3-2 紛失物騒動
図書室の二階に設置された自習スペースで、シレーヌたち四人は教材と向き合っていた。
「お腹空いたな」
「図書室は飲食禁止だ。食べたいなら購買にいけ」
若干一名、集中力が削がれていたが。
何処と無くアヴィスに似た態度だ。フラフラとしており、何を考えているか分からない。
「シレーヌちゃん、なにか持ってない?」
「ん、ベランダで食ってこい」
「やったー」
シレーヌが鞄から取り出した手付かずの袋を渡せば、ゼロスは嬉々としてベランダへと向かっていった。
思えば餌付けから始まった関係だ。
『美味しそ〜』
『……』
あの時はなんだこいつ、とシレーヌは訝しんだがシレーヌの手元にあるお菓子にしか目をやっていなかった。本当に空腹を感じていた時に、シレーヌの菓子が目に入ったのだろう。
「バレット、バレット」
「もうないぞ」
指で机を叩きながら小声で声を掛けてくるアスター。小柄な体型に似合わず、アスターはよく食べる。
食事量の割に細すぎるので、シレーヌは定期的に寮のキッチンで作っては食べさせてた。その甲斐あって、アスターはシレーヌに対し食の信頼度が高い。
「食べたかったら、キディアから貰ってこい」
「……大丈夫」
餌付けはまだまだのようだ。
もう少し強欲になって欲しい。
「そういえばシンちゃん」
「頭に腕を乗っけるな」
既に食べ終えたゼロスが、空の袋を片手に戻ってくる。口の端に食べカスが付いていた。
「最近紛失物が多いって噂を聞いたんだけど、シンちゃんは何か失くしていない?」
「特にないが。口元が汚れているぞ」
袖で口元を拭うゼロス。
上品さのない仕草にシンの眉間に皺が寄った。
貴族の坊ちゃんには、ゼロスの平民然とした取り繕わない仕草は受け入れ難いのかもしれない。
「いやぁさ、先輩にね頼まれちゃったの。失くした万年筆を探して欲しいって」
「万年筆?」
アスターが話に食いつく。
ゼロスは席に座り、笑みを浮かべた。にんまりと笑う様は何処か胡散臭い。
ゼロスはノートを一ページめくると、話をしながら手を動かした。
「昨日寮で相談されたんだぁ。五日前、今日を含めれば六日前だね。父親から入学祝いにプレゼントされた万年筆が消えたらしい」
二学年の生徒だという男は、たまたま探していた所ゼロスに声を掛けられ相談した。大事なものだと温室で探し回ったが、結果はお察しの通りだ。
「宝石のついた万年筆なのか」
ゼロスが図の横に描いた万年筆には小さな宝石が宝飾されている。
「上手いな」
「えぇ〜、ほんとぉ?」
「ここの宝石の色は?」
「赤だって」
アスターがふむ、と考え込む。
失くした現場は温室で間違いがないらしい。温室に行く前に合ったが、退室後確認した際に失くなっていたそうだ。
シンは顰めっ面でゼロスのノートを見ている。先程絵を褒めていたが、余程気に入ったのだろう。視線を逸らさない。
「……キディア、その万年筆を失くした先輩というのは」
「キディア」
アスターがシンの言葉を遮るように、名前を呼ぶ。
「温室の造りはどうなってる?」
後で注意しなければならないが、今のアスターに言っても無駄だろう。
すっかり紛失物の件に夢中だ。
温室は西の庭に立つ、サロンに近しい建物だ。円形の構造で、茶飲みの席は勿論花も植えられている。
主に貴族の女子生徒に人気がある場所だ。
「誰でも出入りは出来るのか?」
シレーヌの問い掛けに答えたのはシンの方であった。
「出来るが、派閥があるからそう易々と出入りできる訳ではない」
「派閥?」
「まぁそれは置いておいてさ」
気になる話ではないが、シンの話は重要そうなのでシレーヌは後ほど聞いておく事にする。
ゼロス曰く、温室には出入口が二箇所設置されており鍵は掛かっていないようだ。窓は天窓と、換気をするための窓が四箇所ほどあるらしい。
「窓はどれくらいの大きさなの?」
「人は通れないくらいだったよ〜。リスとか魔獣とかなら、パターンによってはわからないけど」
ノートに描かれる温室の構造に、シレーヌは双眸を向けた。
「……宝石のついた万年筆か」
盗みの線が高いだろう。
貴族子女ばかりが通う王立学園では、なんとも品のない話だ。
「貴方が盗んだんじゃないの!!!」
図書室の空気が震える声量に、四人は視線を声の方へと向けた。一階から聞こえた声の主は、声を荒らげ一人の女子生徒に食ってかかっている。
「……」
アスターが手摺りに片手で体重をかける。
そのまま身体の重心をずらし手摺を飛び越えた。
「あの馬鹿……」
アスターは無事着地し、騒動の中心である女子生徒の方まで向かっていく。シレーヌも、席を立ち階段を降りてアスターの元まで足早に駆け寄った。




