3-5 陽気な鴉
「キディアくん、万年筆ありがとうね」
菫の砂糖漬けをふとシレーヌは思い出した。
瞳がやけに甘ったるく、胸焼けしそうになりシレーヌはそっと視線を逸らす。
「いいえ〜、犯人を見つけたのは此方の二人なので感謝はこっちに」
ゼロスがへにょんとした顔でアスターとシレーヌに視線をやる。実に緩い顔だ。
菫の瞳がシレーヌとアスターへと向かう。
ゼロスはその隙にトコトコと巣を戻しに行った。自由奔放を絵に書いたような男である。
「万年筆を見つけてくれてありがとう。アスターさん、シレーヌさん」
花が綻ぶような微笑に、向けられた訳では無いハンナとミラーが頬を染めた。確かに顔も態度も良いが、なんとなく警戒心を抱いてしまう。
体躯が良いからだろう。
ゼロスに対してはそうではないのだが、目の影響かもしれない。向けてくる眼差しが、とても柔らかく甘い。溶けかけのバニラアイスを思い出してしまう。
「エレフセリアの知り合いか?」
シンに視線をやれば、動揺していた。
しかし声を掛けられた事に気が付いたのか、いつもの愛想のない顔立ちに戻る。
「この御方は、ジョリー・クロウ様だ。生徒会役員で、俺の家庭教師だった」
「家庭教師?」
平民の子供がか?とジョリーに視線をやる。
「ふふ、幼い頃だけどね。まだシンが十くらいの時の話だよ」
「ジョリー様は幼い頃から聡明であらせた。家庭教師といえど、俺が勝手に押しかけていたようなものだが」
気まずそうに眼鏡のブリッジを押し上げる。
どうやら久しぶりの再開のように見られるが、シンは若干気まずそうだ。
「……」
「……?」
ジョリーが何も言わずに見下ろしてくる。
シレーヌは顔を凝視される事に慣れてはいるとはいえ、値踏みされるような反応は腹が立つ。
それでも沈黙を貫いたのは、ジョリーと関わりたくなかったからだ。
「それじゃあ僕はこれで。今度お礼に伺うね」
ジョリーは一礼をし、甘露のような微笑みを下げたままその場を去った。
「なんだあの男」
シレーヌの呟きに、二年生の二人が視線を寄越す。
それから小声で打ち合わせをしたあと、ハンナが説明を始めた。
「ジョリー・クロウ様は平民王子と呼ばれている御方よ」
「平民王子、不敬にはならないの、ですか?」
「一応お咎めはなしみたい。生徒会の方でも殿下とお話される姿が見かけられたし、なにより本人の前では言わないのが暗黙の了解だからね」
ミラーは惚れ惚れするように、ジョリーの背中を見続ける。ハンナも同様だ。
余程人気のある男子のようだ。確かに、あの容貌と物腰柔らかな対応に女子は骨抜きになっているのは想像がつく。
恋愛トラブルも多そうだと、我が身の如く身震いをしたシレーヌに、軍手を外したアスターは背中を摩った。
「先に戻ろうかバレット。風邪ひいちゃうよ」
「……そうだな。すまんエレフセリア。キディアの事を頼んだ」
秋も冬も嫌いだ。
肌が凍てつくような寒さは身体の調子をどうも狂わせる。
シレーヌはくちゅん、と小さく嚔をした。
「風邪、ひいた?」
「いや、大丈夫だ。少し冷えただけだからな」
「あたしの手、あったかいよ」
差し出された小さな手をシレーヌは己の手に重ねた。存外皮が厚くて豆のある手をしている。しかし手の甲の皮膚は薄く、頼りなく思えた。
この手でどれだけ多くのものを守っていかなければならないのか。シレーヌは指を絡めて暖をとった。
アスターの手が、傷付くことがなければいいと思うのはきっとシレーヌの我儘なのだろう。




