4-7 選抜生徒 アスターside
廊下を歩く。
出来るだけ足音を立てないように癖が着いたのは何時からだったか。出来るだけ音を出さないような歩き方になったのはおそらく、生まれた村で息を潜めて生きていたからかもしれない。
「失礼します」
丁寧で、柔らかな声色で。ぎこちないながらも表情をできるだけ柔らかくしアスターは集合場所である会議室へと足を運んだ。
既に何名かの生徒が待機しており、ドアの向こうから現れたアスターへ視線を向ける。
警戒と敵意の籠った視線をアスターは無視して、適当な席に腰を掛けた。
生徒会役員選抜試験の翌日。
簡易的な試験と面接を終えたアスターたち生徒は、会議室にて呼び出された。合否発表を試験翌日にやるのは素早い手際だと感心せざるを得ない。
「緊張しているの〜?」
後ろから聞こえた声に、アスターは振り返る。
禍々しいナニカを背負った男、ゼロスが穏やかな笑みを浮かべている。ゼロスはアスターの隣に腰を下ろした。
アスターの後ろにもいる人離れした奇妙なナニカ。
それは、まだ十歳程度の頃、逃げた先の村を壊滅させたその日に明確な姿としてアスターの前に現れた。
人のような上半身をしているが、顔は神秘なベールに包まれており、下からでも覗けない。上腕は四本あり、胴体には筋肉と、青い紋様が刻まれていた。
「していないよ」
ソレが何かはアスターは分からない。ただ、人智を超えた存在であり、守ってくれる存在なのはわかる。
白魔法の加護の化身なのか、はたまた過去の聖女の概念なのか。甚だしい疑問だが、問題ではなかった。
「喋り方変わったねぇ」
「そうかな?学んだ甲斐があったよ」
変なところでつまる喋り方は矯正した。
ガラシア家では、吃音症の者もいるためか誰も突っ込むことは無かった喋り方だったが、指摘されたのなら直さなければならない。
ジョリーには、お世話になりっぱなしだと感謝と罪悪感がある。
「なんか残念だけど、そっちの方がアスターちゃんって感じがするね」
「……?」
「獰猛さを隠した獣みたいで似合ってるよ〜ってこと」
ゼロスは、核心をつくのが上手な人間だ。
獣と揶揄された事もアスターには否定出来ない。
「それならよかった」
アスターの返答に、ゼロスは酷くつまらなそうな顔をした。
もう話す理由もないのか、ゼロスは視線をアスターから正面にある椅子へと向けた。
アスターも同様に前を向く。
時計の針が三十度程動いたあたりで、隣室に繋がる扉が開かれた。ゾロゾロと現れた集団は、華と気品を備えた者たちばかりだ。
シレーヌが混じっても違和感がないと、アスターは頭の隅でそう考える。
「皆さんご機嫌。本日は貴重なお時間を割いていただき、心より感謝を申し上げます」
黒髪の美女が、淡々とした口上で挨拶をする。
副会長であるアルテミスは、会長が留学に行っている現状、代理会長を務めている。彼女が生徒会の現リーダーと言って間違いのない立場だ。
「それでは早速、合格者の発表に移りたいと思います。もし異論がある場合は挙手をし、名前を呼ばれた後意見を述べてください」
緊張感が会議室を包み込む。
氷結の公爵令嬢。そんな二つ名がまことしやかに囁かれるアルテミスは、感情など載っていない声色で名を呼んだ。
「生徒会会計――ゼロス・キディア」
空気がざわめく。
動揺が伝播して、生徒同士が顔を見合せた。
ゼロスの方はつづがなくといった様子だ。
「続いて生徒会書記――アスター・ガラシア以上二名を生徒会役員に選抜しま」
「待ってくださッ」
「発言の許可はしていません」
アルテミスの発言を遮った男子生徒が、アルテミスにより発言を抑えられる。吹雪のような瞳が、形だけの動きで男子生徒に向けられた。
「……」
「発言をどうぞ。ハイネさん」
「発言の許可、ありがとうございます。何故二人とも一年生なのか、わけをお伺いしても宜しいでしょうか」
ハイネの問いかけに答えたのは、セドリックという二年生の男子生徒だ。
「説明は俺からさせてもらおう。詳しい点数の開示は個人情報なのでしないが、簡単な話だ。二人が選抜生徒の中で上位二名だったからだ」
「上位二名……」
「年齢は関係ない。経験値はこれから積んでいけばいいんだからな」
「……はい」
セドリックからの情報に、ハイネは自信を喪失したのか大人しく椅子に座り直した。だらしなくなった背筋が、アスターの中に刻み付けられる。
「アギラさん」
「発言の許可、ありがとうございます」
アスターから見て斜め後ろに座る女子生徒が立ち上がる。凛とした風貌で、髪を丸く束ねている姿は優等生らしかった。
「単刀直入に伺います。アスター・ガラシアが選出されたのは、聖女候補だからでしょうか」
候補の部分がやけに強調されて聞こえたのは、アスターの気の所為ではないだろう。見た目に反して強気な言動だ。
「いいえ、違います」
アルテミスがそれだけ言うと、アギラは席に着いた。
聖女候補。あまりにもアスターにとって重たい肩書きだ。
そんなものなければ、きっとアスターはここに居なかった。貴族になることも無くただの平民として流浪していただろう。飢餓に襲われた野犬のように、凶暴で手のつけられない畜生の道を歩く事は今でも想像出来る。
「他に発言者は?……いらっしゃらないようなので、これにて解散とします。皆さん、この度は生徒会役員募集に際して、手を挙げてくださりありがとうございました。次の機会がございましたら、よろしくお願い致します」
会議室の緊張感がゆるりと解ける。ゼロスとアスターは顔を見合せ、席を立ち生徒会役員の元まで足を進める。
突き刺さる視線を気に留めないはずにアスターが、ふと後ろを振り返る。
「……」
アギラと視線がかち合う。
爛々と燃えた瞳と、緑の髪色が、かつて村にいた少女を彷彿とさせた。アスターを嫌悪し、蛆虫でも見るような大きな目がふとフラッシュバックする。
あれは憎悪の目だ。
アスターには理解出来ない感情を宿したアギラは、何も発する事はなく会議室を後にした。
「気にする必要はありません。役員になる以上やっかみは日常茶飯事だと思いなさい」
「はい。承知しました」
アルテミスの言葉に、アスターは短く返答をした。
「それでは早速仕事に取り掛かります。生徒会室に案内しますので着いてきてください」
アルテミスが振り返れば、香水の匂いがアスターの鼻腔を擽った。
「……」
シレーヌに時折混じって香る匂いだ。砂糖漬けみたいな甘い匂いの染み付いたシレーヌに混じる花の香り。
生徒会役員に誘われたという噂は聞いていたが、アルテミスから誘われたのだとアスターは察する。知らない人の影が輪郭を帯びて、ふと昔のことを思い出したアスターはささくれる心を落ち着かせるため、静かに息を吐いた。




