表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カラミティ・シークレット  作者: 雪村蓮
第5章 花の魔女編
37/38

5-4 令嬢の秘密

 床に引き摺る靴裏の音。コトン、と机に何かが置かれた音でシレーヌは目を開けた。

 白髪混じりの黒髪の男性は、存外若々しくまだ三十代くらいに思える顔立ちであった。


「ホットミルク、飲めるかい?」

「ああ、ありがとう」


 シレーヌはスンスンと鼻を鳴らし、そのまま口を付けた。独特な風味と程よく温まったミルクが胃の中で熱を主張した。徐々に熱を帯びる体に、安堵の息が漏れる。


 店主はシレーヌの態度に安堵したのか、そのまま何も言わず足を引き摺って席を後にした。


「店長、会計をお願い」

「承った。予約の分も一緒に会計するよ」

「お願いするわ」


 会計をするアルテミス。そのまま紙袋を受け取れば、無表情のままシレーヌの横へと腰をかけた。


「顔色は少し良くなったわね」

「すいません」

(わたくし)の不手際よ」

「いや、本当に。アルテミス様が悪い訳じゃなくて、私が今も馬鹿みたいに引き摺ってるだけだ。だから」


 身を乗り出し早口で捲し立てるシレーヌに、アルテミスは目を丸くする。やってしまったとシレーヌは冷静になった瞬間、冷水を浴びたような感覚になった。

 何かある、と言っているも当然の言動だ。

  

「すいません。忘れてください」

「私、ここの本屋に通い始めて五年くらいになるの」

「え?」

「うちの使用人に、とても読書家な女性がいたの。その方が、休日にどこに行くのか気になってしまって後をつけたの」


 随分と貴族令嬢らしからぬストーカーチックな行動だ。


「店の前で見つかってしまったから、バレてしまったのだけれど。あの人は少し困った様子で笑って、私を本屋に案内したの。連れて帰られると思ったのに、変な人でしょう」


 アルテミスの身分を考えれば当然連れて帰るのが妥当だろう。しかし、その使用人は連れ帰る事はしなかった。


「私はそこで様々な本を見たわ。王宮内や家にある本はどれもつまらないわけではなかったけど、刺激が無かったの。だから、不思議とフィクションの物語に興味を持ったわ」


 アルテミスが紙袋の封をあけ、シレーヌに中身を渡す。シレーヌは本を受け取って表紙をマジマジと見た。


【悪役令嬢と意地悪狼】

【恋が始まる推理ショー】

【ショッキング・ラブ】

 

「……なんですかこれ」

「ロマンス小説よ」


 随分と俗っぽいタイトルの本ばかりだ。

 人の趣味嗜好に兎や角言うのもナンセンスなので、シレーヌは曖昧に返事をする。

 アルテミスは淡々と語りを始めた。


「正直、ベイリー公爵家の娘として、アルテミス・ベイリーにとっては似つかわしくないものだとわかっているわ。大衆小説であるロマンスものを読んでいるだなんて知られたら、きっと幻滅されてしまうわ」


 確かに、シレーヌの知る面では寡黙で貴族令嬢らしい姿だ。

 しかしシレーヌが知るのは別の一面もある。

 キッチンにいる時のアルテミスは気まぐれな猫のようであった。

 

「そうなのか、じゃなくてそうでしょうか」

「そうなのよ。周りは、公爵令嬢として私に完璧を求めるわ……でも、そんな風にはとてもなれないから。これたちは、わたくしにとって安寧の場所でもあるの」


 シレーヌは貴族のことにあまり興味無い。

 ただ、平民よりも泥臭くて薄暗く、煌びやかな世界で生きている事は知っている。足の引っ張り合いだけでなく、背負ったり背負われたり。面倒くさく人間らしい人ばかりだ。


 大切な人がいるのも、大事なものを失うのに恐怖心があるのも平民と同じだ。

 所詮は人間。環境差があるだけで、種族が違うわけではないのだ。


 アルテミスで知る事と言えば、シレーヌはほとんど無い。ただスイーツが好きで、あまり喋らず目で語る人だという印象が強い。


「貴女は、私がこういったものを好きでいても可笑しいとは思わない?」

「それはまぁ。趣味は人それぞれです。それで言うなら私の趣味だってあまり理解されませんよ」


 以前もゼロスと話したが、シレーヌの趣味は万人に理解を示されるものではない。貴族の中でも、そこまでこだわる必要はないだろうという意見もある。

 それでもシレーヌが料理をするのは、やはり父の影響が強いだろう。 


「理解されなくても、認められているわ」

「幸いな事に。周囲の人間に恵まれていますから」


 サラリというシレーヌに、アルテミスは目を細めた。

 手元に戻された本に視線を下ろしながら考えを巡らす。


「……貴女は強いわね」

「情けない姿を見せた以上、そう言われるのは不思議です」

「私は、周囲の人間が怖くて仕方ないもの。傲慢だと言われるだろうけれど、怖い」

「怖い?」


 アルテミスは小さく首を縦に振った。

 その横顔は普段の凛々しさなど影を潜めた、普通の少女がそこにいる。


 シレーヌは綺麗な横顔だなと素直に思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ