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カラミティ・シークレット  作者: 雪村蓮
第3章:紛失物編
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3-9 恋する乙女

 シレーヌはノートを閉じ、目元のコリを解した。


「相変わらずの詰め込み作業だな先生……」

「あら、これくらいで根を上げる子じゃないでしょ」

「む」

 

 嫌味ったらしく細長い足を組みながら、優雅に茶を嗜むガレット。彼の持つ一部の本たちを恨めしく思いながら、シレーヌは身体を伸ばした。

 

 ガレットは医者だ。故に、呪いに対して学ぶ理由はそうない。それでも呪いに対してこうも真摯に向き合ってくれてるのは、アヴィスがシレーヌを連れてきてかららしい。


「ガレット先生」

「なぁに?」

「コチラどうぞ」


 鞄から取り出したのは、ピンクのラッピングが施されたガトーショコラだ。可愛らしく包装されたそれをガレットは受け取る。


「ま!嬉しいわぁ、シレーヌちゃんの手作り?」

「ああ、その舌にあうといいんだが」

「シレーヌちゃんが作るものなんて、なんでも美味しいに決まってるじゃない〜もう」


 目を輝かせるガレットに、シレーヌは胸を撫で下ろす。ひとまず喜んでもらえたので、なによりだ。


「ふふ、御礼をあげなきゃねぇ」

「い、いらない!そういう目的で持ってきたわけじゃないんだ」

「ふふ冗談よ冗談。入学祝いだから、受け取って欲しいわ」


 そういって差し出されたのは片手に収まる白い箱だ。

 まるでプロポーズの時に出されるようなシンプルなデザインの箱にシレーヌの心臓は馬鹿みたいに跳ね上がった。


「こ、れ」

「開けてみて?」


 お茶目にウインクをするガレットに、シレーヌは震えながら箱を開けた。

 中にあったのは、シルバーに赤い玉石が飾られたタイピンだ。シンプルなデザインながら作り手のセンスのよさが輝く一品である。


「素敵ですね」

「ふふ、本当はハートとか葉っぱとか、花でも良かったんだけどあそこの制服ならあまり派手なのは嫌かと思ってね」

「嬉しいです。大切にさせてもらおう」


 キラキラと、アクアブルーの瞳が宝石を宿す。

 ガレットは子供らしい素直な感想に満足したのか頬を綻ばせ、シレーヌの頭を再び撫でた。


「赤、好きでしょ?本当は青がいいかとおもったんだけど折角ならと思ってね」

「……ありがとう、ございます」


 シレーヌはガレットの言う通り紅が好きだ。

 彼が初めてくれた花も紅だったし、なによりもガレットの髪色が紅だからだ。美しくまっすぐに伸びた真紅の髪は目を惹く。

 そんな下心を含んだ疚しい理由だが、そんな事がどうでもいいくらいに、シレーヌは感激していた。


「紅、好きな事覚えててくれたんだな先生」

「もちろん。可愛い可愛い弟子の好きな物くらいわかるわ」


 シレーヌはそれがむず痒く、視線を逸らした。そのまま背筋を正して本へと向き合う。

 心臓に悪い人だ。

 気が無い事くらい既に知っている。それでも初恋から抜け出せないのは、こういう人柄のせいだ。


「そろそろお暇させてもらおう。寮の門限もあるしな」

「あら、もうそんな時間?それじゃあ片付けするから待っててちょうだい」 

「……いや、大丈夫だ。任務のこともあるし、あまり一緒に居るところは見られない方がいいだろう」


 ガレットが思い出したかのように口元に手を当てる。


「先生ならば、呪いの事を説明すれば大丈夫だろうが念には念をだ。郊外はともかく学園近くだと見られるリスクがある」


 シレーヌとて、少しでもガレットと一緒に過ごしたいが任務に支障をきたしては意味が無い。ただでさえ、アスターは聡い一面を持つのだから、尚更だ。


「それじゃあネクタイピンは失敗だったわね」

「これくらいなら問題ないと、思う。先生が折角くれたものだし、使わせてもらうよ」

「まぁ。中途半端は一番綻びやすいのよ」

「――あなたに貰ったものは、全て大事にしたいんだ」


 ドクドクと脈が早くなる。

 決死の覚悟で伝えた遠回りな言葉だ。

 シレーヌが視線をあげれば、少しだけガレットは困った様な顔で笑っていた。


「もう、仕方ない子ねぇ」


 シレーヌはガレットに片思いをしている。

 白手袋に包まれた繊細な手つきをする指先は勿論、気遣い屋な所も、犬猿の仲の娘に対しても真摯に接してくれる所も好きだ。

 困ったように笑う時満更ではない事も、誰よりも勤勉で患者に向き合ってくれる姿も、シレーヌに対して柔らかいけれど厳しく向き合ってくれる態度も。


 全てが素敵で、愛おしくて仕方がない。


「先生、ありがとう」

「そんなに御礼言わなくたっていいのよ。顔見れば感謝している事くらいわかるわ」


 鈍感なこの人がシレーヌを恋愛対象で見る日が訪れなくとも、シレーヌはきっとガレットに焦がれ続けるのだ。












 同時刻。

 ルミナス王立学園の資料保管庫で、一人の男子生徒が探し物をしていた。定期的に人が入るため、生徒会役員が掃除を行う一室だが埃が被っていないわけではない。

 使わない資料は埃を被る。所詮はただの紙束と判断されても可笑しくない。


「ない、ない――去年の帳簿はどこにいったんだ」


 男子生徒は、顔を歪ませながら一心不乱に棚を漁る。昨年度の帳簿を探す姿は、スパイとは呼べない狼狽っぷりだ。


「お捜し物はこれで合っているかい?」


 男子生徒を嘲笑するような声に、振り返る。薄暗い中顔こそ見えなかったが、凛とした声には聞き覚えがあった。


「ぁ、う」

「ふふ、吃驚しているね。まぁ無理もないか。バレていないと思って半年もの間資金の横領をしていたんだものね」


 物腰柔らかい口調だ。

 男子生徒はその声の主をよく知っていた。平民王子など、バカ丸出しの二つ名で呼ばれる青年ジョリー・クロウのものだ。


「これは国家への反逆とも捉えられて可笑しくない行為だよ」

「ど、どこまで知っている」


 男子生徒は、バクバクと鳴り止まない心臓を抑えながら尋ねる。


「どこまで?そんなくだらない事が一言めでいいのかい?まぁ、僕には関係ないか」


 甘い顏に笑みを貼り付けながら、ジョリーは通告する。


「全てだよ。君の行いは、宮廷職員としても目に余るものだったからね。資金の横領、その行先、協力者の数。ああ、協力者のサウラくんは既に確保済みだよ」

「は、はっ」

「しかし残念だ。第一王子であるリオン殿下は君に期待していたのにね。よく動く駒だと」


 大きな図体が、男子生徒を潰すかのように近付いてくる。軽やかな筈の足音が、死刑宣告を告げるカベルが鳴る音と重なって聞こえた。


「違う、違うんだ」

「何が違うんだい?」


 帳簿が、男子生徒の頬に当てられる。いやに冷えたそれは、長い間生徒会役員の会計として男子生徒が改竄した記録が残ったものだ。


「さぁ、最後に一つだけ。温和な同級生として尋ねさせてもらおうか」


 雷が近くで落ちる。

 男子生徒の目に、酷く冷たい顔をしたジョリーの輪郭がハッキリと映し出された。


「君は緑の魔女の信仰者、VBFの残党で間違いないね?」


 何処か遠くで、雷鳴が轟く。

 時計の針は進み続け、残酷にもカウントダウンは既に始まっていた。

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