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カラミティ・シークレット  作者: 雪村蓮
第5章 花の魔女編
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5-3 本屋

 裏路地に入り、何度か入り組んだ道を整列して歩く。互いに饒舌な質では無いので足音がやけに響いた。

 建物の間に挟まれた道は、舗装こそされているものの、長い間放って置かれていたのか禿げている所が見られる。しかし、上に干されたロープや洗濯物は生活感があるので、人の出入りはあるのだろう。


「着いたわ」

「着いたって、本屋ですか?」

「ええ」

「本屋なら駅近にあったと思いますが」

「あそこは目立つもの、こちらの方が都合が良いわ」


 都合が良いとは、どういう事なのか。

 趣のある建物にアルテミスが入っていく。あっという間に閉じる扉に、シレーヌは慌てて飛び込んだ。


 本屋と言うには、些か趣深く、古書の類が多く見られる店である。しかし、全てが古いという訳ではなく、中には数年前に発売された書籍も目に付いた。


「瑞星の賢者監修、占星術の教科書。家にあったな」


 カンパネラのサイン付きで二冊我が家にある本だ。それを手に取れば、中には赤ペンで記された読者の筆跡があり、シレーヌはそっと本棚へと戻した。


 人の気配が無い場所だ。

 こんな裏路地にあれば繁盛するイメージは無いが、知る人ぞ知る店という雰囲気だ。実際、貴族令嬢であるアルテミスはここを利用している。


 シレーヌは本は好きである。

 しかし、積極的に購入するかどうかは別の話だ。

 シレーヌの家にある本は、大体アヴィスが学生の頃かえあ現在にかけて貰ったり買ったりしている物である。料理本もその内の一つだ。


 また、活字は好きではないが論文は定期的に出してるアヴィス自身の本もある。もっとも、アヴィスが精力的というよりも仕事の一つとして渋々書いたものだが。


 流石にチェスの指南書をあの冥界の賢者が出すとは世間も思わず、たいそう売れた。

 チェスをやっている所等一度も見た事のないシレーヌは驚いた。

 しかしカンパネラが言うには、学生時代負け無しで賞状を何度か貰っていたらしい。知らない父の一面に、シレーヌは開いた口が塞がらなかった。


「……シレーヌ、欲しい本は何かあるかしら」

「特には無いです」

「そう。私は新刊の所へ行っていきますから、好きなように見て周りなさい。付き合ってもらっているのだから、我儘くらい受け入れるわ」


 シレーヌが小さく頷く。

 アルテミスは何かいいたげに視線を寄越したが、桜色の唇が何かを紡ぐ事は無かった。


「……」


 どうにもアルテミスの様子が可笑しい。

 普段の毅然とした態度はどこへいったのか。誰の目にも映らないように気配を潜める――実際は下手な変装のせいでまったく潜めてなかった――素振り。


「変わった人だな」


 普段はあまりお喋りでもなく、必要最低限の会話しかしない人。感情を表に出さない理性的な人間かと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。


 シレーヌは本棚へと視線を戻す。

 あまり興味をそそられるようなものはなく、目的もなく彷徨いてみる。


「……ぁ」


 ふと視界に入った赤い本に、シレーヌはコートの裾を膝裏に挟みながらしゃがみこむ。少し埃っぽい地面に近しい棚に手を伸ばして、そっと背表紙を撫でた。


「何かいい本はあったかい」

「うわっ」


 驚いた拍子にシレーヌがそのまま横に倒れる。すんでのところで手を着いたので横転こそしなかったが、コートが地面に着いてしまった。


「おや、大丈夫かい?」

『大丈夫かいお嬢さん?』


 ジリジリと、声が重なって聞こえシレーヌは動きを止めた。


「驚かせてすまない」

『怖がらなくていいんだ』


 声の持ち主の靴がブレる。

 嫌な声が頭の中で反響し始め、血の気が引いていく。


 何故いるの?

 なんで?

 どうして?

 あの人はもういないのに?

お顔を上げることが出来ない。

 ぬめりのある声が肌を這う感覚が襲ってくる。硬直されたように、身体が動かない。


 「シレーヌ」


 名前を呼ばれ、顔を上げる。

 普段はすました顔が、焦ったような表情をしているのが目に入る。ペチュニアの宝石が、香りが、その人を誰か知らしめた。


「大丈夫かしら顔色が悪いわ。店長、彼女何をしたの」

「突然声を掛けたから、驚かせてしまったみたいだ」


 シレーヌは差し出された腕を掴む。

 店長と呼ばれた男に顔を向ければ、知る男は既にそこから気配を消していた。


「シレーヌ?」

「……す、いません。少し、体調が優れなくて」

「それなら、悪い事をしたわね。店長ソファー借りてもいいかしら」

「自由にしろ。お得意さんの連れだしな」

「感謝するわ」


 アルテミスに手を引かれ、窓際のソファーに座らされる。

 シレーヌは深く腰をかけて手を合わせた。指を絡めたり、腹を擦り合わせたりと忙しなく指を動かす。


 薄暗い店だ。オレンジの照明が、転々と天井に配置されている。本屋と言うには古びており、古本屋にしては新刊コーナーと書かれた本棚が多い。

 本屋だけかと思えば、休憩スペースのようなものがある。

 不思議な場所だ。シレーヌは目を閉じながら店の音に耳を済ませた。

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