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カラミティ・シークレット  作者: 雪村蓮
第3章:紛失物編
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3-6 気まぐれな猫

 入学して一月。

 すっかり肌寒くなり、肌着を手放せなくなる時期となった。シレーヌは紅茶を淹れながら、ふとキッチンで息をつく。

 既に使用人たち以外利用しないこの場所は、シレーヌの城と化していた。冷蔵庫はシレーヌが使う食材ばかり。キッチンの用具も、少しだけ増えていたが貴族達の使用人は文句も言わなかった。


「それにしても誰も使わんな」


 平民の生徒はそれなりにいるはずだが、シレーヌ以外が利用する姿を見た事がない。

 少し物寂しいが、邪魔はされないのは何よりだ。シレーヌは片付けをしながら、そんな風に考える。


「あら、シレーヌちゃん今日もお菓子作り?」

「ダリアさん」


 うふふ、と笑いながらキッチンに入ってきたのは女子寮のダリア寮母だ。ふくよかで大らかな風貌であるダリア寮母は、二児の母であり、男子寮の寮父の奥さんでもある。


「ああ、今日はガトーショコラを作ったんだ」

「あら!美味しそうね。あとで貰ってもいいかしら」

「寧ろこっちからお願いしたいくらいだ」


 つい癖で大きめの型で作ってしまうせいで、ひとりでは到底食べきれないサイズになってしまう。

 アスターは基本シレーヌが作ったものならなんでも食べるが、一般女性程度の量しか食べられない。

 結局のところ食べる人数は多ければ多いほどいいのだ。


「その猫は?」


 にゃぁ、と愛想良く笑う黒猫がダリア寮母の後ろから現れる。宝石が下がった首輪が掛けられており、飼い猫なのは一目瞭然であった。

 毛艶の良い猫だ。さぞ愛されているのだろう。


「こら、キッチンに入ってくるな」


 黒猫が毅然とキッチンに侵入してくるので、シレーヌは黒猫を手で追い払う。しかし邪険にされている事をわかっていないのか、黒猫はシレーヌの足へとまとわりついてきた。


「キッチンは動物禁制だ。出ていってもらうぞ」

「動物の毛が入っちゃうものねぇ」


 シレーヌが黒猫を抱き抱え、キッチンから追い出す。

 黒猫は暫くシレーヌを見上げていたが、目を逸らした彼女はそのまま廊下の向こうへと向かっていった。


「明日部屋へ持っていこう」

「あらあらいいの?でも、折角ならキッチンで保管しておいて。わたしも常に部屋にいる訳じゃないもの」

「そうか」


 にっこりと微笑むダリア寮母に首を縦に振り、シレーヌはキッチンの片付けを始めた。











「ご機嫌よう」

「……ご、ご機嫌よう」


 冷ややかな声色で現れる美女に、シレーヌは作業を行っていた手を止める。あくまでも気ままに、ナイフをペーパーの上に置いたシレーヌは声の主に身体を向けた。

 

 日照時間がそう長くないこの国において、晴天は貴重である。太陽の光が窓から零れ、客人を照らす。その姿はスポットライトに照らされた舞台女優のようで、シレーヌは萎縮した。


「座っても?」

「どうぞ」


 胸元にある金バッチを見ずとも、風格のある美女が貴族である事はシレーヌとてわかる。

 椅子に腰をかけるのと同時に黒髪が揺れる。


「それは?」

「ガトーショコラです」


 美女は視線をガトーショコラから移さず、そう、と短く答えた。

 平民と話したくないのか、口下手なだけなのか。

 シレーヌは再びガトーショコラを切り分けつつ、様子を伺った。


 濡羽色の艶やかな色だ。癖も傷みも見られず、滑らかな生地のような色香がある。

 髪と同じような睫毛に縁取られたペチュニアの眼球は憂いを帯びており、彼女の纏う吹雪のような雰囲気はこれの影響だろう。


「なにか?」

「……いや。なんでもございません」


 それにしても目的が分からない。

 キッチンに用があるならば使用人を遣わせればよいだけだ。そうでなくとも、要件を済ませてしまえばいい。


 椅子に腰をかける令嬢の真意がわからない。


 シレーヌが碧眼を美女に向ければ、ペチュニアの瞳と合う。しかし、すぐに逸らされてしまった。


「一つ、頂いてもいいかしら」

「えっ」

「駄目ならいいわ」

「い、いや。素人の手作りでもいいなら是非」


 美女は沈黙で答えた。

 品定めするような視線ではない。少なくとも不快感は無かった。

 それでも凍てつくような視線は、彼女を雄弁に語っている。


「毒なんて入っていないのでご安心を。一応毒味しましょうか?」

「――結構です」


 そのままガトーショコラにナイフを切り込む美女に、シレーヌは目を伏せた。

 初対面の娘の手作りを食べるとは、不用心な令嬢だ。


 ゼロスは兎も角として、シレーヌはアスターに料理を作った際には最初に口をつけるようにしている。若しくはゼロスに最初に食べてもらう。


 往々として、貴族とは命を狙われる事が平民よりも多い。悪意を向けられやすい立場だというはずなのに、警戒心のない人だ。


「美味しいわ」

「なら良かったです」


 抑揚の無い賞賛だ。表情が変わらない美女の思惑は分からないが、とりあえず作業を進めようとシレーヌは手を動かした。


 ダリア寮母と、アスター。シンは分からないがゼロスは紛れも無く食べるだろう。一口サイズに切り分け直したガトーショコラをラッピングする。


 シンプルな袋なのは、シレーヌらしいといえばらしいだろう。ただ、その中で一つだけ可愛らしい袋に包まれたものがある。


「それだけ違うのね」


 美女も目に付いたのか、ポツリと呟いた。

 他が透明でシンプルなデザインの物に対して、ピンクでリボンで二重に封がされているそれは異質だ。


「……可愛らしいものが好きな方ですし、こういったものがいいかと思いまして」


 シレーヌの返答に美女は興味を失ったのか、ガトーショコラを口に運ぶ。

 シレーヌはとりあえず胸を撫で下ろし、ラッピングしたものを箱の中にしまった。


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