第11話「昇格試験」
翌朝のギルドは朝から騒がしかった。掲示板の前に冒険者たちが集まって、何やら盛り上がっている。
「アレン、これ見て」
エルザが掲示板の隅の貼り紙を指差した。Dランク昇格試験のお知らせと書いてある。
「Eランクで実績を積んだ者は、推薦を受けて挑戦できるみたい。課題はゴブリンの巣の偵察ですって」
「偵察だけなら簡単そうね」
ルナリアが貼り紙を覗き込んで言った。するとエルザが人差し指を立てて得意げに胸を張る。
「甘いわよ。ゴブリンは群れで動くの。偵察中に見つかったら、一瞬で囲まれるんだから」
「詳しいな」
「当たり前でしょう。天才魔導士なんだから」
「本で読んだだけじゃないのか」
「うるさいわね」
図星だったらしい。エルザがそっぽを向いたところで受付からセレナが顔を出した。
「三人とも推薦は通ってるわよ。ヴァレンフォード家の件が評価されたの。試験は明日の朝からね」
「もう明日なのか」
「ただ今回の合格枠は一組だけなの。他にも受験するパーティがいるから気をつけてね」
その言葉が終わらないうちに背後から野太い笑い声が響いた。
「へえ、新人どもが昇格試験か」
振り返ると、金髪の大柄な男が二人の取り巻きを連れて、にやにや笑っていた。使い込まれた鎧に大剣を背負っている。
「ガルドよ。ブレイズ・ファングのリーダー」
セレナが小声で教えてくれた。あまり歓迎していない声色だった。
「噂は聞いてるぜ。地味なスキルの詰み目野郎と、回復しかできねえ女と、口だけの魔導士だろ。笑えるパーティだな」
「誰が口だけですって」
エルザが一歩前に出た。指先にはもう小さな炎が灯っている。
「エルザ、落ち着け。ここはギルドの中だ」
「でもこいつ」
「あなたが炎で天井を焦がしたらセレナさんが困るわ」
ルナリアが静かに言った。声は穏やかなのに、背筋が冷えるような響きがある。
「それにあの人は、きっと明日恥をかくもの。わざわざ今日怒る必要はないわよ」
「……あんた、意外と言うわね」
「聞こえてんぞ女」
ガルドが顔をしかめたが取り巻きの二人が慌てて彼の腕を引いた。
「兄貴、ギルドで揉めると試験に響きますぜ」
「ちっ。明日を楽しみにしてな。合格は俺たちがもらう」
捨て台詞を残して男たちは去っていった。エルザはまだ肩を怒らせている。
「ああもう腹が立つ。絶対に見返してやるんだから」
「その意気だ。ただ暴れるのは試験のときにしてくれ」
「あんたが言うと説得力ないわよ」
決め台詞を噛んだ日のことを言われている気がして俺は黙ってお茶を飲んだ。
その夜は宿の食堂でルナリアと二人になった。エルザは明日に備えて早々に部屋へ引っ込んでいる。
「緊張してる?」
「少しな。前世でも試験は苦手だったんだ」
「意外ね。頭は回る方でしょう」
「回る頭と本番の度胸は別物だ。面接なんて毎回手が震えた」
ルナリアがくすりと笑ってスープを一口飲んだ。
「大丈夫よ。あなたが震えても、私が背中を叩いてあげるから」
「それは頼もしいな」
「そのかわり格好つけて噛んだら笑うけど」
「そこは見逃してくれ」
暖炉の火が二人の横顔を照らしていた。こんな何でもない夜がずっと続けばいいと思った。声には出さなかったがルナリアも同じことを考えている気がした。
翌朝の森の入り口には試験官が待っていた。
四十代くらいの無精髭の男で、左頬に古い傷跡がある。目つきは鋭いのに、口元だけが妙に眠たげだった。
「ローガンだ。今日の試験官を務める。課題は森の奥のゴブリンの巣の偵察と生還。戦闘は禁止だ」
「戦闘禁止ですって」
エルザがぼそりと呟いてルナリアに脇腹を小突かれていた。
「順番はくじ引きで決めた。最初はブレイズ・ファング」
ガルドたちは意気揚々と森へ入っていった。俺たちは入り口の岩に腰を下ろして待つことにする。
「あいつらすぐ戻ってくると思う?」
「戻ってはくるだろうな。無事かどうかは別として」
視界の端に浮かんだ表示を確認した。詰み目はいつでも使える状態に戻っている。ただ試験前に使うのは公平ではない気がして、今日はまだ発動していなかった。
一時間ほど経ったころ森の奥から悲鳴が響いてきた。
しばらくして泥まみれになったガルドたちが転がるように戻ってきた。鎧は緑色の泥に覆われて、髪には枯れ葉がへばりついている。取り巻きの一人は片足に蔓を絡ませたまま引きずっていた。
「な、なんだあの罠は……入り口から三歩で落とし穴があるなんて聞いてねえぞ」
「偵察ってのは罠の有無から探るもんだ」
ローガンが淡々と言った。
「ブレイズ・ファング。巣に近づく前に全員が離脱。不合格」
「待ってくれ、あれは不運で」
「不運も含めて実力だ。次」
ガルドの顔が真っ赤になるのを見て俺は必死に笑いを堪えた。隣ではエルザが口元を押さえて肩を震わせている。ルナリアだけが涼しい顔で「お疲れさま」と言った。
「おまえら……覚えてろよ!」
ガルドは泥を撒き散らしながら去っていった。
俺たちの番が来た。森に入ってしばらく進んでから足を止める。
「ここで使う」
「詰み目ね」
「ああ。試験の課題は偵察と生還だ。最短で成功する手順が見えれば十分だ」
深く息を吸って発動した。
「――『詰み目』」
視界に文字が浮かぶ。
【入口から三歩先:落とし穴。左に半歩ずれれば回避可能】
【巣の外縁に見張りが二体。風下の岩陰からなら気づかれない】
【巣の規模を確認するなら北側の崖上が最適。ただし三十秒以上の滞在は危険】
「左に半歩だ。落とし穴がある」
「ガルドたちが落ちたやつね」
「見張りは二体だ。風下の岩陰に回る」
俺の指示にルナリアが頷いてエルザもおとなしく従った。おとなしく従ったのだが崖の上に着いたところでエルザの様子がおかしくなった。
「ねえ、あそこの見張りの松明。燃やしたら面白いと思わない?」
「思わない。戦闘は禁止だ」
「ちょっとだけ。ちょっとだけよ」
「エルザ」
「……わかったわよ」
膨れっ面で引き下がったが指先はまだうずうずしているようだった。ルナリアが小声で言う。
「あなた本当に苦労するわね」
「もう慣れた」
「ちなみに今の私の忍耐力は、詰み目の回数より少ないわよ」
「それは相当少ないな」
三十秒ちょうどで崖上の観察を終えて、俺たちは音を立てずに引き返した。巣の規模も見張りの配置も記録は十分だ。無傷で入口まで戻ったとき、腕を組んだローガンが待っていた。
「早いな」
「詰み目で最短の道を見ました」
「そうか」
ローガンはそれだけ言うと俺たちの記録を一枚ずつ確かめた。目が一瞬だけ俺の顔に向いて何かを測るように細められる。
「合格だ。Dランクに昇格する」
「本当ですか」
エルザが飛び上がった。ルナリアも小さく拳を握っている。俺は胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。前世では昇進の知らせをこんな気持ちで聞いたことは一度もなかった。
「一つだけ言っておく」
ローガンが低い声で続けた。
「便利な力ほど使い方を間違えれば自分の首を絞める。覚えておけ」
その言葉が誰に向けられたものかは分からなかった。ただ、フィオナの声が頭の隅で重なった気がした。




