5-1 嵐の前の静けさ
神に選ばれた人間がいるとしたら、きっと神はその人間を嫌っているのだろう。突出したものがある代わりに、何かが欠けていたり、集団に入れない事が当然の如くある。
多くの普遍的な人間は、多くが妬み、敬い、嫌悪する。天才と呼ばれた者を貶め、舞台で晒そうとする。
醜悪なのがどちらかも理解せず野次を飛ばすのだ。
「……ふぅ」
ジョリーは椅子に深く腰をかけた。
ジョリーは自らを、恵まれた人間だと思っている。容姿も人より優れており、武術も勉学も人並み以上の能力を持つ。
「Xデーまで、あと少し」
VBFの信者を確保して、情報を集める。
所詮は捨て石。幹部でも何でもない学生の信者が知っている事などそう無い。
「今回は、上手くやらないと」
花の魔女の厄災は、近付いている。
ジョリーは机の上に置かれた資料の束を見上げた。
緑の魔女を崇める宗教組織ヴィータ・ブレウィス・フロールム。通称VBF。
二百年ほど以前に緑の魔女が討伐され、多くの信仰者は処罰を受けた。
VBFは解体し、治安の安定を図る国は残党を残さまいと魔女の信仰を禁止とした過去がある。
「シレーヌ・バレット……」
クリーム色の少女を思い出す。朝の海を彷彿とさせるさっぱりとした性格で、見た目に反して世話好きな人。
「あなたは絶対に――」
続きの言葉は、紡ぐ事が出来なかった。
随分と疲労が身体に蓄積しているのか、思考が緩やかに沈んでいく。身体が泥のように重い。
「……どうか、あなたが幸せな人生を送れますように」
ジョリー・クロウは、秘密を抱えている。その身で抱えるには、重たすぎるものを心の内で飼う彼の願いは、ただそれだけであった。
――――――――――
北の地の人間は例外なく調査対象となる。
首都に住まう老若男女問わず、北の地出身の者に監視の目が着くように、首都では騎士団の警邏が強化されていた 。
「今日もかアスター」
「うん。今日も騎士団に呼ばれたからね。行ってくるよ」
「ああ、気をつけろよ。怪我だけはするな」
「……うん、いってきますバレット」
聖女候補であるアスターは、勿論駆り出される。
シレーヌは預かり知らぬ所であるが、首都での緊迫感は肌に感じていた。騎士団が寮に顔を出す事もあったので、何かあったのだろうと優に想像出来る。
その為不要な外出をしようとする生徒が少なかった。
「――困ったな。砂糖が切れた」
冷蔵庫の中身を確認するシレーヌは非常に困っていた。口元を抑えながら悩むシレーヌ。
買い物に出るのなら、他の日用品も一緒に買うべきかもしれないと部屋や風呂場を探索する。
「あらあら、どうしたのシレーヌちゃん」
「ダリア寮母。砂糖が切れたのでついでに何か買ってこようかと」
「あら、気をつけるのよ。最近騎士団の人達が巡回しているとはいえ、何があるか分からないんだから」
「はい」
ダリア寮母に手を振って見送る。
シレーヌも小さく手を振り、寮を出た。




