5-5 期待の無かった子供
何時からか人が怖くなった。
幼い頃から監視生活とも呼べる生活を送ってきた弊害だろうか、気が付けば人の視線に過敏になったアルテミス。
それがより一層酷くなったのは婚約者が決まってから少しの月日が経ってからであった。
「殿下の婚約者はベイリー公爵家のご令嬢らしいわ」
「でも、まだ六歳だもの。何かがあれば変わるかもしれないわ」
「そうね、愛想ばかり振りまくしか脳の無さそうな子だもの」
べったりと粘着力の強い嘲笑を含んだ声だ。
ベイリー公爵家の末の子供であり、長女であったアルテミスはあまり父親との仲が良い訳ではなかった。長兄のように家を継ぐわけでも、次兄のように事業を継ぐわけでもない。ただの駒でしかなかった。
ベイリー公爵家の安寧のための駒。
長兄も次兄も傍から見れば同じだ。
それでも、家ですれ違えば話をしてもらう兄の姿はアルテミスからすれば羨ましかった。
だから期待を得られるように努力をした。
勉学も礼儀作法も、出来るだけの努力は欠かさなかった。
そうすれば、周囲の声色が変わった。
さすがベイリー公爵家のご令嬢だと褒めたたえられ、悪口を言っていたはずの貴族達も一転してあなた以上に殿下に相応しい人は居ないと言った。
――違う
期待に答えれば、もしかしたら兄たちのように父に目をかけられると思った。周囲の人達が賞賛をしたように、アルテミスを褒めてくれると期待したのだ。
――違う
でも、厳格な父親はアルテミスを見なかった。
代わりと言わんばかりにアルテミスには信奉者とも呼べるような貴族の群れが出来た。アルテミスに期待をしてくれる人達が増えたのは純粋に嬉しかった。
――違う
アルテミスはそうして振る舞うようにした。
誰にも微笑まず、ただ一輪で咲き続ける美しい花であろうとした。
――違う
それでも、どれだけ周囲の人間がアルテミスを祭り上げても父はアルテミスに声すらかけなかった。
「君は本当に、どうしようもない人だね」
婚約者の発言で、アルテミスは頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
何が駄目だったのかアルテミスには分からない。理想であり続けようとしただけなのだ。そうすれば父かも認めてもらえると考えたから、だからこうして本心を押し殺して生きているだけなのに。
「君を本当に見てくれている人に、気付いている?」
リオン・バーミリオンは、淡々と残酷な現実を突き付けた。
誰もアルテミスを見ていなかった。
ベイリー公爵家の令嬢しか見ていなかった事に気付いた時、アルテミスはどうしようもなく死にたくてたまらなかった。
――いや
誰の目を見ても懐疑心が生まれる。何処か薄汚れた目は、純粋な子供らしさなんて何処にもなくて、権力に群がるような蝿の羽音だけがアルテミスを襲う。
――ただわたくしは……
「流石ですわ」
「まさに貴族令嬢の鏡のような御方ね」
「アルテミス様こそ、この国の次期王妃に相応しいですわ」
――そんなものになりたかったわけじゃない
アルテミスはただ父親に認められたかっただけだった。
それを諦めたのは、十二の冬であった。
「――新しく配属された■■■と申します」
そんなアルテミスの前に、美しい海の目をした女性が、使用人としてベイリー公爵家の家に現れた。




