俺はまだ子供で、何もできなかった。目の前で、妹が連れ去られるのをただ見ていることしかできなかった」
ノアの声は、淡々としていた。だが、だからこそ、その奥に潜む痛みの深さが余計に伝わってくるようだった。
「それで、剣を」
「ああ。あれから、強くなることだけを考えて生きてきた。妹を助けるためじゃない。……もう、手遅れだと分かってるから」
その言葉には、諦めと、拭いきれない怒りの両方が滲んでいた。五年という歳月は、その感情を薄めるには、まだ足りなかったらしい。
「だったら、なんで今も戦ってるんだ」
俺の問いにノアは少し驚いたような顔をした。
「同じ思いをする人間を、これ以上増やしたくない。それだけだ」
短い答えだったがその奥には言葉にしきれないほどの重さが込められているように感じた。
静かな、だが確かな決意の滲む声だった。前世で理由もなく人助けをした自分と、どこか重なる部分があるように感じた。誰かを助けたいという気持ちに綺麗な理由なんて、本当は要らないのかもしれない。
「俺たちも似たようなことを目指してる」
「似たような?」
「この世界の"詰み"を、いつか全部解く。大層な目標。だが、本気だ」
フィオナが語った"眠ってる脅威"のことも、ガレスの一件も、昨日の仮面の男のことも、すべてが一本の線で繋がっている気がしてならなかった。
ノアは、しばらく俺を見つめた後小さく息を吐いた。
「……大層な目標だな、本当に」
「馬鹿にしてるのか」
「いや。……悪くない、と思っただけだ」
その一言に、込められた感情を俺はうまく読み取れなかった。だが、少なくとも拒絶ではないことは分かった。
朝食を終えて外に出ると宿場町の人々が、感謝の品を携えて集まっていた。手作りのパンや干し肉、素朴な木彫りの置物など、品物は様々だった。
「本当にありがとうございました…!!」
老婆が、涙ながらに頭を下げてくる。行方不明だった息子が、無事に戻ってきたのだという。隣ではその息子が、気恥ずかしそうに頭を掻いていた。
「大したことはしてません」
「大したことですよ。あなた方がいなければ、この子は……」
言葉を詰まらせる老婆に、ルナリアが優しく声をかけていた。エルザも、照れくさそうにしながらも、感謝の言葉を受け取っている。普段の勝気な態度とはまるで違う、年相応の素直さが覗いていた。
ノアだけが、少し離れた場所から、腕を組んでその光景を見つめていた。表情は読めなかったが、目はどこか優しかった。
俺は、村人たちの輪から離れたノアに歩み寄った。
「ノア、あんたもちゃんと感謝されるべきだ。あんたがいなかったら、俺たちも危なかった」
「俺はただ通りすがっただけだ。礼を言われる筋合いはない」
「それでも、だ。あんたがいなきゃ今頃どうなってたか分からない」
ノアは、しばらく躊躇った後村人たちの輪にゆっくりと歩み寄っていった。ぎこちない様子で感謝を受け取る姿に、ルナリアが小さく笑っていた。普段の冷静な佇まいからは想像もつかないほど居心地悪そうにしているのが、どこか微笑ましかった。
昼過ぎ、村を出発する頃には見送りの村人たちから、何度も頭を下げられた。小さな宿場町の温かさが、しばらく胸に残りそうだった。
ローデン市への帰り道、俺はノアに尋ねた。
「これからどうする。もし良ければ、一緒に来ないか」
「パーティに誘ってるのか」
「ああ。詰み目にない強さがお前にはある。それに、お前の剣があれば、今度みたいな事態でも、もっと落ち着いて立ち向かえる気がする」
「それに?」
俺は、少し考えてから続けた。
「一人で戦い続けるのは、辛いだろう。俺にも、少しだけ分かる気がする。前世の俺も、ずっと一人で抱え込んで生きてきたから」
ノアは、剣の柄に触れたまま長い沈黙に身を委ねていた。やがて、ようやく口を開いた。
「……少しだけ、考えさせてくれ。すぐには決められない」
即答はなかったが、拒絶でもなかった。その曖昧な返事に、俺は少しだけ希望を感じていた。
「ちなみに、聞いてもいい?」
エルザが横から割り込んできた。
「あんた戦ってる時、魔法とか使わないのね。剣一本で、あれだけ強いってどうなってるの」
「別に秘密でもない。幼い頃から剣しか教わらなかっただけだ」
「もったいないわね。私なら絶対両方極めるのに」
「お前はただ欲張りなだけだろう」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
軽口を叩くエルザに、ノアが初めて、微かに口元を緩めるのが見えた。笑ったとまでは言えないが、確かに表情が和らいでいた。
「意外と、笑うこともあるのね」
ルナリアがからかうように言う。
「……別に、笑ってない」
「今、笑ったわよ」
「見間違いだ」
頑なに否定するノアに、三人で顔を見合わせて笑った。昨日まで見ず知らずだった剣士が、少しずつ俺たちの輪の中に馴染み始めているのを感じた。
ローデン市へと続く街道を、四人で並んで歩く。前世では、こんなに賑やかな帰り道を経験したことなど一度もなかった。
空は高く晴れ渡り、遠くにローデン市の尖塔が小さく見え始めていた。




