第57話 思いやる心
いつからこうなったのか、ペイトンの家は集合場所として利用される事が多くなった。ウタノハの情報を聞いたのか、今この拠点に住んでいる数十名が挙って押しかけており、更には代表者が中でお茶を頂いていた。肝が据わってますね。
ペイトンが家に入ってきた俺に気付いて声を掛けてきた。
「ホリ様、話は聞いておられますか?」
「うん、オーガの件でしょ? さっきウタノハの侍女から聞いたよ。ね?」
一緒にやってきた侍女の女性にそう問いかけると顔を赤くして小さく頷いている、その反応だと何か疚しい事をしでかしたみたいに見えませんかね。
「ヒッヒ、ホリ様。手癖が悪いと恨みを買いますよ。程々にしてくだされ」
「わかってて言ってるよね? してないから、何も」
ト・ルースの戯れの言葉に苦笑して返す。
「それで、状況を教えてもらえる?」
周りを見ながらそう口にすると、アナスタシアがまず口を開いてきた。
「我々もあまり深くは聞いてはいない。ホリが来てからの方が手間が少ないしな」
全員が一人に注目し、その視線の中心の人物が胸の前で手を握りしめると口を開いた。
「私は先程、力を使いイェルムさん達の警戒している範囲の外を眺めていました。それにより見つけた彼の集団は排水用の橋を発見し、破壊。更にその後、橋を伝うように此方へと歩き始めています。そこにいた数は十五人です、本隊とは別行動をしているように見えましたが、伝令を送っていたようなので合流する予定なのでしょう」
ウタノハがそう口にした内容を聞き、ゼルシュが苛立つように尻尾で地面を叩きつけて声を荒げた。
「何も壊す事もないだろうに……! これでは風呂に入れんではないか!!」
最初の頃はあんなに冷静でかっこよかったリザードマンのリーダーは、どうしてこんな事になってしまったのだろう? 風呂で脳の神経が茹でられてしまったのか?
「ヒッヒ、この子はほんに……。ホリ様、排水の出口の場所からここまで歩いてくるとなると、到着は夕方から夜といったところですねぇ。どうされます?」
顎を爪で掻くようにしてト・ルースが大体の予測を教えてくれる。夕方から夜か、そこから先は相手次第なところはあるよな。
「うーん、どうしたもんかね。夜戦となると少し勝手が変わるよね、ゴブリンやオークは俺とあまり感覚変わらないけど、リザードマンやケンタウロス、ハーピーはかなり違うよね?」
「ええ、私達ハーピーはいくつかタイプがありまして。夜目の利く者、全く利かない者、音や匂いで昼夜問わず相手を識別できる者がいます」
「ルゥシアは夜でもバッチリ見えるぞ! 優秀だからな!」
ルゥシアはアレだからな……。夜目が利くのは知ってたけどちょっと怖い行動をしそうだから以前の猫人救出の際もチームから外したんだよなぁ。
そう彼女に言う訳にもいかずに「おーすごいな」と言いながら頭をぐりぐりしていると、次に口を開いたのはゼルシュだ。
「我らは完全な闇に覆われても匂いでお互いの位置や敵の場所がわかるが、視界を完全に潰された上で匂いが完全に消えてたりするとまずいな、まぁまずそんな状況はないのだが」
防犯用の催涙スプレーとか使われたらアウトなのか、この世界に無くてよかった。
後はケンタウロスか。まぁ以前に、月の灯りすら届かない深い森のほぼ光源がない状況でも割と見えていたっぽいから大丈夫か。アナスタシアとオレグの方を向き視線を合わせると彼女は一つ頷いて答えた。
「我らは問題ない。目を潰されても耳で何とかできるしな」
「むしろオーガ達は夜目が利かない筈です。襲撃はもしかしたら朝まで待つのでは?」
それはそれで困るな、何が悲しくて家の近くに爆弾を置いておくような真似をしなくてはならないのか。
だが、オレグの発言はオラトリが否定を持って首を横に振った。
「いえ、オレグ殿の言われる通り我々は夜目が利きませんが、奴らは朝まで戦闘を待つような者達ではございません。油を大量に使って火を放ってでも夜討ちに出るでしょう」
「傍迷惑な……。それだと山の外にいるポッドとトレント達が危ないね。ポッドなんてよく燃えそうだし、焚き火の材料にされちゃうよ」
それを避けるとなるとこちらも打って出るしかない。どちらにしろ相手の最終目標がウタノハなのだし、ここには乗り込んでこようとするだろうし。
「機を見て攻め込むか、ほぼ同数ならば勝機もある事だしな」
「しかし、相手もタダでやられてはくれませんよ。被害が大きくなった時の為にも人員を少し割き、治療班として当たらせるべきでしょう」
ゼルシュとペイトンが話を進めている。
「そうだね。治療班はト・ルースと……、ペトラ、頼めるかな? 薬草の知識に明るいのは君だけだし」
「はい、少し怖いですけど、やらせてください」
パメラの隣で震えるようにしているがその眼差しは強い物だった、きっと大丈夫だろう。
「ヒッヒ、あたしも大丈夫ですよ。あたし達では見切れない怪我人をあの大木のところへ連れて行く場合に備えて人を運ぶ用の非戦闘員と、護衛を数名預けてくだされ」
「よし、それは猫人族から選出しておこう。ヒューゴー、誰にするかは任せるね。護衛はケンタウロス一名とリザードマンから一名、ハーピーが二名くらいでどうかな?」
「ヒッヒ、十分ですねぇ。いざとなればあたしも少しは戦闘が出来ます。お任せを」
「わかりました。後ほどト・ルース殿の所へいく様に言っておきます」
ト・ルースとヒューゴーがどういった人材が欲しいかを話し合う為退出していった。そちらは任せて大丈夫そうだな。
「姫様、来ている者達の中には奴等もおりましたか?」
「フォニアの姿は見えました。シュテンとその配下の四人は見当たらなかったけど、きっと近くにいるでしょうね」
「そいつらは何者なのだ?」
オラトリとウタノハのやり取りの最中に出てきた気になるワードにゼルシュが突っ込んだ。彼は風呂の事でお怒りなのか、尻尾が常にピンと力強く上を向いている。
「フォニアは私達を助けて頂いた時に相手にいた黒い肌のオーガです。鉄鬼の首長の娘で実質的なリーダーをしています。シュテンは……」
ウタノハがどういった物かと悩んでいるような素振りを見せると、オラトリが代弁するようにして一歩前に出た。
「シュテンは姫様に反逆を企てた中心人物、敵の中での戦闘能力は随一でしょう。その四人の配下は奴と行動を共にしている各族のオーガ達で、それぞれがその族随一の武力を有していると自称しているならず者達です」
オーガ達のボスって感じだな、そいつらを倒せたらもしかしたらウタノハが狙われる事も下火になっていくかもしれない。
「強そうだね、やばいかなぁ……」
「実力は確かですが、それ以上に危険なのは弱者を嬲る事に愉悦を感じ、それを成す為に行動をする点です。我らの中でもアレは悪評判の塊のような連中ですから」
視線をウタノハの侍女に向けて目が合うと、険しい顔を浮かべながら大きく何度も頷いている。
「その連中とは私とオレグ、ゼルシュ、アリヤ達とあと数名で当たろう。他のオーガ達はペイトンをリーダーに、トレニィアとオラトリ、三人を中心に事に当たれ」
アナスタシアがそう口にして各々に目配せすると、全員が首肯を持って返答しペイトンが口を開いた。
「わかりました。オラトリ殿、それで構いませんか?」
「ええ、了解しました」
ペイトンがオラトリにそう確認を取っている。
トレニィアはまだここには来ていないがきっと了承するだろう。それにしてもトレニィアの戦闘を見た事はないけど大丈夫かな。前に糸も魔法も全然ダメと言っていたが、それでも今回、あの姉達が推薦するという事は彼女もやはり実力者なのだろう。
「戦闘の場所はポッド様達の居られない排水の橋がある側の広場を中心にしましょう、それならば戦闘に巻き込まれる事もなく、万が一に魔法が飛んで行っても安心ですからな」
オレグがそう言うと一同が頷いた。
そこでペイトンが一つ手を叩いて何かを思い出したようにパメラに顔を向けた。
「そうだそうだ、パメラ、ホリ様にアレを、アレをしてきてもらってくれ」
言葉と共に外を指差して何かジェスチャーをしているペイトン。
「……? え、えぇ、わかりました。ホリ様、少々よろしいですか?」
「? まだ会議中じゃ……? いやいいんだけどさ」
パメラが俺を連れ出すようにして、背中を押されるのでそのままペイトン宅を出る。
「それでパメラ? 何の用なの?」
「え、ええ。えーっと……。ああっ! 夫が通路のトンネルを封鎖してほしいと言ってました!」
最初まごつくようにしていた彼女はいきなり大声を出してそう告げてきた。
「ああ、やろうと思ってたしいいんだけど。わざわざ連れ出してまでやる事かなぁ」
「早めにやっておいて損はないと思います!! お願いします!」
彼女にしては何か力が入っているな……。まぁ気にしてもしょうがない、とっととやってしまおう。やらねばならない事だし。
拠点の出入口の数ヶ所を封鎖できるように大きな板を作り出し、更にプレートの細さに合わせるようにして出入口に敷居のように細長い切れ込み穴をスコップとつるはしを併用して作った。
上から板をその穴に差し込んで、簡易的な壁にした後に巨大な鉱石を重しとして置いてバリケードが完成。外部側には簡易的に大岩で塞いだ。
「こんな物かな? あれ、いつの間にかパメラいないし……。というかかなり時間経ってるじゃん!」
見れば日も傾き、時間がかなり経過しているのがわかる。まずいまずい、準備を一切していないぞ! 急いで拠点まで戻らなきゃ!
走って戻ろうにも、丁度トンネル封鎖をしてしまったので遠回りを余儀なくされた。我ながら間抜けだなぁ……。
走って洞窟まで戻ってくると何やら結構な人数が集まっている。俺に気付いたパメラがトレイに乗ったカップを渡してきた。
「お疲れ様ですホリ様、喉が渇いたでしょう? こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとう。ずっと作業続けて、しかも走ってきたから喉がカラカラだよ」
用意されていた冷たい水を一気に飲み干し、今いる人達を見る。
ゴブリン達やスライム君、アナスタシアとトレニィアはまだ分かるけど……。何故ラヴィーニアもいるんだろう。ペイトンとパメラ、ペトラやゼルシュも少し空気が重苦しいが、やはり戦闘前だからか。何だか少し眼が霞むな、余り眠れてないからか?
「皆どうしたの? あ、ちょっと準備しながら話すけどごめんね?」
「それなんですが……。ホリ様少しお話が」
ペイトンが苦悶の表情で話を切り出してきた。どうしたのだろう? 何か問題が起きたのだろうか?
「今回は、相手が相手。更には数的にも有利とはいえない状況です」
「うん、そうだね。だからこうして……」
バッと手の平をこちらに向けて俺の言葉を止めるようにするペイトン。
「各々で対処する事も多く、余裕もないでしょう。今回はホリ様には拠点に残って頂きたいのです」
「えっ、俺留守番なの!?」
発せられた意外な言葉につい声が大きくなってしまった。
「ああ、ホリ。今回は出なくていい。足手まといにならないとは言えないだろう? 戦場でお前の存在は我らの足枷になりうる。今回は大人しくしてもらうぞ」
アナスタシアがそう口にしてきた。しかし、先程から何だ? 目が霞むな。
「ええ……? 皆戦うのに俺だけ留守番とか……、いや、そりゃこの拠点最弱だからわかるけどさ……。盾くらいにはなるんじゃない……?」
クソ、頭がフラフラして足に力が入らない。おかしいな、寝不足でこんな経験した事ないぞ。似た様な感覚と言えば、病気になった時に睡眠薬を服用して抗えない眠りにどれだけ耐えれるかを試していた時に近い。
「猫人族の者が教えてくれた無味無臭の眠り薬です。安心して下さい。数時間で目が覚めますから」
支えるようにパメラが手を貸してそう言ってきたが……。ああ、一服盛られたのか。俺が反論するのも見越してそうするなんて、わかってるなぁ。
「これはここにいる皆の総意です。貴方は死んではならない、そして貴方が次に目を覚まされる頃には勝利の宴を準備しなければならない時ですよ」
「くそ……、最後までアテにされない悲しさって奴がわかった気がするよトレニィア……。皆覚えてろよ……、皆無事で勝利の宴会を開いたら目に物見せてやる……」
「ハハハ! 楽しみにしておこう。ホリ、ここ数日まともに寝ていないだろう? 休んでおけ。なぁにお前はいないがこの防具が共にある。使わせてもらうぞ」
ゼルシュが俺と一緒に作り上げた防具を一撫でしながらそう口にしたところで、俺は意識を失ってしまった。
――同日、同場所――
「寝たか。ペイトン、これは完璧に勝たねば恨まれるぞ?」
「ええ、文句を言わせない程の完勝でなくてはなりませんな!」
「ホリ様ノ復讐、怖イネ!」「エッチナ事スルヨ!! ゼッタイ!!」
アリヤ達やゼルシュとペイトンは戯れるようにして笑い合い、その言葉を聞きながらアナスタシアがパメラに支えられるように意識を無くし、力無く体を傾けているホリを横抱きに抱え上げた。
「ここ数日まともに寝ていないからか、もう完全に寝入ったな。おいラヴィーニア、貴様に預けるなど腹立たしいがホリを頼むぞ」
一度強く抱きしめた後、この為に呼び出されたラヴィーニアにホリの身柄を託すアナスタシアは睨みつけるようにしながら言い放った。
「フフフ、了解ィ。まぁあなた達が万が一ボコボコにされたらァ、私達とホリだけで逃げるから安心してねェ」
「おい! ホリの寝てる間に狼藉を働いたら、その胸の脂肪を叩き落としてやるからな! 絶対するなよ!?」
「どうしようかしらねェ」
普段と変わらぬやり取りを続けるようにして、会話を重ねていく者達は眠りこけた人間と一度手を握り合うようにすると決意の表情を浮かべた。
「コノ拠点ニ喧嘩ヲ売ッテキタ事! 後悔サセテヤル!」
アリヤの放った一言に大きく頷き、返事を返すと戦いに赴くために出発する。
そしてその道中で今回の襲撃の要因を造り上げてしまった姫巫女とその侍女と合流し、戦いに向けて集まっている者達のところへと更に歩みを進める。
「そうだ……、オラトリ……。これ……。ホリから」
トレニィアはホリが最後に作り上げ、彼が勿体ぶって布で包むよう指示を出した長い武器をオラトリに手渡した。それを受け取り、布を開くとそこには愚直なまでに真っ直ぐと伸びた長い棍棒のような物、持ち手の柄の部分には見覚えのある紐が使われている。
「これは……?」
「ホリの知ってる武器らしい……『ジッテ』って言ってた……。「正義を背負った人が悪を討つ時に使っていた武器だ」って……。武器の命名に悩んでたよ……、『キタオオジ』か『ゼニガタ』って言ってた……」
夕日を浴びて輝く武器に、共に歩いていた彼らが覗き込んで感想を口にしていく。
「ただの棍棒……という訳でもないな。中々に面白い形をしているな」
「フフフ、ホリ様はその為にオラトリの剣を持って行ったのね」
ゼルシュやウタノハが口にした言葉を聞き、改めて武器を握りしめると、手に馴染んだ柄の感触がする。武器の長さも折れた剣の元の長さと変わらず、重さはかなり増してあるが、それはオーガの彼女にとって影響のない物だった。
今は眠っている彼が不器用ながらも丹精を込めて作り上げた品を眺めて笑顔を浮かべるオラトリに、ケンタウロスの女性が少し不機嫌そうにしていた。
「クソ、ホリの手作り武器という私だけの特権が崩れてしまった……!? おいオラトリ、その武器は使えるか」
その言葉を聞きながら、試すように軽く十手を袈裟に振り下ろす。そして瞬く間に振り上げるとその武器の感想を口にする。
「ええ、初めて使う武器ですがまるで以前より使っていたように馴染みます。問題はありません。フフフ、面白い物を造り上げますねあの御方は。名は『ゼニガタ』にしておきましょうか」
「ええ? 『キタオオジ』の方がいいなぁ私は」
「『ハシゾー』! 何カワカラナイケド『ハシゾー』ガイイ!」
オラトリとウタノハ、そしてベルの三名が楽し気に名前を決めている。
そしてこれから戦闘を控え、彼等の到着を整列して待っていた者達の元へとつく頃になると日も沈み、夜の闇に包まれ始めた。
今や遅しと待ち構えるようにして整列をした者達は、決意の表情を浮かべていた。
そして合流したペイトン達がホリによって作られた防具を身に着け、戦場へ出る準備を終えたところで代表としてアナスタシアが一歩前に出て、話を始めた。
「よくもここまで他種族が同じような表情をしている物だ。これが先の戦で少しでも出来ていれば戦争の結果は変わっていたかもしれないな。まぁそれは我らによって眠らされてしまったホリの力かもしれないが」
彼女がそう言うと整列した者達の中から笑いの声が漏れている。
そしてアナスタシアは腰の剣を抜き放ち、発破をかけるよう檄を飛ばす。
「これより我らは戦場へ出る。だが良いか! 誰一人とて死ぬことは私が許さん! 一つでも多く相手を殺し、一人でも多く仲間を助けろ! 相手はたかがオーガだ、我らの敵ではない!! 良いな!!」
そう彼女が叫ぶと地鳴りのように鬨が上がり、各々が手にしている武器を掲げた。アナスタシアの隣に並び立つように、一歩前に出たゼルシュが更に声を張り上げる。
「作戦は先程伝えた通りだ! 敵の大将共は我らが引き受ける! 雑魚は任せたぞ! いいか、生き残る事を最優先しろ!! 我らが許されるのは完全なる勝利! 一人でも死んだらここにはいない我らが友が悲しむぞ!」
更に張り上げられる声に武器を掲げたアナスタシアが、唯一開かれたトンネルに向かい剣の切っ先を向けた。
「行くぞ!!」
彼女達は一つ叫び、夜の闇の中を進み、誰一人欠ける事の許されない戦いが始まろうとしている中で。
その頃ホリはひたすら巨大なスライムに抱き着く夢を見ていた――




