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魔王様、顔怖いです。  作者: ふかづめ
生活の質を上げよう
105/142

第105話 カットです

 準決勝の試合が終わり思う事はただ一つ、やっぱり嘆きの山の鉱石はズルイと。


 ペイトン達もリューシィ達も強い事は何度もこの目で見て知っている。そして防御の要としてこの試合から本気を出したペイトン、彼につけられた鉱石の防具がどれ程の物かと再認識させられる程だった。


 安全なのが良い事なのは当然だけども……。

 ありとあらゆる方向から迫る攻撃を受け止める壁・盾役(タンカー)としてペイトンが相手の攻撃を一身に喰らいながらも相手の繰り出してきた攻撃へと掴みかかると、そのまま力強く吠え最初はリューシィが。続いて巨体のアラクネですら場外へと投げ飛ばされてしまい最後はカーリンがオレグとゼルシュに挟まれる形で攻撃を喰らい続けてリングアウト。


 あっさりとした試合内容とそのやり方に流石に酷いのではないかと、観客席からはブーイングの嵐。しかし彼らの目にはその声に心を挫けさせてしまうような弱い光は感じられない、どうやら優勝賞品を目指して一直線の意志は固いのだろう。


 ズルイとは思うが、あれはあれで簡単に出来る事じゃない。

 ペイトンの胆力も、そのペイトンを信じて行動するあの二人も、ただ勝つ事を考え抜いた結果に生まれた戦法の一つだ。むしろ尊敬できる事の方が多い、ビビリとしては。


 少なくともどれだけ硬い鉱石に身を包まれても迫り来る刃物を体で受け止めるという真似は俺には満足に出来ないだろうし、俺にレリーアを投げ飛ばす力があってもペイトンのようにそれを完璧に全う出来ない。


 きっちりと勝ちを収めていく彼らのやり方、嫌いではないんだけどなぁ……。


「もう! もう!! 納得できなーい!!」

「すまんな、リューシィ。どうしても俺達は勝ちたいんだ、今度何か一つ言う事を聞いてやるからそう怒らないでくれ」


 ばしーんばしーんと地面を尻尾で叩いて、納得のいかない敗北に怒りを見せているリューシィ、彼女の頭を撫でるようにしてゼルシュがそう言うと彼女はそれまでの感情がふっと消え去ってしまったように尻尾を下ろした。


「ホントに?」

「うむ、だからそう怒るな。機嫌を直してくれ。ああ、でも俺に出来る事にしてくれよ。怪我をするような事も無しでな」


 リューシィが期待に顔を輝かせて少し楽し気に考えて唸っていたが、何かを思いつくと小刻みに尻尾を震わせ、何かもじもじとした動きをしている。



 何故かはわからない、どうしてかと説明するような事は出来ない。


 きっとこれは神の天啓。

 神が今すぐに行動しろと言っている、そして奴を潰せと。


 俺は即座にペトラの手元から薬草汁が少量しか入っていないカップを半ば強引に奪い取り、速足で彼らの元へと急いだ。


「じゃ、じゃあ今度、二人っきり「リア充警察だ!! 口を開けろ!!!」で……」

「ふごぉっ!?」

 背後からゼルシュに襲い掛かり、カップの中身を注ぎ込むとぱたりと下手人は倒れ、世界の平和は守られた。


 呆けているリューシィに笑顔でサムズアップすると軽く涙目になりながら牙を見せるようにして威嚇してくる彼女と白目を剥いて倒れているゼルシュを残し早々に立ち去る。


 ふぅ、これでよし。何かはわからないが、最善は尽くした筈だ。


 緊張した面持ちのリューシィに膝枕をされて眠っているゼルシュを見て、「あれ? むしろ逆効果だったのでは?」と思ったが、意識が戻り次第薬草汁を顔面にかけて目を潰す予定なので問題はないだろう。


 次の試合出場までにゼルシュが起きなかったら水を飲ませれば多分起きるだろう、彼の事はまた後で考えるとして次ぐ試合の片方のチームが姿を見せて来た。

「いよいよか、やるぞー!」


 大きな声で体を伸ばすレイが歩いているが、今日も立派なあの何とは言えないシロモノに目がいってしまう。何だあの兵器は! 鉱石よりも凶悪な物をお持ちでらっしゃるな! 眼福です!


 俺が舞台上へと祈りと感謝を捧げていると、隣から唸るような声が聞こえてきた。見れば魔王がなぜか汗を垂らし、何かを堪えるように歯を食い縛っている。


 視線を少し下げると万力のようにギリギリとした音を立てている彼の腕に指が絡みついており、どうやらレイの何かを見て少し鼻の下を伸ばしてしまったのかもしれない彼を戒めている。


 その腕の音と魔王の奥にいる女性の笑顔で全てを察した俺はそのまま何も言わずに舞台上へと意識を戻しておいた。触らぬツマに祟りなし、頑張れ魔王。


 程無くして試合が始まったのだが、試合の流れがどうにも膠着状態になりやすい。


 レイとアナスタシアは殆ど一騎打ちのような形で主導権を譲らず、だがいつもと違うなと感じさせるのはアナスタシアの表情と動作。


 腰の細剣に手を伸ばすような事を一切せずにしっかりと両手で槍を握り締めてレイの繰り出す一撃、一撃を歯を食い縛って全身の力を籠めるように受け止めている。


 それだけの重さを感じさせる攻撃を受け、それでも攻撃の手を緩めないアナスタシアの繰り出す一撃をレイが躱し、そのまま袈裟に剣が振り抜かれるとまたも響く鈍い衝撃音。


「ぐっ、このっ!!」

「うっ!? まだまだっ!!」


 一度剣が振られると、槍とぶつかり合う衝撃の余波のような物が観客席にまでやってくる。そう感じてしまう程の一打を、少し眉根に力を込めて受け流し、返しに槍が一閃される。


 レイはそれらの攻撃をこの試合から腕に着けていた盾を巧に使い、顔、首、腹へと刺し込まれた槍を受け流す、そして大きく一歩前へと踏み込んで全身の力を注ぎ込むように剣を振り上げると再度轟く鈍い音。


「ぐぅっ、全く、馬鹿力が……ッ!」

「モォ、貴方に言われたくないわよ!」


 赤と青の双眸が強く睨み合い攻める手を止める事はなかったが、互いに攻めてはいるものの、決め手となる攻撃は潰し合っているので激しい撃ち合いになってはいるが、有効打が入らないレイとアナスタシアは長期戦の様相を呈してきた。


 そしてアリヤとフロウがア(・)ノ(・)合体をしてオラトリとシーに高速戦闘を仕掛けているのだが、最小限の動きでオラトリがそれをいなすと、彼女の影から逐次いやらしい攻めを見せているシー。


 それにしてもアリヤは凄いなぁ。

 あのフロウの速度に振り落とされるような事にもならず、状況判断もしながら攻撃を繰り出す。

 そしてその速度に対応するオラトリやシーも。


 正直言うと、半分くらい何が起きているかわからない。

 舞台上のあちこちで甲高い音がするのはわかるんだけども……。観客席の方でもその高速戦闘により、あっちを向いたりこっちを向いたりとしているが、それでも目で追い切れていない者もいる。勿論俺には殆ど見えないので、雰囲気を楽しむ事にしているので問題はない。


「ふむ、中々いい戦いですな。辛抱出来なくなった方がピンチに追い込まれそうな試合運びですが」

「ええ、鍛錬の成果なのでしょうね。目の離せない展開ですわ」

「おー、スバヤーイ。そこでインド人を右にー」


 かき氷を食べ切り、今は楽し気にワインを片手に試合を見ている魔王夫妻。ムスメはホントに見えているのだろうか? 

 息を飲んでしまうように観客が見守る中、白熱する舞台上の応酬は続き、両者が疲弊の色を出し始めてしばらくした頃にレイが何かに気付いて大きな悲鳴にも似た声を出した。


「あぁっ!?」


 舞台上の剣戟の音が響き続けている中で異質な悲鳴をあげた物が。


 勝利の明暗を分かつ要因はどうやら両者の持っている武器の違い。


 レイがそれに気づき叫びを上げた時には既に遅く、それまで行われた夥しい数の槍と剣の応酬と、自身の剛腕と相手の膂力に武器の方が先に断末魔の悲鳴と共に罅が入り、そのまま砕け散るように折れてしまった。


 それと時を同じく、もう一方の戦闘にも同じ様な終焉を迎えるようにして決着が着こうとしている。


 実力が拮抗しているように見えた両チームの試合、大勢を決したのは武器によるもの。


 あまり良い素材を使っている訳でもない、資源的にも設備を十全に使える環境でもない、それでもフォニアがあれこれと考えて、うまくやり繰りして作り上げている彼女の武器と、強度において並ぶ物がない鉱石を使った槍。

 そしてアリヤの持つ何不自由ない環境で作られたドワーフの自慢の剣とでは、最初に悲鳴を上げたのはフォニアの武器だったようだ。


 オラトリが少し悲し気に自身の武器に目を落とし武器を悲し気に握り締めている、視線の先には切っ先が無くなってしまっている太刀、元あった切っ先は舞台上に転がっている。


 以前にグスタールのハゲが言っていたなー。『あの太刀は長期戦には向かない武器だ』と。それも大きな要因としてあるだろうな。


 肩で息をしているアリヤと、あちこちに怪我の痕が見えるフロウはそれでも相手の挙動を見据えているが、周囲を一度見回したシーがオラトリへ歩み寄ると一度笑顔を見せて首を横に振った。


「そう……、ですね。残念ですが我らの負けのようです。ああ、やはりゼニガタを持ってくるべきでしたかね? 申し訳ない、シー殿、レイ殿」


 自身の武器を握り締めて苦笑いを浮かべるオラトリに、シーが笑顔で応えるとその場へレイも駆け寄った。彼女も善戦をしていたが、やはりあちこちに怪我を負っている。


「まぁ、こればかりはしょうがないわね。二人が続けるつもりなら私もなりふり構わず全開でいこうと思っていたけど、シーちゃんの言う通りここは棄権しましょう」


 目が黒い状態に戻っているレイが笑顔で二人にそう語り掛けて、彼女達は棄権を申し出た。試合が終わり、舞台上で握手をしている彼女達へ観客席からは熱い声と拍手。


 先程まで罵声にも似たブーイングが起きていたとは思えない程だが、とうとう決勝戦。と、その前にアリヤ達の休憩と観客達のトイレ休憩を挟む形にして時間を作り、ラヴィーニアの頭を膝から降ろしいそいそと観客席から飛び出すように用を足しに行き、それを済ませた後に席に戻る。


 その道中で俺の手中にはばっちりとかき氷、これで時間までしゃくしゃくとやっておこう。


 魔王達のお土産の果物で作ったシロップもいい出来だな、と味を堪能していると、同じようにかき氷を片手に現れたシー達。全員が疲弊した顔を浮かべているが、戦闘時よりもそれが強く感じられるのは薬草汁の衝撃が強かったからだろう。


 あれ……? 薬草汁最強って事は、ペトラが最強なんじゃ……!?


 頭の中に出てきてしまった疑問を振り払い、彼女達を労う。


「三人共お疲れ様、惜しかったね」

「うーん、悔しい! まだまだやれたのになぁ……。あっ、これ美味しいわね。次この色の奴をスライムちゃんに貰おうっと」

「まぁ今回は仕方ありませんね。む? シー殿の奴も中々……」


 悔しがる三人がお互いのかき氷の味を確かめ合いながら先程の試合について気付いた事や次回への対策を考えている中、とうとう団体戦最後の試合となり先程までの白熱した試合の勢いもあってか観客席も熱気が高まり続け、一層賑やかになって決勝戦を待ち望んでいる。


 下馬評はほぼアリヤ達のチーム、観客の大概は間違いなく優勝だろうという意見。


 そんな意見は関係ないと登場するゼルシュ、ペイトン、オレグ。


 気合というよりは鬼気迫るといったその三人の普段とは違う様子に期待が募ってしまう。ゼルシュが真面目になるだなんて……何時振りだろう? まだサウナと熱湯で神経焼き切れてなかったんだな。


 迸るような戦意を彼らが建物へ向けると、その視線を一身に受けて登場したのは白銀のケンタウロス。


 ここまで激戦をくぐり抜けてきたというのに、普段と何ら変わりのない佇まいで一度舞台上の彼らを一瞥すると静かに歩き始めた。

 そして続くように入ってくるアリヤ、怪我の方も問題は無さそうだ。フロウの方は薬草汁にやられてしまったのか少し元気がないが、まぁ大丈夫だろう。


「ベルとシーはどっちが勝つと思う? やっぱりアリヤ?」

「ハイ!! 優勝シテホシイデス!」


 ベルは即座に頷いてきたが、それとは別にシーが少し考え込むように口元へ手を当てて首を傾げていた。そして彼はゆっくりと顔を上げてペイトン達を指差した、どうやら彼はペイトン達が勝つという予想をしている様子。


 その意見にベルやレイがあれこれと質問をして問い質すようにしているが、彼自身も何故かはわからないがそんな気がするらしい。


 舞台上、張り詰める空気、一歩一歩と近付いていく両者達。

 そして最後にゼルシュとアナスタシアが握手をした際に彼の尻尾がパシン、と大きな音を立てて地面を叩いた。


「ウォック、今日限りでこの拠点で一番という看板はおろしてもらう」


 ん?

 力強く槍を握り締めて彼がそう言い放つと最初はその言葉に冷たい視線と変わらぬ表情でいた彼女が小さく鼻で笑う。


「お前には無理だ、ゼルシュ」

「俺じゃない」


 んんっ?

 相手を見下している訳でも、軽視している訳でもなく、それが当然というような態度で彼女がそう言い返すと、ゼルシュが首を一度振り、仲間がいる方へと指を差し一層強く相手を見据えて少し笑った。


「うちのペイトンがやる」

「ほう……」


 告げられた言葉に、楽しみが増したように口角を少し上げてペイトンを睨みつけているアナスタシア。その視線に晒されて、表情は被せられた頭巾により見えないが少し首を傾げて頭を掻く様な素振りをしているペイトン。


「まいったな……」


 俺はとりあえず言いたい事がありすぎてパンクしそうだったので、ベルのお腹に顔を埋めて粗方思った事を叫ぶ事によりツッコミたい心をスッキリさせておいた。


「ふぅ、危ないところだった。もう少しでアイツラ全員失格にするところだったぞ……。ありがとうベル、おかげで俺は救われた」

「ハ、ハイ……ホリ様、恥ズカシイカラ、急ニハヤメテホシイ」


 彼に一通り謝り倒して舞台上へと視線を戻すと、ヒツジィが両チームの間へ行き手を掲げた。

「それでは、決勝戦を始めます」


 掲げられた手により、いよいよかとなると舞台上の両陣営が腰を落とすようにしたり武器を構えたりとして開始の声を待っている。


 僅かな時間ではあるが、風の通り抜ける音が聞こえる程に静まり返る空間。百人近い観客が見守る中で、ヒツジィがその掲げられた手を真下に振り下ろすようにして大きな声で叫ぶ。



「試合、始メェ!!」


 序盤は静かな立ち上がりという感じだろうか。じり、じりと足をにじり寄るように滑らせて、お互いの武器の射程を図りながら牽制を兼ねた動きを繰り返し付かず離れずとしている。


 意外だ、この戦いになるまで開始早々にアナスタシアとゼルシュがお互いのチームの口火を切る役割をしていたが、今回は違うようだ。

 それでも緊迫感が高まり続けるその牽制と凌ぎのせめぎ合う均衡を崩したのはやはり、彼女。


 青い瞳を細め、力強い蹄の音が一つ響くと一気に詰め寄り槍を相手に向かい突き出す。見ているだけで体が仰け反ってしまいそうな迫力を伴う一閃に狙われたゼルシュだったが、彼はそれを避ける素振りを見せない。


 それどころか彼女が飛び出してきたのを見て、体を押し出すように前方へ傾け真っ向から飛び込むように全身の力を籠めているとゼルシュの眼前で大きく屈折するように光の軌道が変わった。


 白い衣装に身を包むオーク、ペイトンがゼルシュの側面から鉱石で守られている拳を振り抜きそれを弾くと、迫りくる脅威が去った瞬間にペイトンの背から槍の雨がアナスタシアへと襲い掛かるが、彼女は即座に体を逸らす動きと腕の籠手を巧に使いそれを凌いだ。


 観客席からはその一瞬のやりとりに息を漏らし、一つの歓声を上げたのだが舞台上は少し違う。小さな舌打ちをした彼女の腕を見れば凌ぎ切ったように見えた槍の多段突きにより服の腕の部分を鮮血に染めている。この大会中、ここに来て初めて見せる彼女の負傷。


 ありゃ薬草汁コースですわ……、とペトラを見れば、彼女は既に樽を引っ張り出して薬草汁を用意している。誰かヤツを止めろォ! と思いながらも、再び湧き上がった歓声に視線を舞台に戻せば、フロウとアリヤの前に大きく立ち塞がるオレグ。


「すみませんがアリヤ殿、フロウ殿。私は私の責務を果たさせてもらいますぞ」


 そう言葉にしながら鋭い槍の攻撃を繰り広げるオレグにより、少しずつアナスタシアが孤立していく。


 どこか彼女の戦闘方法と似ている彼、時として腰のショートソードを使い攻撃を繰り出したり受け止めたりと。


 舞台上に距離が出来てからオレグの戦法は専守防衛といった物だった。

 アリヤとフロウが剣と牙で立て続けに攻撃を試みると、それを最小限の動きのみで躱すか受け止めた彼は僅かな反撃に留める動きしか見せずに、相手を倒すという気概のある物ではないように感じさせる。


 かといって、少しでも相手に攻撃以外の動きがあるとそれを牽制、行動を阻害し続けている。いやらしい攻め方、戦闘巧者というような。

 勢いや力強さとはまた違うその戦い方にアリヤとフロウも嫌がっているような素振りや苦悶といった表情で立ち回っている。


「ふむ……」

「どうしたの? アナタ」


 目を細めて何かを凝視している魔王にツマ首を傾げて声をかけている。


「いやぁ、あのケンタウロス君は何を狙っているのかと思いましてね。常に前の対する二人と、遠くでやり合っている仲間を意識の中に入れながら時間を稼いでいるような……。かといってあのオーク君もリザードマン君も大きな魔法を使う素振りは見せていない、はてさて……」


 魔王にも彼らの考えは読めないようだ。

 今また一歩、アリヤ達はリングの隅に後退りするように下がる。普通ならば喰らってしまうであろう二方向からの同時攻撃も難なく避けたり受け流したりと……。そして時折振り下ろされる剣と貫く槍により、また一歩舞台の隅に近づいていく。


「一体どういう事なのだろう?」


 誰が呟いたかはわからない。

 アリヤ達とオレグ、そしてアナスタシアとペイトン達は舞台上のほぼ対極まで離れている。いっそチーム戦ではないと言っても過言ではないようなその距離感には疑問の声が。


 オレグがそうして距離を稼いでいる間にも、ペイトンとゼルシュの二人は果敢に攻める。あらゆる攻撃をペイトンという絶対的な壁が通さず、その壁が作る隙間から縫うように攻め上げる一瞬の突きにアナスタシアが苦戦を強いられているようだ。


 それでも彼らの表情に余裕はない、特にペイトンの疲弊が凄まじい。


 開始してそれほどの時間が経っている訳でもないのに、肩で息をしてフードで全容は不明だが、苦しげに呼吸している様についこちらも力が入ってしまう。

 かといって彼の動きに精細が欠くような事はない、むしろ先程よりも鋭く感じるような。


 恐ろしいまでに集中力を高め研ぎ澄まされているのだろう、アナスタシアがゼルシュの攻撃へカウンターを狙っていると分かるや否や一転、自分も攻め上げる事で意識を常に自分へと向けさせたりとしている。


 ゼルシュはそれを察して槍を途中で止めたり、身体を使って攻撃をする素振りだけを見せてアナスタシアを惑わせたりと、彼女はあの二人の息の合ったコンビネーションに苦しめられ続けている。


 その連携力の高さは、この拠点でも一番と言われるゴブリン達三人と比較しても遜色のない物だと思う。


「アリヤ達みたいだ」と思わず口から出た言葉に、視線を向けてきたベルとシーが首を傾げているが、何でもないよと告げて視線を舞台に戻すと共に、必死に戦う両者につい声を張り上げて応援をしてしまった。


 一方でアリヤ達とオレグは膠着している。

 槍と剣を広げるように、大きな体が更に大きく見えるように待ち構えるオレグと攻めあぐねるアリヤとフロウ。


「アリヤ殿達はどうしてあの連携技をやらないのでしょう?」

「そういえば不思議ねえ。あの機動力なら、オレグを振り切ってアナスタシアに加勢しながら戦えそうなのに」


 そういえば合体していないな。どこかの承認がいる訳でも、空にVの字を描かないと合体できない訳でもあるまいにどうしてなのだろう? 


 オラトリとレイの話にカーリンがふわりと尻尾を逆立てて口を開いた。

「距離だな」

「距離?」


 そのふわりとしている尻尾を優しく摘まむようにもふらせてもらいながら、カーリンの言葉に反応すると、恥ずかしそうにしながらも言葉を続ける。


「わ、我らは最高速に至るまでに少々時間がかかる。あのように付かず離れずに敵が居続け、攻撃をされるとまずそれを振り切る為に細かく移動を続けねばならない。その上あのケンタウロスが常に周囲を見て立ち回り、フロウは圧力をかけられ続けているから全速力を出せないのだ」

「えっ? というかそんな事するくらいなら普通にアリヤが跨っちゃえばいいんじゃないの? なんでわざわざ最高速にならないといけないのさ」


 俺が素直な感想を言うと、何故かはわからないが周囲の者達から呆れるような表情や視線、言葉をぶつけられる。


「ホリさん、正気……?」

「ホリ……、わかってない……」

「合体や変身の演出は浪漫でしょう……? それを省略するような事を仰るなんて……!」

「なんで俺が責められているんだ……? じゃ、じゃあオレグは? オレグも浪漫シーンまでの過程をああして妨害してるじゃん!?」


 あまりにも納得の出来ない謂われよう。オレグを指差してそう言った俺の言葉を聞いて更に彼らは嘲笑うような笑みを浮かべて首を数回横に振り呆れている。

「何言ってるのよ、あれは合体をさせない技術じゃない?」

「マッタク、これだからホリは……」

「納得できねえ……!」


 その後暫くそれらの様式美とその重要性を説かれたが、彼らの意見としては合体や変身を行うのは手順が大事だがそれを妨害するのは技術だからセーフと。


「じゃあ、たまにあるその変身を一瞬で済ませるパターンは? 光り輝いたら変身してましたとか、気付いたら形変わってましたとか?」

「それは太古の昔から賛否両論ですね、賛成派と反対派が口論の末に戦争を始めるレベルですよ」


 熱いこだわりが一人一人にあるのだろう。熱を帯びるようにあれこれと話をしている最中に舞台上にも状況が変わり、アリヤ達は既に舞台際まで追い詰められて背水の陣といった立ち位置。


「アリヤ殿、フロウ殿、甘いですなぁ。そ(・)の(・)ま(・)ま(・)の(・)二人では私には勝てませんぞ? 貴方達にはまだまだ、連携の練度が足りておりませんからな」


 笑みを浮かべるようにそう口にし、剣を鞘に収めて距離を開けるオレグにアリヤとフロウが噛みつくように言葉を返す。


「ナンダトォッ!」

「この……! アリヤやりましょう!! アナスタシアに止められていたけど、もうアレをやるしかないわ!」


 彼らは互いに強い眼差しで目配せをして一度頷く、どうやら合体するらしいが……。

「フフフ、良いでしょう。さぁ、やってごらんなさい!」

「コノォ!!」


 アリヤが剣を構えながらオレグへ向かって飛び掛かる。全身を躍動させて放たれた渾身の一撃だったが、それを難なくとオレグは受け流してしまう。


 しかし弾かれ、受け流された剣と体の勢いを活かす事でアリヤはこの戦いで始めてオレグの背面を取るように大きく位置を変えた。


 仲間の作り出した一瞬のやり取りの隙を見逃す事はなく、オレグの側面にすかさず移動をしていたフロウ、そして背面を取ったアリヤが駆けだしているのを確認すると、後を追うようにそのまま四本の脚が躍動を始めた。


 舞台上に響くのはアナスタシア達が奏でる剣戟の音、そして観客達の息遣いのような歓声に混じる三つの足音。

 アリヤも、フロウもそれには気づいてはいない。彼らはこのチャンスを掴む事に全力を注いでいるから。


「イヨォシッ!!」

 頃合いとばかりにアリヤがしゃがみ込み、足に全身の力を籠めるようにして空高く飛び上がるのを見てフロウもそれを追いかけるように空へと飛びあがる。

 最後の足音が続ける響き渡る音は、アリヤの力強い叫びがかき消した。


「チェェェンジッ! ゲッツァァァア!」

「残念ですが――」


 空に駆けた影が三つ、最後に飛び上がった者によりフロウは既に身動きを封じられるように左の脇に抱えられてしまい、そして今またアリヤも同じ様に絡めとられるように腕が胴体に巻き付いた。


 アリヤの声に返したのはオレグ。

「――ここに来るまでにその技を見せすぎましたな!」


 空高く飛び上がった三者は、空中で一つの塊となってそのまま……。

「その技は既に通用しませんぞ! お二人共!」


 オレグの叫び声が聞こえると共に三人は場外の建物の壁面に勢いよく突っ込んでいった。

 激しい衝突音が響き渡り、観客も、舞台上のペイトン達も、魔王達ですら立ち上がり彼らの様子を見守る中オレグが頭を押さえながら体を起こし、次いでフロウが。最後にアリヤが跳ねるような勢いで立ち上がる。


 場外に落とされてしまった事で負けたと認識したアリヤが地団駄を元気に踏み、フロウが唸り声を上げて詰め寄っているが全員無事なようでまずは一安心。


「ンギーッ!! ズルイズルイ!!」

「ウゥゥゥッ! こんなのアリなの!?」

「ハッハッハ!! だから言ったでしょう『練度が足りない』と! まぁ私も退場しておりますからそう怒らんで下され!」


 オレグが納得の出来ないその結果に文句をぶつけている彼らを宥め終えると、舞台上の仲間へ握り拳を掲げた。ペイトンとゼルシュは彼のその無言のメッセージに頷くと対峙していたアナスタシアが槍を構え直す。


「作戦通り……か? オレグも相も変わらず狡猾な奴だ、まんまと策に嵌められた訳だな私達は。それで? まだ策はあるのか?」

「フフフ、どうでしょうね。ですが彼の託してくれたこの好機、我らがみすみす逃す事はありません」

「そろそろ決着をつけさせてもらおう……!」


 かつん、と槍の石突と呼ばれる部分で地面を一度小突いたゼルシュが全身の力を注ぎ込むように槍を握り締めると、舞台上に青い膜が生み出されていく。


 ペイトンは勿論、アナスタシアもそれに狼狽える様子はなく、地面から生き物のように空へ伸びていく水という不思議な光景に俺はつい見惚れてしまった。


 そういえば、以前に聞いたなぁゼルシュの切り札的な技だったっけ……? 自分の魔力と槍の力で巨大な水の球が作れるとか何とか……。と恐らく途轍もなく間抜けな顔を晒している時に、舞台上から大きな叫び声にも似た声が轟いた。


「あぁぁぁっ!? ホリがラヴィーニアと接吻してるぅぅっ!!」

「なぁんだとォッ!!?」

「ほぇっ?」


 その声に反応したのは観客席にいる魔族達、魔王達、そして舞台上のアナスタシア。ほぼ全員が俺に視線を集中させる中で、意識を逸らさずに行動を始めた者が一人。


 ペイトンは一瞬の隙を逃す事なく、がしりと喰らいつくようにアナスタシアにしがみつくタックルを放った。ちなみにラヴィーニアは先程、意識のないところをシスコンにより日陰の涼しい場所へと連れて行かれているのでこの場にはいない。


 皆の視線の先にはさぞ間抜けなツラを晒していた男が一人居たろうに。だがそのおかげで俺はペイトンの行動を見逃す事もなく、彼らの次の行動を注視した。


「ぐぅっ!? ペイトン、私と力比べをするつもりか……!? それに今叫んだのもゼルシュか……! 騙し討ちとは二人共良い度胸だ!!」


 騙されたと分かるや、アナスタシアは槍の柄の部分をペイトンの首筋に押し付けるようにして力を籠めると、フードで顔全体は見えないが牙を見せるように歯を食い縛って必死なペイトン。


「ぐ、ぐ……。私も貴方にそう易々と勝てるとは思ってはいませんよ……、うぐぐ、ですが私に唯一出来る事で、貴方相手に勝ちを拾えるのなら安い物でしょう!」


 その時、舞台上に完成された水の球の中からぱしゃんと何かが跳ねる音がすると、日の光りを背景に空からゼルシュが大きく叫んだ。

「ペイトン!! いけるぞ!!」

「よォし!! 来い! ゼルシュ!!」


 再度強く水を叩く音が響く瞬間、ペイトンが一際大きく叫ぶとふわりとアナスタシアの体が地面から離れる。


「ぬわっ!?」と彼女が悲鳴のような声を出した時、三度水の弾ける音がする。


 水球の中から飛び出してきたのは黒い巨大な弾、そう見紛う程にゼルシュが凄まじい勢いで向かう先にいるのはペイトン、彼の背がそこにある。


「ウォォォォォッ!!」

 そのペイトンと持ち上げられているアナスタシアに向け、水球から生み出された黒い雷光は叫びをあげながら、まるで線を描くように一直線にそのペイトンの背中に蹴りを穿ち捻じ込むとその破壊力が生み出した勢いと共にペイトンとアナスタシアが吹き飛ばされた。


 観客全員が恐らく同じ様にポカンと口を開けて見守り一部始終を目で追う中、放物線を描いてペイトンとアナスタシアがそのまま場外へと姿を消し。

 舞台上ではよろよろと立ち上がったゼルシュが大きく手を挙げて呟いた。


「勝った」


 俺はとりあえず持っていたかき氷の容器を投げ込むかどうするか、ムスメの宣誓の言葉を思い返しながら一人葛藤していた。

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