第六話 学院の空気
「おはようございます」
「……おはようございます、エリナリーゼ様」
教室に着く。
いつもなら、にっこりと笑って挨拶を返してくれるのに、今日はみんなどこかよそよそしい。
目を見ても、すぐに視線を逸らされる。
それだけじゃない。
いつもなら誰かしら話しかけてくるのに、今日は誰も話しかけてこない。
教室中が息を潜めているみたいだ。
(アルフレッド様とのことなのでしょうけど、どうしてしまったのかしら)
視線を感じながら、席につく。
鉛のように重たい手で、勉強道具の準備を始める。
その時だった。
「おはようございます。エリナリーゼ様」
顔を上げると、そこにはクラリッサがいた。
「クラリッサ様! おはようございます」
思わず声が弾む。
「クラリッサ様。誰も話しかけてくれないのですが、この空気はどうなっているのでしょうか?」
クラリッサは扇子を開いて口元を隠した。
「……昨日からこうなのです。漏れ聞こえてくることにショックを受けているみたいで」
エリナリーゼは心臓が握られたような気がした。
王子に対する暴力。どこまで本当のことが知られているかわからないが、はっきり言って醜聞だ。
公爵家が恐れられるのも無理はない。
「……そうですか。確かにあんなことがあって日が経っていないですものね。何も言えませんわ」
「……」
クラリッサは何も言わない。
ただ黙って微笑を浮かべていた。
「では、私もいきますね。すみませんが準備もあるので」
くるりとクラリッサが振り向き、席に戻っていく。
エリナリーゼは思わずすがるように手を伸ばす。
しかし、何も言えずにその手は空を切った。
♦︎
授業後。お昼の時間。
「皆さん、一緒に昼食を食べませんか?」
「……あの、すみません。少し用事があって」
「……私は勉強が終わっていないので」
蜘蛛の子を散らしたようにクラスメートたちは、教室から出ていってしまう。
「クラリッサ様。一緒にご飯を食べることはできませんか?」
まだ教室に残っていたクラリッサに声をかける。
「すみません。本日は別の方と約束があるもので」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げるクラリッサ。
「またの機会にお願いします」
そう言って、クラリッサは出ていった。
ポツンとエリナリーゼは一人取り残された。
しょうがないので、エリナリーゼは一人で食べることにする。
昼食籠を持って、日の当たる庭園にエリナリーゼは行くことにした。
ベンチがいくつもあり、日が当たる学院に併設された庭園。
背の高い植物とともに、道がくねっている関係から、落ち着いて一人で食べることができる場所だった。
庭園に着き、ベンチに腰掛け昼食カゴを開く。
(……今日は重たいと思っていたけど、これはすごいわ)
中には、サンドイッチ、スコーン、白パン、黒パン、チーズ、ベーコン、その他いろいろな食材が詰め込まれていた。
思わずエリナリーゼは笑ってしまう。
(お父様ったら、もう本当に加減ってものを知らないんだから。三、四人で分けても余る量じゃない)
どれを食べようか、少し迷う。
(決めた。サンドイッチにしよう)
そして食べようと手に取って口元に運んだ時だった。
「……アルフレッド様とのこと、知っているか?」
誰かが話している声が遠くから聞こえた。
思わず手が止まる。
「ああ、公爵令嬢って冷たいよな。父親を使って婚約者を暴力的に制裁して平気な顔しているなんて。今日はもう、登校しているらしいぜ」
「うげえ。鋼の心臓だなあ。マジで近づきたくないな」
胸の鼓動が大きく聞こえる。
呼吸が荒くなる。
エリナリーゼは手に取ったサンドイッチを戻し、籠を閉じて持ち上げ、立ち上がった。
そして元来た道を辿り、一人になれる場所を探そうとした。
結局、エリナリーゼは昼食を食べることができなかった。
♦︎
その日、学院に一つの張り紙が貼られた。
「証言募集」




