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魔王様、顔怖いです。  作者: ふかづめ
生活の質を上げよう
104/142

第104話 彼女の本気

 既に緊張感で何かがはち切れそうな観客が眺める武闘会場のリングの上。だが俺は今それとは関係ない事で一人孤独に闘っていた。


 失敗だったな、と思ったのはかき氷。


 ぴんと張り詰めた空気の中で、更に緊張した面持ちの観客達は視線や表情とは裏腹に手を止める事なくスプーンでしゃくしゃくとかき氷を掘り、全く緊張感のない音を出し続けている。


 しゃくしゃく音の筆頭が魔王達一行なので注意も出来ないが、彼らも視線を逸らさずに舞台を見て腕の動きとしゃくしゃくしゃくという音を止めない。皆が真顔でしゃくしゃくしゃくしゃくとやっているので、突っ込みようもない。


 うるさいな!? と思いながらも舞台を見れば、ここぞという戦闘時にしか装備しない銀の胸当てや黒い籠手、いつもの耳飾りと髪型もびしりと決めている銀髪の女性が槍の穂先に狙いの相手を照準に定め、その槍を向けられている女性は普段着用しているパーカーは脱ぎドレス姿、脚には俺が作った部分装甲をつけている。

 彼女は紅いショートヘアーを風に揺らして腕を組み、紫黒の眼が相手を見下すようにしながら不敵に笑っている。どちらも自信が体から滲み出ていて見ているだけで不安になる。


 ああ、どう考えても怪我人が出る気しかしない。


 いつでもポッドの元へ運べるように誰かに言っておくべきだった……。ペトラも今日の為にこれでもかと用意した薬草汁の入った樽からなみなみと器に盛って準備を済ませている。

 頼むから重傷だけは……、と祈っている時いよいよとその声が響き渡った。


「第一回戦、最終試合……、始メェ!!」

 バッと掲げた腕を振り下ろし、たっぷりと間を取ったヒツジィが試合の開戦を叫ぶ。一拍置いてから、閃光とも思えるような速度で力強く飛び出し真正面から仕留めに行った白銀の槍を抑えるのは、黒肌の両腕が支える二本の鈍色に輝く刀。


 真っ直ぐにラヴィーニアを狙った一撃を横から逸らし、したり顔のフォニアににやりと口角を上げて返すアナスタシア。どうやら読まれているとわかった上で突っ込んだのだろうか。


「モラッタァ!!」


 槍を受け流されたアナスタシアの隙を逃さず、後方に回り込んでいたベルが空高くから槍を迷いなく一気に振り下ろす。

 おいおい死ぬだろ! と思った次の瞬間には闘技場に響く目の覚めるような甲高い金属音。


 アナスタシアはまるでそう来るのが解っていたかのように背後からの一撃を視界に入れる事なく、全力が籠められたベルの槍は目にも留まらぬ速さで腰から抜き放たれていた彼女の細剣が受け止め、鍔迫り合いのようにぎゃりぎゃりと互いの刀身を削り合うような音を奏でている。


「後ろからの攻撃をするのなら静かにやることだ。それと殺気も消す事だ、な!!」

「ウワッ!!?」


 後方から仕掛けてきたベルを蹴り上げようと迫る後ろ脚の一撃を、紙一重と言っていい距離で躱したベル。だが少しその様子がおかしいと彼の表情を見て思った。

 何か……、その蹴り上げられた攻撃以外にも咄嗟の事に驚きの色を見せていたような?


 俺以外にもそれに気付いたようで、ざわりと観客席も疑問の声を上げている。

「なんか今の、変じゃなかった?」

「うん、それになんていえばいいのかな? ベルさんの体がズ(・)レ(・)た? っていうのかな……?」


 全く踏ん張りが効かない筈の空中で槍を振り下ろしていたベルが、まるでその場で地面に踏ん張ってバックステップを踏むように後方へ飛んでいった。

 そのままバク宙をして着地を綺麗に決めたベルに、追撃を刺す為にその着地点へ動き出したのは一人と一匹。


 アリヤとフロウが前後二方向から攻め立てようと走り込み、一足早く射程に捉えたフロウが跳びかかるようにして牙を剥き出し、ベルがその牙の餌食になってしまうという時にまたおかしい挙動を見せた彼、軽やかにステップを刻み数歩で安全なエリアまで退避した。


「成程な」

「えっ、もうバレちゃったの!? 早すぎるから!!」


 何かに目を付けたというか、目星がついたのであろうアナスタシア、その動きを制限するように立ちまわっていたフォニアが焦りの色を見せている。


 ベルの挙動を見て困惑しながらも、そのまま追撃を試みるアリヤの飛び込みに合わせてフロウが回り込みまたも挟撃を仕掛けようとしているところへ、ベルが駆け上がるように今度は空中に飛んでいく。

「ウワァッ!!」

「キャウンッ!!」


 ベルに追従するように動いていたアリヤとフロウに突如小さな雷光のような物が襲い掛かると、二人の足と追撃の意思が止められてしまう。魔法か? 威力自体は抑えられているようだけど、それでも彼らの考えを阻止するには十分な威力だったようだ。


 魔法を撃ち出したのはラヴィーニアなのだろう。彼女はここまで一歩も動きを見せずに、今もピンと立てた片方の手の指をアリヤ達に向けてその場に佇んでいるが、その彼女を守るようにフォニアが動き続けてアナスタシアと対峙している。


 アリヤ達はダメージによる影響を感じさせず、即座に動きを再開すると引き続きベルを狙い、ベルもそれを予想していたように空を飛び回るようにステップを踏んでいく。


 異世界のゴブリンって飛ぶんだなぁ……。

 俺が彼に見惚れている間に目の前の敵へと剣閃を見せて吹き飛ばしたアナスタシアが槍の先を天高く掲げるように構えると、そのまま何もない空間に振り下ろした。

 その振り下ろした槍から生まれたのは彼女が得意としている風の魔法だろう。独特な風切り音が誰もいない、何もない空間へと撃ち出されていった。


「ウワァッ!!」


 アリヤ達の攻撃を躱し続けていたベルの叫び声が突如として響き渡ると、彼はそれまでの軽やかな動きが一転してそのまま何かに引っ張られるような挙動へと変わり、バランスを崩したままアリヤの前へと転がっていってしまった。


 直ぐ様に態勢を取り直し、アリヤの剣を槍の柄で受け止めて難を逃れたベルだったが、ようやく足が止まった相手を逃がす事なく、即座に横から襲い掛かってきたフロウの体当たりに吹き飛ばされたベルの体を受け止めるようにしながらフォニアが彼と合流してそれ以上させまいと睨みを利かし追撃を阻止した。


 風の魔法を撃ち出したアナスタシアが舞台の、ほぼスタート地点に陣取って動かなかったラヴィーニアを一瞥する。

「本当にタチの悪い奴だな、まさか糸(・)を使って味方を操りながら戦うとは。しかも普段の糸と違う匂いの無い、太さも違う奴を使っているところがまた忌々しい」

「あらァ? やっぱりバレちゃったのォ? ホント面倒な奴ねェ……」


 口元に手の甲を当ててくすくすと笑っている彼女、観客席全員が目を凝らしてその手元を注視しているが、それでも恐らく誰も見えていない糸が張られているのだろう。その糸に魔法を撃ち込み、ベルのバランスを崩したという事か。


 大きく息を吐いたラヴィーニアが体を解すように腕をぐるりと回すと、何かを察したように大きく後退して、アリヤ達と並ぶように合流をしたアナスタシアが身構える。ベルを抱きかかえたまま、フォニアもラヴィーニアと合流を果たしたところでベルを降ろした。


「ベル、フォニア、まだ隠しておくつもりだったけどォ、アイツにバレちゃったしィここからは全力でいくわよォ」

「リョーカイ!!」

「合点!!」


 仲間へと視線を送り、何かを始めようとしているラヴィーニアの言葉に即座に反応をするフォニアとベル。一声返してそのまま三人が待ち構えている場所へと駆け出した時、蜘蛛の脚からトロル襲撃の際にも見た青い魔法陣が生み出された。


 その青い光に呼応するように二手に別れたフォニアとベルが待ち構えている三人を挟み込むようにして二方向から迫った時、舞台上にある異変が起き始めた。


「何じゃありゃ……」

 地面から生えてくる、日の光を反射する青い大きな柱。


 漂う空気と以前見た魔法陣から氷で出来ていると分かる氷柱があちこちに生み出されていき、まるでアナスタシア達を囲む氷の檻のような空間が作り出されるとベルとフォニアの動きが先程とは別の次元へと様変わりする。


 それはまさに縦横無尽という言葉の通りに飛び回り、まるで重力を感じさせない動きを見せるとありとあらゆる方向からの攻撃の雨がアナスタシア達に降り注ぎ始めた。


 前方からベルが槍を突き出しながら飛来し、アリヤがそれを受け止めて返す刀で剣を振り上げるとベルはもう上空へと消えていて、その隙を突く様にフォニアが斜め後ろから刀を振り下ろす。


 そしてそれをアナスタシアが細剣で受け止めてカウンターを、としたところへ別の方向から氷の刃が彼女の顔に目掛けて迫り、襲い来る氷の弾に槍を突き刺して砕いた頃にはもうフォニアはそこにおらず、彼女はそのまま別の場所にいたフロウの元へ攻撃を繰り出していた。


 高速で降り注ぐ攻撃の雨、あらゆる角度から襲い掛かる攻撃と予想の出来ない回避方向とその回避手段にアナスタシア以外の二名が苦戦していて、皮膚を切り裂くような一撃を浴びてしまい、傷は浅いようだがアリヤもフロウも出血をしていて赤い血が滴っている。


 治療班の目がぎらりと光ったのは言うまでも無い。


「ふぅむ、成程……」

「どうしたんですか? 魔王様」


 隣でしゃくしゃくしゃくとやっていた手を止めて何かを考え込んでいたように顎に手を置いていた魔王がぽつりと呟いた。

「いやあ先程と今、何故あれ程動きが違うのかなと思っていたのですが、答えはあのあちらこちらに生やした氷柱にあるようですな」

「あの氷の柱に何か……?」


 彼が指差した方向にある氷柱、真夏に欲しくなる涼やかな見た目のそれを見て疑問を口にすると、魔王が不敵に笑い頷いた。


「あのアラクネ君は自身の糸を使い仲間を自在に操っていますが、最初は何本もの糸を巧に使い速度や方向を変えていただけの平面的な物でした。しかし、今はあの氷柱を作り上げた事で糸に角度や高さを生み出してあのような立体的な動きを創造しているのです。素晴らしい技術の粋を見せながら自身も魔法を繰り出したりと、アラクネの闘い方を一つ進化させてますなぁ」


「それに」とツマが魔王の奥からこちらへ顔を覗かせた。

「その操られているあの二人も素晴らしいですわ。不規則としか言えないその動きに合わせて体勢を作り武器に力を込めて振る、それがどれ程難しい事か。あの子達の動きも見惚れてしまいそうですわ」


 舞台上に生み出された氷の檻の外、妖しく笑い指を動かし続けているラヴィーニアのやっている事とベルとフォニアの身のこなしがどれ程の物かと、魔王夫妻の言葉を聞いていた観客席からは感嘆の息が漏れる。


 彼女達の活躍、その中心にいるアラクネの長女が魔王達に褒められた事で、ドヤ顔で俺にアピールをしているシスコンの次女が鬱陶しい事この上ない。


 がちんという音が響き、舞台上に目を戻すとベルの槍にフロウが喰らいつき、その動きを制限するようにギリギリと力比べをしている。好機とばかりにアリヤがベルに向かい剣を薙ぎ払った。

「モラッタァッ!」

「そうはいくかー!!」


 別方向から飛び込んできたフォニアにアリヤは剣を激しく打ち落とされると、そのまま槍を咥えていたフロウが蹴り上げた。

「ギャウッ!」

「今度はこっちの番だー!」


 蹴りの威力に負けて槍を放したフロウと、落としてしまった剣を拾おうとしたアリヤに襲い掛かる氷の刃、それに続く二つの攻撃を避けられる状態にない二人を助けたのはアナスタシア。


 即座に前へと躍り出ると細剣で氷を粉々に砕き、迫るフォニアとベルの両者を薙ぎ払うように槍を大きく振ったが直前に方向を変えた事でその攻撃を回避されてしまった。


 既に遠くに離れた相手の二名を強く睨んでアナスタシアが一つ舌打ちをすると、声高に叫んだ。


「アリヤ、フロウ! あの二人は私が相手をしよう! プランミズキだ!!」

「ワカッタ!! フロウ、イクヨッ!!」

「了解!」

「なんかよくわからないけど、させるか!」


 ミズキって何だろう……という事を考えている間もなく、動き始める一人と一匹。


 アリヤとフロウが共にフォニア達とは逆方向に走り出し、何かをしようとするのを妨害する為に腰の短刀を投げ放つ攻撃を細剣が即座に叩き落とす。


「アイツを直接ボコボコにしてやりたかったが、私もホリに新作の槍と剣を作って貰いたいんでな……。悪いがここは勝ちを優先させてもらうぞ。来るがいいフォニア、ベル」


 細剣を鞘に収めながら、二人の前に立ちはだかるように槍を構え直したアナスタシアの後ろでは、振り返る事もせずに一直線に走り始めているアリヤ達。


 ラヴィーニアの対極、舞台の反対側まで走り抜けたアリヤが大地を思い切り踏みしめるように足に力を込めて、鳥が飛び立つように思い切りその場で空へ向けて高くジャンプすると大きく叫んだ。


「パイルダーァァァア!!」


 ちょっとまって!? と思いながらもう一匹の疾走する森の幻獣が氷柱を蹴り飛ばすようにしてアリヤへ向かって続き様に飛翔してまたも大きく叫んだ!

「ウォォォォン!!」


 空高く、檻から解き放たれた二人が空中で合体をして反転すると一気に氷の世界を駆け抜けていく。


 彼らは他に目もくれず一直線にラヴィーニアを狙う。

 ただアリヤがフロウに跨っただけなのに、俺の脳内では何故か勝手に機械的な効果音が再生され、赤いスカーフを巻いた男性が力強く叫ぶ声が聞こえてきそうになっている中、先程まで自分達を追い詰めていた乱立する氷の柱の中を疾走していくアリヤとフロウ。


 それを許すまいと立ち塞がろうと転身する動きを見せたベルとフォニアだったが、白銀の凶駿と一部で言われていた女性がまるで目覚めた獣のようにその片鱗を見せるように暴れ始める。

「ウォォオオオッッ!!」


 彼女はベルとフォニアに向かい、手近にある大きな氷柱を一本一本槍で殴り始めて……! その根元からへし折った氷柱や氷の塊を敵に向かって殴り飛ばし出した!


 その暴れっぷりは凄まじい、お日様の光を浴びているキラキラとした氷の破片が空を舞い「キレイだなぁ~」とぼんやりなどはしていられない。

 氷柱からさらに砕かれて相手に牙を向けるその氷の礫は観客席にまで飛来してあちこちに被害を生み出しているからだ。


「ヒィィッ!!」

「あぶなぶほっ!!」

 俺は指をピンと立てた魔王の傍にいる事により、拳大の氷の塊が飛んできてもバリアー的なナニかで守られているのでまだ安心だが、隣にいたリザードマン達や後ろに座っていた料理班の子の中には既にその被害に見舞われている者がいる。当たり所が悪かったのだろうか、気絶している者まで。


 阿鼻叫喚の図となった観客席の事など全く、毛ほども気にしていないアナスタシア。

「フゥハハハッハハハハ!!」


 全く表情を変えずに高笑いをしながら、凄まじい勢いで氷柱が一本、また一本と彼女により砕かれ、そしてそれが弾丸となってベルとフォニアに襲い続ける。

「完璧悪役やんけ……!」

「クワァッ!」


 正直な感想を呟いている内にまた一人、氷の弾丸によって気絶した子を魔王の背後へと避難させた俺は一応頭部保護の為に鉱石の鍋を被っているので、致命傷は避けられるだろう。同じような物をシーやマリエンなど小さい子には被せておいたのでまだ安心。


「素晴らしい力と技量ですわね、あのケンタウロスちゃん。確か、アナスタシアちゃんと言ったかしら? 私が面倒を見たらもっと強くならないかしら……?」

「ママ、アレならサンカンオー狙えると思うよ」

「腰の入った良い振りしておりますからなぁ……」


 休日に家族で野球観戦をしているような会話をしているこの一家の後ろにまた一つ気絶した者を運び込む中、舞台上での動きに少し数が減った観客の声が沸く。


「ラヴィーニア、オカクゴ!」

「アリヤ、もォう面倒ねェ……ッ!」


 アリヤとフロウの二人がラヴィーニアへと一気に詰め寄り急襲すると、そこから一段と速さを上げた。先程までのベルとフォニアが見せていたような立体的な素早い動きとはまた違う、ただ純粋な速さ。フロウが舞台上を駆け巡る異次元のような速度を見せる中で、隣の会話は止まらない。


「いい脚力、中々の速さをしておりますなぁ」

「あれなら世界のトウルイオー狙えるね」

「モーションをもっとこう……」


 空気を切り裂くような音を生み出しながら移動をするフロウの本気の速度が生み出す動きに合わせて振り抜かれるアリヤの剣が少しずつ、少しずつラヴィーニアの体を守る鉱石の部分装甲へと攻撃を繰り出し始め、右へ左へと立て続けに続く脚への攻撃により甲高い音が鳴り響き続けていく。


「クッ、このォッ!!」

「アアッ!!」

 その速度の乗ったアリヤの一撃により大きく後ろ脚を払われ、バランスを崩したラヴィーニアが歯を食い縛るようにして踏ん張り、右手を払う素振りを見せるとアリヤの武器が空高く飛んでいき、そのまま場外へと飛ばされて落ちてしまった。


「武器は頂いたわァ! 捨てちゃったけどねェ!!」


 そしてラヴィーニアが先程と同じ様に脚に、今度は手にも青い魔法陣を生み出した時、アリヤ達の後方から大きく叫び声が轟いた。

「アリヤッ! これを受け取れぇ!!」


 一際大きな氷柱をベル達へと撃ち出したアナスタシアが鞘ごと細剣をぶん投げた! 隣のほのぼのとした家族会話のせいで咄嗟に脳内に「レーザービームだ!」と思い浮かんでしまったのは仕方がない事だろう。


 矢のような速度で飛び込んできた剣を受け取り、鞘に入ったままの状態の細剣を構えてアリヤとフロウが更に速度を上げてラヴィーニアへと真正面から向かって剣を振り抜いた。

「チェストォォォオオッ!!」

「ウグゥッ」

 会場全体にその一撃による打撃音が大きく響き、吹き飛ばされるラヴィーニア。

「ウワァッ!?」

「ワォンッ!?」


 だがその一撃によって吹き飛んだのは彼女だけではない、そのまま駆け抜けようとしていたフロウと剣を振り抜いたアリヤも何故かそのまま場外、奥の建物に吹き飛んでいった。


 一体何が起きたんだ!? と吹き飛んでいった三者を見ていると、隣のほのぼの一家が息を漏らしている。


「おお、最後にまさかあのような行動に出るとは。あのアラクネ君、中々の気合を見せますな」

「ええ、咄嗟に糸を相手に絡みつけて自分と一緒に相手も道連れ、美を感じさせる潔さですわ」

「モウコダマシーを感じさせるんだ」


 俺はもう流石に居ても立っても居られないので、そのまま観客席から三人が吹き飛んでいった控室のある建物へと走り出していた。氷の礫が襲い来る中、俺の後ろには既に頭に鍋を被ったペトラが大きなカップに薬草汁を抱えて俺に追随している。仕事が早い人ってステキ。


「アイタタタッ、アリヤ、フロウ大丈夫ゥ? ごめんねェ、道連れにしちゃったッ」

「モガガガガッ! モゴゴゴゴッ」

「イタタッ、ラヴィーニアこれ解いてよっ!」


 頭を押さえて起き上がるラヴィーニア、そして身動きが取れないように何かが巻き付いているフロウ、これが最後にラヴィーニアがやった抵抗の跡か。

 そしてそのフロウの身体に頭を押し潰されるように下敷になっているアリヤが手足をばたつかせている。


 アリヤを救出して全員の怪我の様子を確かめる、どうやらラヴィーニアを除いて怪我は擦り傷切り傷が中心なのでペトラが薬草を塗り込んで処置を済ませた。


 戦闘時にもらった攻撃よりも痛いという評価のソレは効果絶大で、臭いの方も進化を遂げている事から咄嗟に逃げようとしたフロウは糸により足をもつらせて、その場から動けなくなったところをそのまま健康にさせられていた。


「もォう、ホントアイツ滅茶苦茶するわねェ……」


 呆れるように笑っている彼女の視線の先には最後の氷柱を砕き終えたアナスタシアが槍を一度振り払い、ゆったりとした歩調で一歩一歩と静かに相手の元へと歩き始めた。


 ベルもフォニアも氷の弾丸に被弾していたようでベルは額から血を垂らし、フォニアは片腕をだらりと力無く落としている。


「さて、と……。目障りな物も無くなった事だし、確実に勝たせてもらうぞ。何、何本骨がへし折れてもあの薬がある。大丈夫だ、心配はいらんぞ」

「心配しかないよ……。おかしいでしょ何でそんな狂暴なの!? オーガよりオーガしてるよアナスタシアさん!」

「絶対、頭ノネジ飛ンデルヨ!!」


 そう叫びながらごしごしと垂れてくる血を拭い武器を握り締めるベルと、片腕で新たに短刀を抜いて構え直したフォニアにまた一歩、アナスタシアが歩み寄る。


 ふう、と隣から一息つくような音がすると、ふらふらとした頼りない足取りで舞台の傍まで行くラヴィーニア。やはりどこか怪我をしているのだろう彼女が舞台に肘をついてゆっくりと手を挙げると舞台上へと声をかけた。


「審判さァん、私達降参するわァ」


 その突然の宣言に武器を構えていた二人は驚き、アナスタシアが見つめる中でラヴィーニアの発言を聞いたヒツジィが高く手を挙げて宣言した。

「ベルチーム棄権により、勝者、アリヤチーム!」


 歓声が少し人数の減った観客席から出ると、静かにこちらへ戻ってくるラヴィーニアへ向かってベルとフォニアが走り込んできた。

「ラヴィ姉さんどーして! まだ私達やれたよ!?」

「ソウソウ! ナンデナノ!?」


 コツンとベルの額を指で弾き、フォニアのだらりと下がった腕の肩に手を添えたラヴィーニアが笑みを浮かべている。

「アウッ」

「いたたたたっ!」


 弾かれた頭を押さえるベルと肩口を握られている事で顔を歪めてしまっているフォニア。ベルは氷の礫で切ったのであろう額から出血が止まらない様子だし、フォニアももしかしたら見た目以上に重傷なのかもしれない。


「二人が無傷ならやらせたけどねェ、無理はだめよォ? それにこれはホリが用意したお遊び、本気の殺し合いじゃないわァ。また次頑張りましょォ?」

「うう、面目ないよぉ」

「アッ、アッ、アッ」


 たらたらと垂れている血を見て既にベルは肩を掴まれて逃げられない状態にされている。場所が場所だからなぁ、痛そう……。

 フォニアも隣で慌てふためくベルの様子に悲哀の表情を浮かべているが、ペトラの目が光るとすぐさま怪我をしていない方の肩を力強く掴まれている。


「二人共! 傷を見せてさぁ! ラヴィーニアさんはそのままポッド様のところへ行って見てもらってください!」

「はァい。フフ、助かっちゃったのかしらァ? 二人共、頑張ってねェ」

「そんなぁ?! 私もそっちがいいー!!」

「アッ、アッ……、アァァー!!」


 ばしゃりと薬草汁をかけられた途端に意識を失ったベル、そしてその惨劇を見て逃げようと何度も試みているががしりと掴まれた腕が解けないフォニアは観念したように抵抗の力を弱めると、口の中に薬草汁を注ぎ込まれて意識を失った。


 蹄の音を立てて舞台上からアナスタシアが近づいてきた。

「いい戦略だったが、我らの方が一枚上手だったな。流石、とだけ言っておこう」

「もォう勝ち誇っちゃってェ腹立つわァ……、まぁいいわァ。ホリ、歩くの辛いからァ荷車でお爺ちゃんのとこまで連れてってェ」


 ふらふらと俺の近くにやってきた彼女がそう告げてその場に座り込んだ。余裕があるように見えるが、時折痛みに顔を歪めているしダメージは大きいのだろう。

「お、おう……。ラヴィーニア、残念だったね。アナスタシア勝利おめでとう、色々凄かったよ」

「うむ! 私には優勝しか見えていないからな! ホリも私に渡す槍のデザインを決めておいてくれていいぞ!」

「浮かれちゃってェ……。足元掬われるわよォ、そんなんじゃァ」


 そこからいつものようにあれこれと口論をしているので、今の内にと鞄から荷車を出してラヴィーニアを輸送する準備を済ませた。


 ケンタウロス達に運んでもらおうと最初は思ったがすぐに二回戦が始まるし、試合観戦をさせてあげたいという気持ちもあるので俺一人でポッドの元へと彼女を運ぶ事にした。


「イタタッ、ホリィ、もっと優しくゥ」

 道中は整備してあるが急いでいるのもあるし、人を運ぶ道具ではない荷車の振動で彼女が痛みを訴えている。我慢してもらうしかないのだが……。


「ご、ごめんごめん。人を運ぶのに慣れていない物で……。ん? 何かエロいな今の一言、最後の部分をもっかい言ってくれる?」

「ばーかァ」


 くすくすと笑っているので、そこまで深刻な状態ではなさそうにも見えてしまう彼女が荷台のところで肘をついて手に顔を乗せると大きく息を吐いた。


「あーァ、負けちゃったかァ。結構頑張ったのになァ」

「それでも凄かったよ。圧倒されちゃったもん、ラヴィーニアってあんなに強かったんだね。いや弱いって事はないだろうと思ってたけど、想像以上に強くて格好良かったよ。今回は残念だったけどね」


 道中荷車を引いてトンネルを抜ける、もう少しでポッドのところへ辿り着くときにチラリと後ろを見たら彼女はにこにことした様子でこちらを見ている。

「格好良かったァ?」

「うん、格好良かった」


 そっかぁ、と呟いて彼女が楽し気に笑っている内にポッドの元へついた。手を貸して荷車から降ろし、ポッドの前に連れていくがやはり不安なのでしばらく残るとしよう。


「ポッド、早速の怪我人だよろしく!」

「ほいほい、なんじゃアラクネの嬢ちゃんか。意外なのが最初に来たのう、ちょっとまっとれ」


 うねうねと木の根が彼女の体のあちこちに巻き付いていく。ただ、俺はその巻き付いていく根に多少の怒りを覚えた。


「おい、ポッドどういう事なの!? 相手はラヴィーニアやぞ! もっとエロい感じで巻き付けよ! なんで首から下丸ごと根で包んで面白状態にしてるんだよ! 薬草汁樽でかけてやろうか!!」


 俺の沸き上がる感情をぶつけられて、困惑したようなポッドと上半身を大きく包むように木の根が巻き付いているラヴィーニアが爆笑している。見れば脚の方も数本木の根が巻き付いて光を放っているし、結構な怪我をしている事が察せられた。


「何を言っとるんじゃお前は……。こうした方が怪我の治りもええ、いつもやっとるじゃろ? 上半身の骨に何箇所か罅《ヒビ》が入っとる。脚の方もかなり痛めておるようじゃ、すぐに治してやるからだまっとれぃ」

「フフ、残念ねェ。ホリ、ちょっとそこに座ってェ」

「ん? ここ?」


 ポッドに詰め寄っていた俺にそう告げた彼女は俺がその場に座り込んだのを確認して数回頷くと、そのまま俺の太股に頭を乗せて満足そうに微笑んだ。


「いよォし、暫くそのままでいる事ォ。はい、撫でるゥ」

「いやまぁ構わないけどさ」


 上機嫌に笑っていた彼女がふうと息をつき少し表情を落ち着かせる、俺は彼女の指示の元白い肌を際立たせるような赤い髪を撫でているとちらりと視線を向けてくる。


「負けちゃったなァ……。優勝賞品欲しかったのにィ」

「あれ? でもラヴィーニア、武器とか使わないよね? 何がそんなに欲しかったの?」


 遠くの方から歓声にも似た声が聞こえてしまいそうな程に静かなトレント達のいる場所でじっと見つめられ、次に彼女は小さく微笑みそのまま目を瞑って黙ってしまった。教えて貰えないようなので、その静かな空間でのんびりとやっていると木の根が静かに地中へと戻り始めていく。


「おう、終わったぞ二人共。嬢ちゃんは暫く戦闘するなよ、まだ痛むかもしれんしの」

「はァい。ありがとうねェお爺ちゃん」

「よし、それじゃあ戻るとしようか。歩ける?」


 起き上がり体のあちこちの様子を確かめている彼女が、一通り柔軟のように手足をぷらぷらとさせて頷いた。

「大丈夫よォ、ペトラのお世話にならなくて助かったわァ」

「えっ? 何言ってるの? 後で飲ませるに決まってるじゃん」

「エェ!?」


 ポッドにお礼を言って闘技場へ戻る道中、力の限り健康をアピールしてきたラヴィーニアだったが、怪我人は怪我人。俺の意志が固いと見るや諦めて、次は量の交渉に移る彼女。

 カップ一杯分の半分という量を勝ち取ってガッツポーズをしている彼女だったが、俺と交渉してもペトラが無理矢理飲ませてくるに決まっているだろうに。


 俺の想像通り、闘技場に戻り次第ペトラに薬草汁をお見舞いされた彼女を何とか観客席にまで連れて行ったところで丁度試合が終わり、ゼルシュやペイトン、オレグが槍を掲げて雄叫びを上げていた。


 これでベスト4が出揃い残っているのは今舞台の上にいるペイトン達、レイ達、リューシィ達、そしてアリヤ達のチームと。

 ここで再度抽選をやり、次の試合はペイトン達対リューシィ達、そしてレイ達対アナスタシア達という事になる。


 負けてしまった前評判が高かったチームもそうでないチームも、観客席でしゃくしゃくしゃくしゃくとやりながらあれこれと次回の大会に向けての改善案を話し合っている。

 次の試合の予想を立てている者達もいるが、その内容に聞き耳を立ててみるとやはり名前が挙がる筆頭候補アナスタシアやアリヤ、フロウのチームが優勝に一番近いという意見が多かった。


 だが、そんな意見を出している者達ももし波乱があるとすれば次の試合、対するレイ達が一番その牙城を崩せると期待に胸を弾ませてしゃくしゃくとしている。


 ここまで大きな怪我人は気絶して膝の上に頭を乗せている彼女以外いない、その事にほっと胸をなでおろしながらやってきたのはゼルシュ、そして続くようにして入ってきたオレグ。両者共に気合の入った眼差しを見せて歩いているが、それに続いて入ってきたペイトンの姿が観客席にどよめきを齎せた。


 胸当てくらいしか着けていなかった先程までと違い、以前に作ったペイトン専用の装甲鎧がパメラとペトラにより改修され、目深に被ったフードからなるその出で立ちはまるでアサシンをクリードしそうな装い。


 いやぁ、やっぱりかっこいいなあの状態のペイトンは。と俺やパメラが見惚れているとそのペイトンを見て魔王達も興奮を強めている。

「な、何ですかなあの出で立ちは……、渋いですな……!!」

「あのオークさん、装備をここに来て変えてくるなんて……! しかもこう、心の中の何かを擽る装備ですわね……!」

「ワタシアルタイルよりアルノ派だからなぁ……」


 色々危ない観客席の会話を無視して舞台上へと再度注目すると、入場してきたリューシィ、レリーア、カーリン、チーム気が強いのメンバーも気合は十分といった様子。じっとゼルシュを見据えていたリューシィが舞台上のゼルシュの前まで行くと、拳を前に軽く突き出した。


「ゼルシュ、今日こそ……、今日こそ私が勝つわ!」

「リューシィ、悪いが勝ちを譲る事は出来ない。残念だったな」


 尻尾を振り上げて牙を見せ、戦意を溢れさせる両者。


 リューシィが仲間の元へと戻ったタイミングでヒツジィが間に立ち、全員が見守る中で手を振り上げ勢いよく振り下ろしながら大きな声で叫んだ。


「試合、始メェ!!」


 かき氷、俺も貰って来ればよかったな。

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