第10話「炎使いは自称天才」
ヴァレンフォード家の一件から数日、俺たちはローデン市でのんびりとした日々を過ごしていた。ギルドから受けた簡単な依頼をこなして夜は宿で他愛のない話をする。ようやく訪れた平和な時間だった。カインからは後日改めて証言を求めると言われていたが、それ以外の後始末は王家側が引き受けてくれるらしい。
「アレン、ちょっといい?」
セレナに呼ばれてギルドの受付に向かうと、そこには見知らぬ少女が仁王立ちしていた。赤い髪を高く結い上げて腰に手を当て、俺を睨むように見つめている。周囲の冒険者たちも何事かとこちらを窺っていた。
「あなたが例の詰み目とかいう地味なスキル持ち?」
「地味は余計だ。誰だお前」
「エルザよ。炎の申し子、天才魔導士エルザ様よ」
自称のわりに堂々としすぎている態度に俺は思わず苦笑した。歳の頃は俺たちと同じくらいだろうか。整った顔立ちに勝ち気な瞳が印象的だった。
「セレナ、これは」
「新しく登録した子でね。攻撃魔法が使えるって話題になってたから紹介しようと思って」
「別に紹介してもらわなくても私が勝手に来ただけだけどね」
エルザが腕を組んで胸を張る。その仕草だけで負けん気の強さが伝わってきた。
「なんの用だ」
「決まってるでしょう。あんたが例の廃墟の一件を解決した詰み目持ちだって聞いて、実力を見に来たのよ」
「見に来てどうする気だ」
「私と組んで冒険すれば、あんたの地味なスキルも少しは映えるんじゃないかと思ってね」
物言いは尊大だったが、その目にはどこか必死さのようなものも見え隠れしていた。ルナリアが横から口を挟む。
「随分な言い草ね。まず自己紹介からじゃないの」
「あら、あなたが噂の相棒?浄化持ちだって聞いたけど、地味な回復役ってちょっと退屈じゃない?」
「今、喧嘩売った?」
ルナリアの声が一段低くなった。普段は冷静な彼女がここまで露骨に苛立つのは珍しかった。空気がぴりりと張り詰める。
「あら、事実を言っただけよ」
「アレン、この子、少し痛い目見せてもいいかしら」
「待て待て、まだ話も終わってない」
俺は慌てて二人の間に割って入った。売り言葉に買い言葉でギルドの中が一触即発の空気になっている。周りの冒険者たちも遠巻きに見物を決め込み始めていた。
「証明してあげるわよ。私の実力を」
エルザが指先に小さな炎を灯した。橙色の光が彼女の自信満々な顔を下から照らす。
「フレイムバレット」
放たれた小さな火球が壁際の的に命中して小気味よい音を立てて弾けた。的の中心には見事に穴が空いている。周囲の冒険者たちからも小さなどよめきが上がった。
「見た?これが私の実力よ」
胸を張るエルザの表情には隠しきれない誇らしさが滲んでいた。
「悪くはないが、それだけで組む理由にはならない」
「なによ、素直に褒めなさいよ」
「褒めてる。だが実力より先にその態度をどうにかしろ」
エルザがぐっと言葉に詰まった。
「……べ、別に、あんたに褒められたいわけじゃないし」
「じゃあ何しに来たんだ」
「それは……」
急に歯切れが悪くなったエルザに、セレナがくすくすと笑いを漏らした。
「実はこの子ね、登録したはいいものの、まだパーティに誘われたことが一度もなくて」
「セレナさん!」
エルザが顔を真っ赤にして叫んだ。腕を振り回してセレナの言葉を遮ろうとしている。
「え、そうなのか」
「うるさい!誰もそんなこと聞いてないでしょ!」
必死に取り繕おうとする姿が逆に事実を裏付けていた。
見栄っ張りな態度の裏に案外可愛らしい事情が隠れていたらしい。ルナリアも毒気を抜かれたように肩の力を抜いていた。
「なるほどね。それで突っかかってきたわけ」
「べ、別に、そういうつもりじゃ」
「まあいいわ。今回だけは大目に見てあげる」
エルザがばつが悪そうに視線を逸らした。先ほどまでの威勢の良さはすっかり鳴りを潜めている。
「アレン、どうする?」
「一緒に組んでみるか。詰み目にない攻撃力があれば心強い」
「本当?」
エルザの表情が一瞬で明るくなった。さっきまでの高慢な態度はどこかへ消えていた。目を輝かせる様子は年相応の少女そのものだった。
「ただし態度は改めろ。あとルナリアに喧嘩を売るな」
「わ、わかってるわよ、それくらい」
「本当かしら」
ルナリアが疑わしそうにエルザを見た。
「本当だってば!……その、これからよろしくお願いします」
急に殊勝な態度になったエルザに俺とルナリアは思わず顔を見合わせた。
「随分と素直になったな」
「うるさいわね。パーティに入れてもらう立場なんだからこれくらい当然でしょ」
こうしてパーティに新しい仲間が加わることになった。前世ではこんなに賑やかな人間関係を築いたことなど一度もなかった。異世界というのは良くも悪くも人を変えてしまうものらしい。
「よろしくね、地味なスキル持ち」
「その呼び方はやめろ」
「やなこった」
早速始まった軽口の応酬にルナリアが呆れたようにため息をついた。だがその顔には確かな苦笑いが浮かんでいた。
夕方、三人で宿への道を歩きながらエルザが不意に口を開いた。
「ねえ、詰み目って実際どんな感じに見えるの?」
「言葉で説明するのは難しいな。強いて言うなら答えが最初から書いてある問題を解くみたいな感じだ」
「へえ、羨ましい。私なんていつも手探りで魔法組み立ててるのに」
「その代わりお前の炎は派手で見栄えがする。地味な俺とは違ってな」
「あ、それ根に持ってたの」
からかうように笑うエルザの声にルナリアも小さく吹き出した。三人分の足音と笑い声が夕暮れの石畳に響いていく。
「これからよろしくね。二人とも」
エルザの声にはもう先ほどまでの尖った棘はなかった。ただ素直な期待だけが滲んでいた。
賑やかな声が夕暮れの街に溶けていく。前世では味わえなかったこの温かさを、俺はもう少しだけ大切にしたいと思い始めていた。




