第五話 自覚
レオナールが王宮に呼ばれた翌日。
ヴァレンシュタイン公爵家にて。
「おはようございます。お父様」
「ああ、おはようエリナリーゼ」
エリナリーゼは朝食を食べるため、朝食室にやってきた。
すでにレオナールは席についている。
山盛りに積み上げられたスコーンの前で腕を組み、エリナリーゼのことを待っていた。
エリナリーゼに気がついて、レオナールがにっこりと笑う。
「今日もたくさん食べるんだぞ」
そう言って執事に合図をする。
エリナリーゼの席に、スコーンが山盛りに積まれる。
「……ありがとうございます」
そう言って、エリナリーゼはスコーンを一つ手にとる。
いつも通り、ブルーベリーのジャムをたっぷりとつけて口に運ぶ。
「エリナリーゼ……王宮から紙が来ていたな。一晩寝て、決めたか?」
レオナールが真剣な表情で、エリナリーゼに告げる。
スコーンを口に運ぶエリナリーゼの手が止まった。
アルフレッドの一件の事前調査開始通知が昨日エリナリーゼに届いていた。
中身は「殿下のご友人への虐めの件につき、事前調査を行う」とだけ書いてあった。
何度も読んだ。
けど、どうすればいいのかわからなかった。
エリナリーゼは俯いてしまう。
その様子を見て、レオナールは言葉を続ける。
「エリナリーゼ……休学しろ。領地へ行け。王宮には私が説明しておく」
エリナリーゼは顔を上げた。
口を開いて、そして閉じた。
もう一度開いて、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「休学すれば、王立慈善監理委員会に迷惑がかかります。特に副統括のクラリッサ様の負担が増えます。それに今領地に行けば、後ろ暗いことがあると思われる気もします」
言葉を区切る。
「……なので、普段通り学院には行くべきかと」
レオナールが立ち上がり、執事が持っている盆からスコーンをエリナリーゼの前に足していく。
「……本当に、そうしたいのか?」
自分は何をしたいのだろう?本当に戻りたいのだろうか?それは自分の意思なのだろうか?
黙り込むエリナリーゼ。
スコーンがさらに積み上がっていく。
エリナリーゼは手元に視線を落とした。
手が震えている。
「……公爵家の娘として戻らなくてはなりません」
エリナリーゼは手が見えないように机の下に隠す。
「……そうか。立派になったな」
レオナールがスコーンを積むのをやめた。
エリナリーゼが気がついた時、レオナールは鼻を啜っていた。
「……お父様、これ使いますか?」
エリナリーゼはハンカチを取り出す。
レオナールが明後日の方向を向きながら、ハンカチを受け取る。
「すまない。目から汗が出てきてしまって」
「それ、前も聞きました」
スコーンは絶妙なバランスで、高く高く積み上がっていた。
♦︎
「学院のことには介入しない、通常の送迎だけにする」
朝食室で涙を拭いながらそう言った父の顔を、馬車の中でエリナリーゼは思い出していた。
馬車の中は一人だ。
石畳の音が今日はやけに響く。
学院が近づくにつれ、心臓の音が大きくなってくる。
エリナリーゼは手が震えているのに気がついた。
無理やり力を入れ、震えを止める。
馬車が止まった。
扉が開いた。
馬車から降りた途端、エリナリーゼは違和感を覚えた。
……静かだ。
辺りを見回す。
みんな自分のことを黙って見ている。
その一人を見る。目を逸らされた。
別の一人を見る。また目を逸らされる。
エリナリーゼは、唾をごくりと飲み込んだ。
馬車が戻っていく音だけが、冷たく響いていた。




