3-7 タタン診療所
土砂降りの雨を傘で防ぎながら、シレーヌは一軒の家の前で足を止めた。
郊外に近しい住宅街まで来たのには、彼とコンタクトを取るにはこの場所が一番だからだ。
診療所の看板を下げた一軒家の扉をノックする。
扉の向こう側から騒がしい音が途端に鳴り始めた。
「こんにちは!」
出迎えに来たのは、まだ九歳くらいの少年だ。白髪の少年は、満面の笑みを浮かべシレーヌの手を取る。
「……こんにちは。サバラン」
「せんせー、シレーヌちゃん来たよー!」
サバランが声を大にして奥の部屋に呼びかければ、杖の音がコツコツと聞こえてきた。
「いらっしゃい、イスキオスさん」
「お久しぶりです。今日はいらしていたんだな院長」
「院長はやめてくれ。ただの老いぼれなだけだよ」
嗄れた声で笑う老人は、診療所の院長を勤めるトルテ院長。軍医から町医者となった変わり者であり、市井では評判の良い医者である。
もっとも、貴族は高名な医者ばかりを選ぶので、薄給な生活を強いられているが。
しかしトルテという男は存外見た目に反してアクティブな老人で、東西南北飛んでは料金問わず診療をする馬鹿かと思う医者だ。
トルテも患者のサバランもいるとは思わず、シレーヌは鞄の口を脇で閉めてしまう。
「ガレットは買い出しに行っているから、もう少ししたら帰ってくると思うよ」
「シレーヌちゃん、俺、ミルクティー飲みたい」
「こらこらサバラン。あまり困らせてはいけないよ。イスキオス、私もお願いするよ」
窘めつつも、ちゃっかりと頼み込むサバランに苦笑しながら診療所へと踏み入れる。
タタン診療所。
平民向けの診療所であり、一階は診療所。二階は生活を行うスペースとなっている。
薬草や消毒の匂いが染み付いたこの場所は、シレーヌのかかりつけ医の住まいでもあった。
「ガレット先生は元気だったか?」
「うん。あ、このクッキー食べよ」
「一枚だけだぞ」
クッキー缶から四枚取り出したサバランは、満面の笑みを浮かべながら皿に並べる。
シャツから除く赤い紋に、シレーヌは目を細めた。
シレーヌもサバランも、同じような病を患っている。
「やっだ〜。もう、雨酷くなってきちゃったんだけどぉ!サバラン、タオル頂戴」
玄関の向こうから大声で話す声に、シレーヌは身体を震わせて顔を向けた。
その動作に、サバランはニヒルな笑みでシレーヌを見つめる。ませた子供は、シレーヌの背中を叩いてキッチンから離れる。
「持ってっていいぞ、シレーヌちゃん」
「呼んでるのは貴様だろう」
「いいから!俺は客間に持ってっておくからさ」
タオルをシレーヌの手に握らせたサバランは、プレートの上にティーセットと茶菓子を載せると客間へと向かってしまった。
「おーいサバラン!はやく持ってきて頂戴な」
「ガレット先生」
シレーヌは前髪を整えながら小走りで出迎える。傘を忘れたのか、ずぶ濡れで、荷物だけは無事に守りきっていたガレッドは、客人の出迎えに悲鳴をあげた。
「きゃっ。来てたのねシレーヌちゃん。待たせてごめんなさいね」
「いえ、先生タオルをどうぞ。荷物貰います」
「重いからだぁめ。タオルはありがとね」
バッチリとウインクをしたガレットに、シレーヌは視線を床に落とす。
「待たせてごめんなさいね、片付けたらすぐに客間に行くから」
「はい」
ガレット・ロワール。
【加護の賢者】であり、シレーヌの父であるアヴィスと犬猿の仲。そしてシレーヌの先生であり、初恋の相手である。




