第12話「Dランクの初仕事」
Dランクに昇格した翌日、ギルドの空気は少しだけ変わっていた。すれ違う冒険者たちの視線が、以前より少しだけ長く俺たちに留まる気がした。
「おはよう、Dランクさん」
セレナがからかうように声をかけてくる。
「その呼び方はやめてくれ」
「照れなくていいのに。せっかく昇格したんだから」
エルザは既に掲示板の前で目を輝かせていた。昇格したばかりの高揚感が、まだ抜けきっていないようだった。
「見て見て、Dランク向けの依頼、報酬がぜんぜん違う」
「金額に釣られすぎだ」
「釣られて何が悪いのよ」
ルナリアが二人のやり取りを横目に一枚の依頼書を手に取った。
「これはどう?隣町までの護衛依頼。商人が一人、荷馬車で移動するみたい」
「護衛か。地味だが手堅そうだな」
「地味って言葉、あなた好きよね」
「否定はしない」
三人で相談した結果、その護衛依頼を受けることにした。依頼主は商業ギルドに所属する若い商人だという。
待ち合わせ場所は、街の外れにある小さな倉庫街だった。積み荷を確認しているらしい人影が、朝日を背に立っている。
「これはこれは。監視者殿、いや詰み目の冒険者殿とお呼びすべきかな」
「ギルベルト」
村での一件以来だった。以前より少し痩せたように見える。だがその目の奥にある食えない気配は、あの日と少しも変わっていなかった。
御者台の脇に立っていたのは、見覚えのある恰幅の良い男だった。俺は思わず眉をひそめた。
「あんたが依頼主か」
「ええ。あの一件の後、商売のやり方を見直しましてね。今は隣町との正規の取引で細々とやっています」
ギルベルトの物腰は、以前よりずっと柔らかくなっているように見えた。だが安心するにはまだ早いと、俺の勘が告げていた。
「信じていいのか、その話」
「疑り深いのは結構なことです。ですが今回に限っては本当ですよ」
ギルベルトは薄く笑った。エルザが物珍しそうに割り込んでくる。
「なによこの人。アレンの知り合い?」
「因縁の相手、と言った方が近いな」
「わあ、面白そう」
「面白がるところじゃない」
ルナリアだけが、ギルベルトを値踏みするような目で見ていた。
「本当に改心したなら結構なことね。でも監視はさせてもらうわ」
「手厳しい。ですがそれくらい警戒していただいた方が、私としても安心できます」
商談が成立し、俺たちは荷馬車と共に街道を進み始めた。空は高く晴れ渡り、絶好の護衛日和と言えなくもなかった。
街道は思いのほか穏やかだった。荷馬車の車輪が立てる規則的な音だけが、静かな道に響いていた。エルザは退屈そうに荷台の縁に座り足をぶらぶらさせている。
「護衛って暇ね」
「暇なのが一番いいんだ」
「わかってるけど、暇なの」
「子供みたいなこと言うな」
「子供じゃないわよ十五歳だもの、あんたと一つしか違わないでしょ」
軽口を叩き合っていると御者台のギルベルトが小さく笑う声が聞こえた。
「仲がよろしいことで」
「別に仲良くない」
エルザとルナリアの声が揃った。ぴったり重なった否定に、今度はギルベルト以外の全員が黙り込む番だった。荷馬車の中に、なんとも言えない空気が漂った。
昼を少し過ぎた頃、視界の端に見慣れた表示が浮かんだ。詰み目はまだ使っていなかった。念のため周囲を確かめておくことにする。
「――『詰み目』」
【この道の先、三キロ地点で待ち伏せの兆候あり】
【襲撃者は五名。狙いは荷馬車の積み荷】
【積み荷の中身:表向きは布地だが、実際は高純度の魔石】
心臓が跳ねた。ただの護衛依頼ではなかったらしい。
「ギルベルト、この荷、本当に布地か」
御者台の商人の肩がわずかに強張るのが見えた。
「……随分と鋭いですね」
「答えろ」
「魔石です。布地に偽装して運んでいました。正規の輸送許可が下りるまで、少し時間がかかるもので」
「それを黙って依頼したのか」
「言えば、依頼料を上げなければならなかったので」
悪びれない態度にルナリアが呆れたようにため息をついた。
「相変わらずね、あなたって人は」
「商人ですから」
「今からでも遅くない。追加報酬、払ってもらうわよ」
「もちろんです。生きて隣町に着ければ、ですが」
軽口の応酬をしている場合ではなかった。俺は前方を見据えた。
「三キロ先で襲撃がある。五人組だ」
「戦っていいのね」
エルザの声が、明らかに弾んでいた。
「ああ。今度は思い切りやっていい」
「待ってたのよ、その言葉!」
三キロ地点に差し掛かったところで道の両脇から男たちが飛び出してきた。予告通り五人。手には剣や斧を構えている。
「荷物を置いて消えな」
リーダーらしき男が凄んだ。だがその声には、既に緊張が滲んでいた。
「フレイムバレット」
エルザの炎が先頭の男の足元で爆ぜた。土煙とともに男が悲鳴を上げて転がる。仲間を呼ぼうとした別の男が、続けて放たれた二発目に飲まれて動きを止めた。
「一人、いや二人!」
「油断するな。まだ三人残ってる」
俺は詰み目が示した情報を頼りに動いた。
【右から二番目の男:利き腕に古傷。左からの攻撃に弱い】
「ルナリア、右の男の左を狙え」
「了解」
短剣が閃き、男の得物を弾き飛ばす。ルナリアの動きに、無駄がなかった。
残る三人が怯んだ隙にエルザが追撃の炎を放つ。あっという間に五人全員が地面に伸びていた。
「呆気ないわね」
「情報があれば、こんなもんだ」
荷馬車の上でギルベルトが感心したように口笛を吹いた。
「素晴らしい。これなら、追加報酬を払う価値がありますね」
「その台詞、最初から言え」
縛り上げた五人を、後から追ってきた街道警備隊に引き渡すと、俺たちはようやく肩の力を抜くことができた。こうして俺たちは無事に隣町へと荷を届けることができた。護衛依頼のはずが思わぬ形で本領を発揮することになった一日だった。
隣町の門をくぐったとき、エルザが大きく伸びをして言った。
「なんだかんだで、いい仕事した気がするわね」
「お前が一番楽しんでただろう」
「否定はしないわ」
ルナリアが呆れたように笑い、俺もつられて口元が緩むのを感じた。前世では味わえなかった充実感が、疲れた体の奥にじんわりと広がっていた。
隣町の宿で荷を下ろすと、ギルベルトが改めて頭を下げてきた。
「本当に助かりました。約束通り、追加報酬は上乗せさせていただきます」
「当然だろう。隠し事をしてたんだからな」
「返す言葉もありません。ですが」
ギルベルトは、少しだけ真剣な目でこちらを見た。
「あなた方の実力、本物だと改めて分かりました。今後も何かあれば、ぜひご贔屓に」
「気が向いたらな」
素っ気なく答えたものの、この男との縁が、まだしばらく続きそうな予感がしていた。
窓の外には、隣町の見知らぬ夜景が広がっていた。ローデン市とはまた違う匂いのする夜風が、頬を撫でていく。新しい景色が一つ増えるたびに、この世界が少しずつ自分自身のものになっていくような気がした。




