第103話 宣誓の言葉
武闘会当日がやってきた。
朝も早くからゴブリン達に眠っていた体を揺すられ、もう既に色々と我慢の限界という彼らにあの手この手で起こされた事で「ああ、休日のパパさんはこういう気分なのか」と疑似体験をさせてもらう事が出来た。
あまり味わいたくはない物かもしれない、朝一番から全開運転が出来る彼らが羨ましいようなそうでないような。
気を取り直して、今日は色々と準備もしなければならない事だし急いでおいて損はないな。
「スライム君、今日の為にフォニアに作ってもらったアレ。使えそう?」
「アレ……!?」
「アレッ……!?」
テンションが振り切れている三人のゴブリンはとにかく反応が素早い。シーですらそわそわとスープを飲んだり、急く様にパンを頬張っている。
「今日は俺の方も色々と用意しているから、三人共頑張ってね。応援してるよ」
「イロイロ……!?」
「イロイロッ……!?」
面白い反応を食事中も見せているゴブリン達は放っておいて、スライム君は俺の質問に肯定してくれているのでそちらは任せて大丈夫だろう。たっぷりと食事も頂いたし、最後にお茶を啜って会場に足を運ぼう。
歩いている内にペイトン達、アナスタシア、朝の弱いアラクネ達、朝の強いリザードマン達やハーピーの一部などと合流し、到着する頃には大所帯。
まだ集合しきれていないので、今の内に建てたい物を準備しておこう。
鞄からお好み焼きを作った際に使った鉄板を使い、設置を済ませていくとそれに気付いてリューシィがやってきた。
「あれ? ホリ、またそれ使うの? オコノミヤキ? 私アレ好きよ!」
「リューシィ、今回はまた別の物だよ。でもお祭りでお好み焼きと同じくらい俺が好きな物だから、楽しみにしててね。味付けも使う物も結構似てるし、お好み焼きも用意するから。今日は頑張ってね」
任せて! と尻尾からも気合を滲ませるリューシィ、彼女のチームのメンバーはレリーアとカーリンの二名というのを聞いた時に俺の中でチーム名『気が強い』と命名したくなってしまった。全員脳筋そうだけど大丈夫かなぁ……。気は合うようだからチームワーク良さそうだけど。
鉄板設置も終わり、次は……。
ちらりと隣のスライム君に目を移すと既に設置も終わっていて、どうやらこちらの二つは完了。後は関を口するフレンドリーなダーツゲームだけだな。
「おっと、遅れてしまいましたかな?」
「お久しぶりですホリさん。今日はご招待ありがとうございます。楽しませてもらいますね」
「おー、ヒサビサだな! キテやったぞ!」
こちらがくるくると回転するダーツゲームを設置しているところに、空から恐怖の大王とその家族、あとその後ろに一名、燕尾服を着ていて白髪のダンディーなおじさまだ。頭の横に生えている巻いた角が特徴的な……。
ムスメは早速とゴブリン達と再会のハイタッチをしたりと自由にやり始めたので、放っておいて構わないだろう。
「ご足労頂き感謝します。今日は楽しんで行ってくださいね。多分貴方達に見られて、皆も気合が入っていると思いますので。それで魔王様、そちらの方は……?」
視線をダンディーなおじさまに向けて彼に聞いてみると、魔王は一歩下がった位置にいた彼の背中を押すように手を回して優しく迎え入れた。
「彼は我々の身の回りの世話をしてくれるシツジィの息子、ヒツジィです。シツジィに執務を押し付けたので代わりに彼を連れてきましたぞ! いつも何かとお世話になっていますから、今日くらいは手助け出来ればいいかなと思いましてな!」
「ヒツジィとお呼び下さいホリ様。魔王様や王妃様、王女様よりお話は常々伺っておりました。今日は些少な身なれど、お役に立てれば幸いでございます。先日のクンセーにご満足頂けたとお聞きしましたが、それを聞いて私始め魔王城の者一同、まさに天にも昇る気持ちでございましたよ」
ダンディなおじさまがダンディに礼をしてくるので、つい雰囲気に当てられてこちらも深々と頭を下げてしまった。
「こ、こちらこそ、魔王様達には常々お世話になっています。あの燻製を作られた御一人だったんですね。王妃様や貴方達の作られた燻製については、正直な気持ちを言っただけですので……」
俺がしどろもどろに受け答えをしていると、軽く掌を合わせてツマが何かを思い出したようだ。
「そうそう! 今日もクンセーを持ってきましたよ! 様々な木の香りをあれこれと試してみた中でも出来の良い物を選りすぐってまいりましたの! フフ、すっかりハマってしまいましたわ」
「王妃様がこれだけ楽しんであれこれとするのは久しくありませんでしたから、ホリ様のおかげでこうした姿を見せて頂けるようになった事も、城の配下全員が感謝をしております。代表して私からお礼を申し上げます」
ちらりと視界に入った魔王が頭を掻きながら視線を外した。この様子じゃ掘り下げると彼が不憫だな、いいぞもっとやろう! という本音のままやる訳にもいかない。とっとと話を進めてしまおう。
「いえいえ、こうして賜って頂いていつも感謝してますよ。魔王様、あちらの建物の内部にも休める場所がありますが、今日はどうされます? 観客席も、建物の中からもどちらでも観戦出来ますが」
「そうですなぁ、やはり臨場感も楽しみたい私としては闘技場近くの方が良いですが……。ツマよ、お前はどうする?」
「アナタがそういうのなら、私もそこでいいわ。ムスメちゃんもそうするでしょう。ヒツジィ? 貴方はホリ様が楽になるように動きなさい、わかりましたね?」
「御意」
うわ、御意って使う人おるやん!! ウタノハが誰かを呼ぶときにやる手パンパァン! と並ぶ奴や! しかしこうしてそのシーンを目の当たりにするとやっぱり様になるなぁ、魔王一族。やんごとなき方々だから当然か。
「そうだ、魔王様。出来れば貴方達の内の誰かに審判をしてもらえると助かるんですが……。すみません、すっかりそれを失念しておりまして……」
「む? おお、そうですか。むむ、どうしますかなぁ。私も出場側はやった事はありますがこうして観客として見るのも楽しみにしておりましたし……」
「アナタ、それならヒツジィにやらせればいいんじゃないかしら? あの子も最低限は戦えますし、審判くらいなら出来るでしょう?」
観客席に魔王一行が着き、ヒツジィが収納魔法で飲み物や軽食を魔王達に出したところでそれらと同じ物を観客席に座っている他の者達にも振舞っている。
「ふむ、そうですな。ヒツジィ! 聞こえておりましたな、どうだろうか?」
「畏まりました。お任せ下さい」
結構離れていたのにこちらの会話をちゃんと聞いていたらしいヒツジィ、ダンディズム溢れる礼をして応えてくれた。
「ヒツジィさん、すみません。こちらの気が回らなかったばっかりに」
「いえ、私は今日貴方の役に立てればとその為に来たのですからホリ様が気に病む事はありません」
そう彼が言って軽く微笑んでくれたので、アレコレ言っても仕方がない。お言葉に甘えよう。
彼が水差しのような物とカップをあちこちに置いていたが、試合の内容にも依るけど今日どれだけの時間がかかるかわからないので、屋根のないこの観客席は暑いかもしれない。そこは皆に注意を促しておこう。特にリザードマンはすぐ干上がるからな……。
「ホリ、参加者は全員集まったぞ。魔王様御一行もおられる。頃合いだ」
「わかったよアナスタシア、ありがとう。よし、それじゃあ早速。魔王様、王妃様、ムスメさんのどなたか代表で一言宣誓のお言葉を貰えませんか?」
彼女の言葉の通り、参加者が一同並んでいるので早速始めてしまおう。最初に我々はー、みたいな奴をやってもらった方が皆気合も入るだろうと思い、魔王達に声をかけてみると魔王が顎に手をやって首を捻っている。
「うむ? ふむ……。よし、ムスメよ! やってみなさい!」
「えーっ!? ワタシ!?」
「ムスメちゃん、いい経験になるわ。頑張ってね」
眉尻を落とし、困惑といった表情の彼女が頭を掻く様にして試合前の一同の前に出て少し考え込んでいる。首を傾げながらも数回頷くと力強く参加者達を睨みつけたムスメが口を開いた。
「えー、宣誓! ワレワレハスポーツマンヒップニモッコリ」
ん?
「正々堂々、魔族の威信をかけてー、弱点を突き続けて反則スレッスレに勝ち抜く事をチカイマース」
んん?!
「イジョウ、終わり!!」
んんんっ!?
俺が首を傾げている中で、拍手と喝采を浴びて頷いている王女。俺が思ってたのと大分違うんだけど! いいのか? あれで!?
「見事な宣言だったな」
「ああ、流石王女様だ。まさか第一声にあんな優しさの溢れる呪いを唱えるとは、お優しい方だな」
パチパチと手を叩きながら頷き合っている者達、どうやらアレでいいみたいだ。どうなってるんだ魔族。恙なく、とは個人的には言えないまでも彼らに一層の気合が入ったところで次の行程、トーナメントの抽選である。
「ムスメさん、ありがとうございました。それじゃあチームの代表者前へ出てきてくれる? 抽選始めるよー」
彼ら一人一人が何かの文字が書かれた板の入った箱に腕を突っ込んでいく。そして、取り出した板をパメラとペトラが確認をして魔王の出したホワイトボードのような魔道具に指でなぞるようにしてこれまたよくわからない文字を書きこんでその順番が決まっていくと、対戦相手に挨拶をしたり互いに握手を交わしたりしている。
うーん、以前にも考えたけど言語の勉強をしておこうかな……? ゴブリン君達も普通に文字使っていたけど、ゴブリン達の文字とリザードマン達が使っている文字、ハーピー達の文字が違っていて結構戸惑うんだよなぁ……。でも彼らはちゃんと共通の言語があるようだし、それを学べばいいのかな?
うねうねとした文字を眺めてぽけっと呆けていると、大きな喚声にも似たどよめきが生まれる。その中心にいるのはアナスタシア、この大会参加者全員が要注意人物とその名を挙げる優勝候補筆頭の彼女の手に握られている札がどうやら問題のようだ。
すぐ近くで驚きの表情と尻尾を見せるリザードマン達の様子からしても、それが原因なのは明白だった。
「まさか第一回戦であそこが激突するとはな……」
「ああ、これは荒れるな……」
彼女の札の場所にその何かよくわからない文字が記入された、あれがアナスタシアのチームの名前か? そしてその上にもよくわからない文字。さっぱりわからん。
首を傾げている俺の視界の中で、その騒ぎの中心の人物が恐らく対戦相手であろう人物の元へと歩を進めた。
「一回戦でお前達とやれるとは、これは魔王様達に感謝を捧げねばなるまい。負けても恨むなよ」
「あらァ? そんなに早く皆の前に醜態を晒したいのかしらァ? お望み通りにしてあげるゥ。フフフ」
成程、あれは荒れる。
ぎらりと視線を交わしたアナスタシアとラヴィーニアを見て、他の者達が騒いだ理由が分かった。優勝候補筆頭とそれに対抗できるチームの一つの二組が一回戦でやり合う事になったとあっては俄然やる気が出るのは他の組。
「潰し合え、潰し合うのだ」と甘党からの声が聞こえてきたり、冷静にどちらが勝つかと分析をしていたり……。
彼女達は第一回戦の最後、アナスタシアの対抗になり得ると言われていた筆頭がそこでぶつかる事となって、一層慌ただしくなっている空気を引き締め直すようにト・ルースが一同の前へとやってきた。
「ヒッヒ、面白い組み合わせになったようじゃな。よし、それじゃあ第二試合の組のモンは控室へ行きな! あの建物の中じゃ! 観戦したいモンはあっちに移り! 第一回戦、第一試合の組はそのまま舞台に残って早速試合を始めるよ!」
わいわいとしながらも、迅速に運営側が誘導して混乱のような物もないまま、準備が済んでいく。第一試合のカードが舞台の上に残り、その顔触れを見て俺としては早速目が離せないチームが姿を見せている。
優勝候補の対抗として名前が挙がっていた内の一つ、レイのいるチーム。舞台の上にいる試合出場者の中で一人だけ背の小さい子に向かって俺は手を振っておいた。
「シー、頑張れよー! 応援してるぞー!」
彼も大きく頷いて手を挙げて俺の声に応えてくれた。
レイ、オラトリ、シーという三名が集まって円陣を作るように肩を組んでいる。シーの足はぷらぷらと浮いているが、それでもやる気を出すよう三人が視線を交わし合い頷くと相手を見据える。
対する相手はウタノハの侍女のオーガが二人、リザードマンが一人のチーム料理班。普段から接する事の多い料理班の彼女達三人には頑張ってもらいたいのだが、流石によく知った間柄のオラトリが相手にいるので、どうなんだろう? と見つめているとオーガの二人がオラトリに睨みを返した。
「オラトリ様、胸を借りるつもりで全力でやらせて頂きます。五体満足で終わると思わないで下さい?」
「我々も日々鍛錬は怠っておりません。あのジッテ、我々が勝ち貴方から侍女筆頭の名と共に頂きますよ」
今日、オラトリの手には十手と同じくらいの大きさのフォニアが作った太刀が握られている。やろうと思えば相手の武器の悉くを粉砕できるから十手は今回封印して試合に臨んでいるらしい。料理班の二名の言葉に彼女の余裕は崩れる事なく軽く微笑んで言葉を返した。
「それは楽しみにしておこう。だが二人共忘れるな? これはチーム戦だ。勝手知ったる私よりもタチの悪い二人を放っておくと、即座に試合が終わるぞ」
オラトリに向けられた言葉に困った表情を浮かべて笑っているレイや、シーも気合が充実している様子。
「モォ、タチが悪いって酷いわよねえシーちゃん? でもホリさんの前でみっともないところは見せられないの。私達は負けられないわ」
シーが頷いて返したところでヒツジィが舞台上にいる両チームにルールを最後に説明をして、頷いた後にお互いが距離を取った。その流れから、いよいよ始まるのかと観客席も静まり、舞台上のヒツジィの合図を今か今かと待ち侘びている。
舞台の上の緊迫感はそれ以上で、其々《それぞれ》が所持している刀や薙刀や剣、弩とナイフに槍を握り締めて構えを見せた。
あぁ、大怪我だけはしないでくれ……。彼女達の体を守っている防具、鉱石の強度は信用してはいるがそれでもやっぱり怖いなぁ。
舞台上の全員が大怪我をする事の無いように祈りながら見守っていると、ヒツジィがいよいよとその右手を高々と上げた。
「それでは第一試合、始メェ!!」
振り下ろされた腕とほぼ同時、刹那に響く鈍い音。
二人のオーガが消えた! と同時に鳴り響いたその音に驚いてそちらを見やれば、レイとシーがそれぞれ手にしている剣とナイフで襲い掛かってきた二本の薙刀と鍔迫り合いをしている。
オーガの二人が強襲し、どうやらシーを最初に狙った攻撃をレイは軽々と、そして弩を投げ捨てたシーが両手で受け止めたようだ。奇襲が失敗したオーガ二名が苦々しく表情を変えて距離を取り直して、と下がったところへ後方から不意をつくように横へ薙がれた刀を屈んで避けた。
オラトリからのその一撃を躱した彼女達、だがよく見れば片方が背中から出血をしている。え、なんで!? と目を凝らすと出血部位には小さなナイフが突き刺さっていて、シーが何かを投げ切る動作を終えていた。
今の一瞬のやりとりだけで呆けてしまった俺とは裏腹に盛り上がる観客席。
「流石はシー殿、抜け目がないな……」
「ああ、だがあのオーガ二人も流石にやるな、あの一撃を避けるとは。お? あのリザードマンが何かするようだぞ」
今の応酬に参加していなかったリザードマンが一人、舞台上の隅に移動を終えていて瞑想をするように目を瞑り槍を構えて何かを念じている。
ぶつぶつと呟いていた言葉が終わると力強くその目を見開き、彼女の体の周りや周囲に青く透明な槍が何本も生み出された。
その生み出された水の槍が凄まじい勢いで撃ち出され、幾重にも折り重なるように執拗にシーを狙い続け、その槍による攻撃の雨を弩を拾いつつ軽やかに躱していく様に息を飲んでいるとレイがそこへ駆け寄り声を張り上げた。
「シー! 来な!」
「させるか!!」
何かを狙ったレイはシーに視線と右手を差し出し、シーもそれに応えようと頷き右手のナイフを投げ放ち、動き始めたところへ再びオーガの二名が阻止する為の攻撃を仕向けたが、鳴り響いた二つの鈍い音が失敗した事を教えてくれる。
オラトリがシーの投げたナイフを受け取った事で二方向から振り下ろされた薙刀を受け止め、ぎりぎりと金属を軋ませながら先への行動を阻害するように一人のオーガの足を蹴り上げた。
「せぇぇのぉっ!!」
もう一人のオーガがバランスを崩した相方を見やった内に、双眸を赤く輝かせたレイがシーの背中を掴むようにして……、投げたァ!? その弾丸が狙う先には魔法を撃ち放ったリザードマンが!!
凄まじい勢いで狙いすましたように一直線に向かってきたゴブリンを迎撃する為に槍を突き出したリザードマンの攻撃がシーを襲う。
それを空中でくるりと宙を回るように避けたシーがリザードマンの首を軸に絡みつくようにしてそのまま背後に回り込むと、首筋をがちりと足で挟み込むようにしながらその頭に弩の銃口を突き刺している。
「ま、参ったわ……」
槍をからんと鳴らして落とした彼女の首からシーが降りる頃、オーガの二名もレイとオラトリによって気付けば武器を弾き飛ばされて膝をついている。
「ま、参りました……」
「うわーん、やられましたぁ!!」
「勝者、シーチーム!!」
ヒツジィが手を挙げて終了した僅かな時間でついた勝負。それでもその内容に心臓が高鳴ってしまい、気付けば俺は拍手をしてしまっていた。
ガチすぎませんかねぇ……? そう考えているところへ、凄まじい形相と忙しない足の動きの割にあまり速度が出ていないオークが駆け寄る。
「怪我を見せて下さい!! ほら! ほらほら!!」
背中に刺さったナイフの傷に薬草汁を即座に処方されて生み出された大きな悲鳴をゴングとして、第一試合が終わり最後に対戦相手と握手をしている彼女達。
「シー殿を狙うのはいい判断だがあの子は我らの生命線だ、そう易々とやらせはしないぞ。少し見通しが甘かったな」
「そうそう、それにシーちゃんもわかった上で囮になってたしね。おかげで動きが読みやすかったわよ」
「くぅぅ……、初動で決め切れなかった事が敗因でした」
「悔しぃ……!」
オラトリとレイの言葉に悔しさを滲ませているチーム料理班。地団駄を踏んでいたり薬草汁の影響で顔を歪めているがいい勝負を見せてくれた彼女達には、気分転換をしてもらおう。
「三人共、お疲れ様。スライム君に頼んであるから、『新作を貰いにきた』って言ってきな? それ食べながら次の試合を見てね。いい試合だったよ、感動した!」
「ホントですか!? 行ってきます!」
「やった! 新作よ!」
「急いでいかなきゃ!」
手を振っている内に第二試合、アナスタシアの部下である酒を飲みだすと半裸になってしまう男性がリーダーのチームと女性のミノタウロスがリーダーのチームが控室から舞台上へ向けて歩み始めている。
席に戻るとシーやレイ、オラトリがいたので水を差し出しておいた。
「三人共お疲れ様。凄かったよ、目が追い付かなくてちゃんと見れてなかったけど、凄かった」
「フフ、私達は優勝狙ってるからね! まだまだこんなもんじゃないわよ!」
「訓練の成果はまだまだ、こんな物ではありませんよ。お楽しみにしていて下さい」
シーが隣に座ってきたので、頭を撫でて褒めちぎっておいた。照れている様子で水を飲み込んでいる彼と共に第二試合を見ていたが、これまた面白い試合の流れ。
軽やかに舞台を広く使ったケンタウロス達の遠距離からの攻撃と、ケンタウロスの軽快なステップをじりじりと動きを制限させていくように詰め寄っていくミノタウロス達。
打ち合いを望むミノタウロス達と躱し続けるケンタウロス達の勝負は消耗戦の様相を呈し、両者が有効打も与えられないまま続いていたのだが一人のミノタウロスが撃った風魔法の隙をついたケンタウロスの槍の一撃が決定打となり、ミノタウロスチームがそのままギブアップ。
あちこちに擦り傷切り傷を作った両チームが医療班により叫び声を上げている中で次にやってきたのは拠点内で肉弾戦で唯一アナスタシアやオラトリ等の面々と張り合えるのではと言われているトレニィアが建物の中から顔を覗かせた。
彼女のチームがまた少し変わっていて面白い。
その横には例えるのならデコとボコというか……、小柄なティエリと長身のシュレンの二名が並んでいる。ティエリは右手に盾、腰にはショートソードを装備して、シュレンは大きなコンポジットボウを手にしている。
やる気満々としながらもどこか緊張している様子のティエリに普段と変わらないシュレン、そして隣の妹分の緊張を和らげようと優し気に頭を撫でているトレニィアの三者に声援を送っていると、対戦相手も顔を出す。
混成チームが多い出場者の中でやってきたのはリザードマン三人、アギラールをリーダーとしたチーム漁業は全員が手には槍を持ち、背中に短弓を背負っている。
アギラール達にも声をかければ、彼らは手を挙げて応える余裕があるようで見た感じリラックスをしている印象を受ける。どういった戦闘になるのだろう? と観客席の方からも賑やかな話をしている中で、第一試合で敗北した料理班が戻ってきた。
三人の手には掌大の大きさとそれなりの深さがある鉱石を使ったカップ。そこには雪化粧をした山のように氷が盛られていて、頂上が赤く染め上がっている。
用意しておいた物はかき氷。味も手に入る果実や頂いた果物を煮詰めて作ったので、多彩にある。
これを準備したキッカケは暑くなるかな? と思ったのもあるし、祭りならこれがないとなという安易な発想で出来上がったソレを片手に、料理班チームの三人が駆け寄ってきた。
「ホリ様! もらってきました!」と報告してそのまま俺の後ろに座り込んだ彼女達はあれこれと言いながら食べ方を議論している。
彼女達の楽しんでいる声を聞いて俺の横に居た魔王が声をかけてきた。
「ホリ殿、どうやらまた新作のようですな? 私もツマとムスメの分を貰ってこようと思うのですが、そろそろ試合が始まりそうですしこの試合が終わり次第に頂けますかね?」
「ええ、スライム君には言ってあるので大丈夫ですよ。あ、ただ氷が大量にいるのでそこは魔王様自ら作ってくれるとスライム君も助かると思います。どうですか? 試合、楽しめて頂けてますかね?」
ムスメもツマも楽しんでいるようには見えるが、彼らの戦闘力を考えると児戯のような物なのでは? と思って魔王に聞いてみたが、彼は不敵に笑って大きく頷いた。
「ええ、彼らの弛まぬ努力や技の結晶の数々をこうして見せて貰えるのは面白いですぞ! ただ少々、体が疼いてしまうのが難点でしょうかな! お、そろそろ開始のようですな!」
「それならよかったです。そうですね、試合に集中しましょうか!」
彼は急いでツマの元へと戻り、そのまま席に座り直した。
「ほ、ホリ様……!」
不意に後ろから声をかけられたので振り向いてみると、オーガの女性二人が赤い肌を青くして、呻き声を出しながら頭を押さえている。リザードマンの彼女は首を傾げてそれを眺めているが……。
「どうしたの?」
「あっ、頭が痛いですぅ……」
「試合の影響でしょうか……、頭部への攻撃は喰らってない筈ですが……!」
かき氷に辻斬りされているようだ。放っておこう。
冷たい物を一気に食べるとなる頭キンキンの痛みはリザードマンにはない様子、冷たい物は平気なのかな? とりあえず、頭を押さえている女性二人に水を渡して舞台へと視線を戻すと丁度ヒツジィが手を振り下ろす瞬間だった。
「試合、始メェ!!」
序盤は静かな立ち上がりだった。
リザードマン達は固まるようにして距離を取り、短弓で次々と矢を撃ちだしているが鉱石の部分装甲を脚につけたトレニィアにその殆どを撃ち落とされ、むしろ長い金髪が激しく乱れる程の速度で素早く移動を続けるシュレンの弓に虚をつかれている。
こうして猫人の人が戦っているのを見るのは初めてだが、とにかく早い。速度だけなら第一試合のそれとあまり遜色のない立ち回りにマリエンが大きな声を張り上げて応援を続けている。
「シュレン姉さん、頑張れー!! あぁっ!?」
マリエンの声が響く中、リザードマンの一人が何かを撃ち出したようで、その動きとほぼ同時にシュレンは突如として生み出された巨大な水の壁に動きを阻まれ、足が止まってしまった!
その動きを見逃す事もなく矢が狙いすましたように数本飛んでいった。空気を切り裂く音が彼女の体を目掛けて、となったところでそれを弾いたのは気合の入った表情のティエリの盾。
軽い金属音が響き、その矢を弾き落とすのを見越していたように矢筒から三本の矢を引き抜いたシュレンが返しとばかりに弓を射る。
「うぐっ!?」
その射られた矢に傷を負う者はいなかった。だがアギラール達が一気に追い詰められたと見ている者は全員思っただろう。
チーム漁業、三人の持っていた短弓の三つの内二つが襲い掛かる武器破壊を目的とした矢に狙撃され、無残な状態にされてしまっている。
あの弓、俺が買ってきたんすよ……。結構、頑張ったんすよシュレンさん……?
形勢が有利、そう判断したトレニィアが一気に前へと進みアギラール達に足を振り下ろしていく。目にも止まらぬ脚の攻撃がアギラール達に襲い掛かり続け、チーム漁業も手にしている槍で応戦を続けるが旗色は悪い。
「ぐっ……、このっ!!」
「喰らえッ!!」
「甘い……!」
魔法で対抗したり、鋭い槍の連撃を繰り出していくも鉱石に包まれている脚がその全てを打ち払っていき、徐々に徐々にリングの隅へと追いやられてしまうリザードマン達。
あれ? 鉱石ってずるいんじゃ? チートじゃん……! トレニィア、脚を使って攻撃をしている時は基本腕組みの状態だから尚更強者のオーラ出してるし……。
リザードマン達がじわりじわりと襲い掛かる脚と弓の波状攻撃に押され続け、観客席もその動向を息を殺すように見守っている。
しかしその試合を見ていた誰もが激しい剣戟の末、このままリザードマン達が場外まで押され続けると思っていたところに意外な展開が訪れる。
「うわっ……!」
「好機ッ!!」
アギラールや、これまで出場したリザードマン達が撃ち出した魔法、その水が溜まった場所でトレニィアが脚を取られてバランスを崩してしまったのだ。
ぐらりと落ちたアラクネの上体に、ここぞとばかりに攻撃を返そうとしたリザードマン達。アギラール達の槍が躍動するようにトレニィアに……、とそれを救おうとトレニィアの背後から大声を張り上げて勢いよく走り込む一人の少女の姿が。
「オルァァアアアアッ!! おわぁっ!!」
お前の注意力はどうなっているんだと叫びたくなる程、見事に水溜りに足を取られ勢いを強めるように足を滑らせたティエリ。彼女は凄まじい勢いでトレニィアにぶつかり、その勢いが弱まる事なくトレニィアがリザードマン達に衝突して……。
舞台から五人の姿が消えた瞬間、ヒツジィが手を天に掲げて力強く叫んだ。
「リザードマンチーム全員リングアウト! 勝者、ティエリチーム!!」
このような結末になるとは見ている側が誰も予測出来なかった試合の決着。急いで彼らの無事を確かめようと行って見ると、そこには目を回しているアギラール達やティエリがトレニィアの脚に絡まるようにしてもみくちゃに倒れていた。
「ホリ……、助けて……!」
結末はどうあれ、素晴らしい試合を見せてくれた彼らを解放すると勝利したと笑顔が咲き誇るティエリが喜びを表現している。
「やった! やったよトレニィアお姉ちゃっ、痛い痛い」
「もう……! もうっ……!」
敵を一掃する離れ技を見せてくれたティエリにも、むにむにと頬を引っ張って怒りをぶつけているにもトレニィアにも怪我はなく、アギラール達にも目立った傷はなかった。
怪我人もいないし、よかったよかった! と思いながらもお亡くなりになった短弓二本を見て少し鼻の奥の方がツンと痛む。俺の努力が……。
水魔法の影響でこうなるのはアレなので、これからは一戦毎に舞台上をチェックする事に決めた運営側によって、濡れた場所が迅速に掃除をされていく。
その間に俺は出来れば武器破壊は無しの方向で!! と参加者全員に言って回っている内に試合もどんどんと加速していき、前評判の高いチームは順当に勝ち残っていった。
ペイトン達やイダルゴ達、リューシィ達やルゥシア達と言ったチームも当然残っており、健闘するも敗北してしまった者達がどんどんかき氷片手に次に行われる試合、ほぼ全員が注目する大会屈指のカードによる試合に胸を躍らせている。
俺としては、どっちも頑張れという想いと怪我しないでくれという不安にも似た気持ちで気が気ではないのだが、他の者達はあれこれと試合予想を立てている。
彼らの意見もほぼ半々、殆ど戦闘を見た事がないラヴィーニアの前評判がここまで高い事に驚いたが、それでもやはりアナスタシアという絶対的な存在がどう出るかと予想は尽きない。
一回戦を終えて一層賑やかになった観客席から歓声が沸く。控室のある建物からまず出てきたのは白銀のケンタウロス、威風堂々と蹄の音を立てて舞台上に進むアナスタシアに尻尾を靡かせるように歩くフロウ。
その後ろには共に歩く者達と見比べると一際小柄に見えてしまう彼、アリヤが舞台上へと上がった。
彼の様子を見るに緊張はしていないようだ、ムスメの声に反応するくらいの余裕を見せていたりとこの空気を楽しんですらいそうな彼、フロウも母犬に視線を向けて大きく頷いていたりと気合が見て取れる。
アナスタシアはまさに強者の余裕か、白銀に光る槍を挟んだ腕を組み瞑想でもするかのように目を瞑って試合開始を待っている様子。
また沸いた声の先に目をやれば、それに応えるように観客席へと大きく手を振って登場したフォニア、いつかの森で見た時と同じように腰には何本もの刀を差して入場してきた彼女の後ろに、少し緊張した面持ちのベルが愛用している槍を握り締めて姿を見せた。
その緊張したベルの頭に手を置いてソレを和らげた最後の入場者、ラヴィーニアが姿を見せるといよいよ始まる試合を前に観客席も盛り上がる。
どちらに声をかけても後から何か言われそうだな! と思ったので、両チームの無事だけを祈って無言を貫いたが、俺の想いは届く事がないだろうなぁと舞台上の両者達の生み出す空気が感じさせた。睨み合いを始めた両者達の中で、小柄な二名が近寄っていく。
「アリヤ! 僕達ハ負ケナイカラネ!!」
「ベル! ガチンコ勝負ダ!!」
俺は最初彼らは三人で組むだろうと思っていたのだが、それでは自分達の成長にならないと敢えてチームにならなかったアリヤ達。ベルも先程までの緊張が消え去ったように笑顔でアリヤと握手を交わして互いの健闘を誓い合っている。
やる気が溢れる彼らと、飄々としているフォニアに気合が充実したフロウ。その二つのチームの中心にいる二名から俺ですら感じられるこの気配は何でしょう。
「とりあえずゥ、あの耳障りな足音の奴から消しとこうかしらァ」
「とりあえず、あの耳障りな足音の奴から潰すとしよう」
同じような内容を睨み合いながら呟く両チームのおそらくリーダー二名。
似た様な足音やんけ!! と突っ込みたい心を抑えて必死に腕輪に祈っておいた。神様、あまりこういう時にだけ頼るのは良くないと分かってても敢えて祈ります。
『無事に終わってくれ』とだけ。
拠点のほぼ全員が見守る中、戦いの火蓋を切るためにヒツジィが手を大きく空へ掲げた――




