3-3 髪飾り
騒動を引き起こしたのは、二年の女子生徒であった。化粧を施し、身なりをきちんと整えているが若干香水臭い。
シレーヌは一瞬眉を寄せたがすぐに取り繕う。
「どうしたのですか」
丁寧な口調でアスターが問いかける。
まさか噂の聖女候補に声をかけられるとは思っていなかったのか、貴族の娘は目を見開いた。
しかしすぐさま高慢な表情を取り戻し、女子生徒を指差す。
「この女が私の髪飾りを奪ったのよ」
「ち、違います!わたし、やっていません!」
「冗談よしなさい。じゃなきゃ、貴女の仕送りはどういうわけなのかしら」
仕送り、ということは。シレーヌは吹っ掛けられた女子生徒の胸元を見る。
この学園では、貴族は金のバッジを着ける事が校則で決まっている。不要なトラブルを避けるためだ。
女子生徒の胸元にはバッジはない。つまりは平民という事だ。
「ここは図書室です。声を荒らげるのは、些かマナー違反ではございませんかグリュック様」
シンとゼロスが後ろから現れる。
流石のシンの登場に、グリュックと呼ばれた女子生徒は顔を赤くし視線を逸らした。
エレフセリア家は、代々宮廷を勤める家系だ。伯爵家の次男坊であるシン。その父親は現在宰相を勤める傑物だ。
下手こいて、宮廷に就職も出来ず噂が広がり婚約破棄となれば貴族令嬢として痛手だろう。
口を噤んだグリュックとは相向かいに立つ女子生徒にシンは一瞥を向ける。
肩を震わせた女子生徒は、顔を上げ丁寧に両手を合わせる。
「なにがあったかは知りませんけどぉ、ここだと目立ちますし場所変えません?」
ゼロスの提案にシンは頷く。
一行は、図書室を後にした。
貴族令嬢の名はハンナ・グリュック。子爵の令嬢であり、ブラウンの髪を巻き髪にしているのが特徴的だ。
一方で平民に生徒の名はミラー・ベック。実家は七人姉弟であり、野暮ったい眼鏡を掛けた地味に見える生徒だ。
「それで、話を聞いてもいい?」
アスターがシレーヌの淹れた紅茶に一口つけた後尋ねる。
寮よりは狭いものの、学園内にあるキッチンは清潔感と無駄になさがあった。そこでシレーヌたちは、腰を据えて話し合う。
「えっとグリュック様で、あっていますか」
ぎこちないながらもアスターが丁寧な口調で尋ねる。
ハンナは大きくうなづいた。
「では、髪飾りを奪ったとお話していました、がどのようなものか聞いてもいいですか?」
「……えぇ。赤い宝石が嵌められた花の髪飾りよ。ハールシュターブ」
ハールシュターブといえば東洋の国の髪飾りだ。
棒状の髪飾りで、頭には装飾が施されているものから、棒自体に模様が描かれているものもある。
市井では出回っていないが、貴族ではそうでもないのだろう。
シレーヌはメモを取りながら視線をミラーに寄越した。特にやましい様子は見られず、ハンナへと視線を向けている。
「彼が、婚約者がくれた物なの」
「それはいつなくなったの、ですか」
「三日前の朝よ。髪の縛りが甘かったから外して髪を結い直した時に。でも、鐘が鳴ったから慌てて教室に戻ったの。昼休みに取りに戻ったわ。そしたら」
「無くなっていたと。それだけで彼女を犯人扱いは、些かどうかと思うが」
シレーヌの言葉にハンナが顔を顰める。
「でも、三日前の朝にベックは遅刻したわ。それに、今日話すのを聞いたのよ。今回からは仕送りの額が増えそうだって!友人たちと話しているのをね」
キッと鋭い目付きでハンナがミラーを睨みつける。しかし案外肝が据わっているのか、ミラーはその視線を優に受け止めた。
「違います」
ミラーが強く否定する。
視線を伸ばし、まっすぐと眼鏡越しにハンナを見つめた。
「私が三日前の朝に遅刻したのは、恥ずかしながら寝坊をしたからです。ダリア寮母と会っていますので、証言なら彼女に。それと仕送りの件ですが、新しく仕事をやる事になったので仕送り出来る額が増えただけです」
見た目の割にハキハキと喋る女性だ。
だがまあ、シレーヌは納得出来る。
貴族ばかりの学校で平民が一年も過ごすのだ。元より大家族の姉である彼女は揉まれているのだろう。自分の意見をハッキリと言える人間だ。
「その仕事はどんなのなんですか〜?」
ちゃらんぽらんなゼロスが不躾にも尋ねる。
「……言う必要はありますか?」
比較的穏やかな声であった。しかし一瞬ミラーの瞳に苛立たちが見え、シレーヌはキディアの背中を叩く。
「失礼、ベック先輩耳を貸してもらっても?」
シレーヌは席を立ち上がり、ミラーの耳元まで近付いた。
「給仕のお仕事であっているか?金持ちの出入りの多い店だろう」
ミラーの目が見開かれる。
「どうして」
「佇まいでわかった」
シレーヌはミラーから離れ着席した。
簡単な話だ。いくら覆えど、美しさが損なわれる事はない。顔に似合わぬ眼鏡をかけ、髪を質素に見せていても目の良い者ならばミラーが素材の良い人物な事くらい理解出来る。
地味にみえる、ということは存外誰にでも合う言葉ではない。パッと見して醜女ではなく地味というのは、ある程度顔が良くなければ出てこない評価だ。
勿論、全員がそういう訳では無いけれど。地味は作るものだ。醜女とは全く違う。
花と同じだ。地味に見えるが、よくよく見れば淑やかな美しさがある花は多い。
「あとは、強いて言うなら髪だな」
平民がそう易々といい洗浄剤を帰るわけでは無い。しかし、ミアの黒髪は艶やかであった。手入れを欠かさず、またその手入れ用具を手に入れやすい場でいえば、やはり身なりを重視する職場だと予想できる。
女性給仕、いわば給仕と客が楽しくお喋りするパブだ。貴族の女性からは受けが悪いが、男性陣からは評判がいい。
容姿と教養とコミュニケーション能力が求められるパブならば、給与が良いのも納得出来る。
「それじゃあ、私の髪飾りは誰が」
ハンナが戸惑いながら呟く。
それに関しては、シレーヌは幾つかの予想を立てていた。
「今日は犯人探しはどの道無理だろう。明日雨が止んでいるといいな」
「そうだね〜。今日はもう、帰ろっかぁ」
ゼロスのゆったりとした言葉をキッカケに解散となった。




