3-8 加護の賢者
雨音が気にならないくらい騒がしい心臓を抑えながら、客間で待つシレーヌ。
対面に座るトルテ院長は、穏やかな表情でミルクティーに口を付けている。その隣でクッキーを小さく食べているサバランは、まだソファーの床に足が付いておらず、足をブラつかせていた。
「落ち着きなよシレーヌちゃん」
「お、落ち着いてる」
「顔に出てるよ」
シレーヌは両手で顔を包み、目を閉じる。
九つの子供に指摘されるとは思わずシレーヌは己の隠し事の下手さに辟易としてしまう。
我ながら、アスターにバレていないのが奇跡だと思う程だ。
「イスキオスはね、昔っからこんな感じだから今更難しいだろう」
「よくガレット先生にバレないね」
「アイツはときたま馬鹿になるからなぁ。昔からそういう奴だ」
目元の皺を緩ませながらクッキーを砕くトルテ院長は、視線を窓の外へと向ける。
ガレットは貴族の四男だ。跡継ぎでもなく、両親から放っておかれていたらしい。そんな中、トルテ院長や、リーゼと出会い今の暮らしを手に入れたと以前聞いたことがある。
「ごめんなさいね、シレーヌちゃん。あら、トルテさんたちも一緒?」
「お邪魔虫はすぐどくよ」
「院長ッ!」
責めるような悲痛な声に、トルテはカラカラと笑う。老人らしい侮れない人だ。シレーヌは唇を尖らして睨みつけた。
「べっぴんさんの怒った顔は怖いなぁ」
揶揄するような口調にシレーヌは肩の力を抜いてしまう。これ以上は暖簾に腕押しだろう。
ガレットの先生なだけはあり、食えない人物だ。
ガレッドがシレーヌの隣へと自然と座る。空いている席がそこしかないとはいえ、シレーヌはティーカップを持つ手を震わせた。
「そういえばサバランはどうしてここに?」
「お休みだったし、それに、これが進行してたから先生に相談しようかと思ってさ」
そういってサバランはシャツを捲る。右腕に描かれた赤い紋はタトゥーなどでは無い。精緻な紋様を描くそれは、呪いだ。
ハナスイガエルにも同様のものがあった。
「魔女の呪いか」
「うん。とりあえず先生に診てもらったの」
花の魔女の紋様は、生まれた頃から傍にあったかのようにサバランの腕に絡みついている。
【魔女の呪い】
アリーオン王国には、厄災を司る魔女がいる。
サバランは、そのうちの一人である花の魔女の厄災により呪いを受けた子供だ。
「身体はもう大丈夫なんだ。けど、やっぱりしんどいね」
花の魔女の呪いは、簡単だ。魔力を媒体とし、身体の一部が植物に変化してしまう厄介な呪い。
未だ魔女の呪いの解呪方法は、どれも解明されておらず、呪いにより亡くなった者も多い。
そんな中で、呪いの進行を抑えてくれる程の実力を持つガレットは、救世主のような存在だ。
加護の賢者の二つ名は嘘偽りなく、呪いの進行を和らげてくれる。シレーヌの呪いも、ガレットの力が無ければ身を蝕み、こうしてこの場に居ることも無かっただろう。
「早く解呪できるようになるといいなぁ。俺も日光いっぱい浴びたい」
花の魔女の呪いは厄介だ。植物が光合成をするほど成長するのと同じ様に、呪いも日光を条件に進行が強まる。サバランは、そういったわけもあり日照時間が少ないこの国でも、あまり浴びることが出来ない。
やけに白い肌が、その証拠だ。
「シレーヌちゃんは?大丈夫?」
「嗚呼。今の所症状は出ていないと思う」
「海の魔女の呪いは厄介だからな。症状が出ても、自覚出来ないことが多い」
トルテ院長がサバランの頭を撫でる。
擽ったそうに身を捩るが、拒否する事はないサバランはえへへと笑いながら院長の白衣を握りしめた。
「さて、サバラン。そろそろ再検査の時間だ。診察室へといくよ」
「はーい。エスコートする?」
「年寄り扱いはありがたいが、大丈夫さ。杖があるからね」
サバランはそっか、と笑う。
「それじゃあ二人とも、私たちは先に失礼するよ。ガレット片付けはきちんとやって、送っていきなよ」
「わかってるわよぉ先生」
サバランとトルテ院長は静かに寄り添いながら客室から出ていった。まるで祖父と孫のような姿に、シレーヌは形容し難い気持ちになる。
サバランは北西に住んでいた子供だ。どちらかといえば西寄りに住まう子供で、親がいない貧民街出身だ。
たまたま訪れたトルテ院長に手を引かれ、首都郊外にある孤児院に引き取られた。
万人は救えないと、トルテ院長は語る。
性病や風病、名もつかぬ病に犯される子供を助けてきたトルテ院長の言葉だからこそ重い。きっと貧民街には死骸がゴロゴロと転がっていたのだろう。
シレーヌも、厄災の被害規模を知っているからこそサバランが笑えている現状を良く思っていた。それと同じくらいに、胸が苦しくなる。
「……強い子だなサバランは」
「シレーヌちゃんだって、そうでしょう?」
「私はあそこまで強くないぞ」
シレーヌは首を横に振った。
「運が良かったんだ。父さんに拾われたのが、運が良かった」
アヴィスに拾われたから、呪いの早期対処に取りかかれた。賢者仲間でなければ、平民がガレットに接触する事すら難しかっただろう。
「私は父さんに返しきれない恩がある」
「あの男が勝手にやってるのよ、子供が恩を返そうだなんて思わなくたっていいの」
「いいや、返したいんだ」
シレーヌはだから任務を受けた。自立するために、父と己の為に。
「___呪いについて学ぼうと思う。だから、先生に教えて欲しくて今日は来たんだ」
これから来るであろう呪いという病。
もしシレーヌが任務を"忘れてしまった"時、シレーヌは学園にいる意味が無くなってしまう。
「……やっぱ、強いわよアナタ。アタシなんかよりもずぅっとね」
口調に似合わないガレットの角張った手が、シレーヌの頭を柔らかく撫でる。
白手袋に包まれた大きな手がシレーヌは好きだ。
アヴィスとは違う温かい手に、何度も救われてきた。
「先生のおかげだ。先生が自分らしく生きていく方がいいと教えてくれたから、私は立っていられるんだ」
「アタシも弟子がそうなら嬉しいわ」




