5-2 遭遇
乾いた風が身体を刺激する。
指先が悴み、手袋をしてこなかった事をシレーヌは後悔した。
「流石に、コート一枚じゃ寒いな」
コートのポッケに手を入れながら、街を闊歩する。不安通り人々が行き交う街だが、何処か不安表情が目についた。
「それもそうか」
時計台の事件から二月。
魔導回路のトラブルだとされ、一週間で復旧された。しかし、噂はそうとは行かない。マスメディアはお喋りでデタラメな話を好む。情報操作でいえば、宮廷よりも新聞社の方が得意かもしれない。
「お姉さん、新聞いかが?」
路上で新聞を配る少年に声を掛けられる。絵に書いた様な配達員に小銭を渡し、新聞を受け取った。
少年は帽子を上げて可愛らしく笑う。手を振る少年に振り返して、シレーヌは道の端で新聞を開いた。
「さて、何か書いてあるか」
横領事件に、倒産。大見出しでトピックされているのは女性の連続殺人事件だった。
首都郊外で、年齢を問わない女性がターゲットの殺人事件が起こっているらしい。犯人は被害者の傍に黒い百合を添えているようだ。
殺害方法は様々だが、最終的には魔力を吸い取られているらしい。
「加護の賢者も本件に調査協力をしている……ガレット様も動いているのか」
ガレットが騎士団と話している場面が切り抜かれており、シレーヌは新聞をそっと閉じて籠の中に入れた。
後で読もうと、シレーヌは目的の店へと足を運んだ。
「これくらいだな」
手早く買い物をし、店を後にする。店員からも気をつけてと言われシレーヌは軽く返事をした。
女性の連続殺人事件に、件の失踪事件。後者はどうなっているのかシレーヌは知る術はないが、被害者が増えたという話は耳にしない。
学園という箱庭にいるからかもしれない。
「シレーヌちゃん?」
「ん?サバランじゃないか」
「買い物?」
籠を両手に持ったサバランは、溌剌と話しかけてくる。天気が良くないので、比較的外で過ごしやすいのだろう。
花の魔女の呪いを受けた少年サバラン。
タタン診療所に通う子供であり、普段は孤児院で暮らしている孤児だ。
「またお菓子つくるの?」
「ああ」
「俺、シレーヌちゃんの作るお菓子が一番好き」
「……何を作って欲しいんだ」
「バームクーヘン!」
強かな子供である。わしゃわしゃとサラサラな髪を撫でてやれば、気恥しそうだが振り払うような事はしなかった。
「ガレットせんせーは今任務であんま診療所来てないから、来てもつまんねーかもだけど」
「貴様らの方が病院にいないだろう。院長はまだ診療所に暫くいるのか?」
「あと一月はいるみたい。腰が痛いんだってさ」
もういい年齢だ。前線を退いて隠居生活を謳歌してもいいくらいには働いているが、おそらくはトルテ院長の肌には合わないのだろう。
何時だって誰かのために働いている方が、人生が楽しそうな爺を思い出しシレーヌは眉を下げた。
「腰痛なら大人しくさせておかんとな」
「うん、だから俺せんせーの傍にいるんだ。今日も買い物」
籠を高々と持ち上げるサバランに、シレーヌは胸が温かくなる。子供の純粋な気持ちを、トルテ院長が無下に出来ない理由がよくわかった。
「気を付けて帰るんだぞ」
「うん!」
「危ない人と会いそうになったら近くの大人に声をかけろ」
「ふふ、なんかシレーヌちゃんガレットせんせーみたい。よく見てるから?」
「マセガキが」
子供とは時に大人より聡い。
というより、純粋な好意や悪意に気付きやすいのだろう。
「全く。天気が変わる前にとっとと……」
シレーヌが手で追い払う動作をしていると、ふと怪しい人影が目に入った。
サングラスをかけ、建物の影でキョロキョロと周囲を見渡す黒髪の女性。
「なにしてるんだ、あの人……」
「どうかしたの?なに、あの不審者」
半目で不審者を見るサバランが、シレーヌに身を寄せる。警戒心を上げたサバランに、シレーヌはなんと言葉をかけるか悩んだ。
悩んだ末、シレーヌはサバランの頭を撫でで、不審者に変装する知人に声をかける。
「何をしているんですか、アルテミス様」
「きゃっ……って、貴女」
怪しい先輩は、シレーヌの顔を見た瞬間腕を引き寄せた。
サングラスを外し、シレーヌに顔を近づけるアルテミス。欠点の見当たらない顔にシレーヌは短い驚嘆の声を漏らした。
「ちょうどいい所に」
「ちょうどいい所にって、そもそも、なんでそんな怪しい格好を」
「変装よ」
変装。
衣服や風貌を別人の様に変えて見せる手法を、全くと言っていいほど実践出来ていない先輩に、シレーヌは半目で見下ろした。
「なによ」
「……アルテミス様。変装が、その、大変お似合いですよある意味」
威風堂々と歩く姿ばかりを知る者から見れば、空似だと判断するだろう。
まさか学園の副会長が、腰を曲げ、似合わないサングラスを掛けながら挙動不審で街をうろついているなど、信じられない光景だ。
「シレーヌちゃん、この人知り合い?」
サバランがシレーヌへ尋ねる。
シレーヌが顔をアルテミスに向ければ、彼女はサングラスを取ってうなづいた。
「この方は、私の先輩のアルテミス様だ」
「ふーん。こんにちは、俺はサバラン。シレーヌちゃんのダチだよ」
サバランが勢い良く頭を下げる。
アルテミスは笑みを浮かべず、淡々と首を縦に振った。
「私はアルテミス。アルとでも呼んでちょうだい」
「アルちゃんは貴族じゃないの?そんな気安く呼んで平気?俺平民だけど」
「貴族よ。でも、貴方のような子供にまで敬語を使われるのはむず痒いわ。それに、シレーヌのお友達みたいだもの」
「ふーん。わかった」
普段よりも幾分か柔らかい甘い声に、シレーヌは目を白黒とさせた。
学園にいる間のアルテミスは、常に糸を張り、緊張感を他者に与える声だ。
「それじゃあ俺帰るから、アルちゃん、シレーヌちゃんの事よろしくねー」
「わかったわ」
「いや、素直に答えなくていいんですが、アルテミス様」
いくら外に出る機会が少なくとも、まだ子供。有り余った体力を孤児院や診療所で手伝いをして使い切っているだけの事はある足の速さだ。
「それで、何故アルテミス様がここに」
本来なら使用人も付けず外を出歩くべきではないやんごとなき立場の人間なのだ。
周囲を見ても、それらしき人の様子はない。
「ちょうどいいかもね。シレーヌ、この後暇?」
「えぇ、まぁ。買い物は終わりましたし帰るだけですが」
「一軒だけ付き合って頂戴」
シレーヌの返事を聞かず、アルテミスはサングラスを掛け直して歩を進める。
なにか言おうと口を開こうとし、結局の所何も口から出てこない。
とりあえず騎士団に声を掛けられないようにと、シレーヌはアルテミスの後を着いていった。




