4-1 新たな課題
唐突に張り出された告知に、掲示板の前に人集りが発生する。既に入学してから一月が経った頃。突如として学園に嵐が巻き起こる。
生徒会役員が二名ほど自主退学をした。理由は伏せられていたが、急に空いた二つの席に生徒達は活気に満ちている。正に権力者の構図だと、シレーヌは半ば呆れてしまうぼどだった。
「アスターは参加するのか?」
「ん、するつもり」
こくんと、小さな頭で頷くアスターの目は紙に釘付けだ。
そこまで興味があるように思えない声色だが、声だけでは判断できないものだ。シレーヌは小さい監視対象に視線を向ける。
「司祭様には、元々言われてたから。役員になれば視点が変わるだろうって」
アスターは時折、突拍子もない行動を起こし驚かせる事はあるが、根は素直だ。
監視役など付けずとも、行動は矯正できそうなものだが、司祭は何故アスターの監視役を欲したのか。
「バレットは、興味無いの?」
正直な所、シレーヌはお偉いさんの思惑などさして興味が無かった。
ただ与えられた役割をこなすつもりではあるが、意外と拍子抜けをしているのが現状だったりする。
「ないな。正直表立って動くようなタイプじゃないし、なにより目立つ」
うげぇとお行儀悪く舌を出すシレーヌに、アスターは面を食らう。
少し下品だったかと、シレーヌは顔を背け、咳払いをする。そのままスカートの裾を直すふりをして、身なりを正した。
「お行儀、悪い」
「すまん。話は戻すが、生徒会役員に立候補するとなれば相当な倍率だろう。勝てる見込みはあるのか」
「勝てる、見込み」
アスターは右手を胸元まで持ち上げ、拳を作る。そのまま力強くうなづいたので、シレーヌは「違う」と即座に否定をした。
じゃじゃ馬娘と言われても仕方ない思考回路だ。
シレーヌはそっと息を吐き、頭を抑える。
「詳しい事は私も知らん。だから、聞きに行くぞ」
「誰に?」
「いるだろう。生徒会役員と関係があるクラスメイトが」
秋風が頬を撫でる。
身震いするような寒さに、シレーヌは二の腕を摩った。
「それで俺の自習時間を邪魔したと」
図書室で、一人勉強に取り組む男の対面に座るシレーヌはいい笑顔をしている。
警戒心を持っていても、誑かされるであろう美貌にシンは目を閉じた。目を見続ければ、紛れもなくろくでもない事になると思ったからだ。
「うん。だから、役員募集に関して、詳しく教えて欲しいの」
たどたどしい口調でアスターが頼み込む。
シレーヌとは裏腹に、表情が全く変わらぬ人形のような少女だ。
聖女候補と言われるアスターのことは、シンも把握している。家柄的にも、切り離すことの出来ない関係だ。
シンの実父は、宰相だ。
代々王族に仕え、宮廷に仕え、国に仕える。それがエレフセリア家だ。
聖女は国とは切り離せぬ繋がりがある。騎士団よりも強固な盾であり、人でありながら人で無いことを望まれる立場だ。
知っている。
何を求められているかなんて、ある程度察しが良ければ気が付いてしまうものだ。
シンは自らの察しの良さを憎んだことさえあった。
「……生徒会役員は、主に学園運営の業務を行う。学内だけでなく学外との交流は勿論、雑用のような事から資金面に関する重要な事も任される」
「意外と多い」
「嗚呼。詳しい業務はなってみないと分からんが、ガラシア、お前計算は得意か」
「多分?」
首を傾げるアスターだが学習能力でいえば、子供と同レベルだ。つまるところ、ポンポンと飲み込んでいく。
「会計枠と書記枠の募集だ。何方も出来れば有利になるだろう」
「なら平気だろう。あとはその拙い喋り方をどうにかすればいい」
「拙い」
「可愛いだろう」
「可愛いどころか、子供同然だ。舐められるぞ」
貴族社会で生きてきたシンの発言だ。
シレーヌは口を下手に出さず、静観する方が得策だと口を閉じる。
「そうなの」
「ああ」
「舐められるのなら、直さなきゃだ。殺される」
「……ある意味、間違ってはいない」
貴族なんて見栄と実力と運、あとは努力で形成される。少しでも弱みに付け込まれたら、足を引っ張られて没落なんてそう珍しくもない。それゆえ、上流貴族は動作から身嗜み、言動一つを幼い頃から抑制されるのも、さして珍しい話ではない。
舐められたら、付け込まれる。弱みをみせたら付け込まれる。そんな泥中の世界だ。
「生きるためにもその喋り方は直せ。少なくとも、それだけで周囲の見る目は変わるぞ」
「……確かに、口調一つで見る目は変わったな」
「バレットは、昔からその話し方じゃ、ないの?」
「違ったな。もう少しお淑やかだった」
シレーヌは遥か昔の自分を思い出す。
まだアヴィスに拾われたばかりの頃。随分と主張の少ない子供は、大人から見れば傀儡にしやすい対象だっただろうと反吐が出る。
それが表に出てたのか、アスターは眉を下げて心配を隠さない表情で首を振った。
「大丈夫。シレーヌは、どんな喋り方でも素敵」
「そうか」
「たとえ訛りが強くても、きっと可愛い」
「……そうか」
なんともむず痒い発言に、シレーヌは反応に困る。
シンが咳払いをして話を元に戻す。険しい顔はいつも通りだが、滲む気まずさを察したアスターは改めてシンへと顔を向けた。
「喋り方、誰を参考にしよう」
「そうだな。出来るだけ威圧感がなく、しかし侮られない程度に丁寧な喋り方が理想だ」
「ん、難しい……」
口元に手を当てながら悩むアスター。突然話し方を変えろと言われても、難しいだろう。
「色んな人を観察してみたらどうだ?案外すぐに習得出来るぞ」
「そうかな。正しくできると、いいな」




