23 運命と人それぞれの幸せ
光雄にとって、それは衝撃的なことであった。
智花と松井夫婦との間で行われた事、そして智花の意思の固さ、松井の貞操観念、最後に自分自身の甲斐性無しの部分でである。
松井には、一つの夢があった。
背の小さなお手伝いさんを雇ってみたい。
メイドさんを。
最初、麻紀はバカバカしいと相手にもしていなかったが、松井の実の姉である麻木君代が、中林家の家計が苦しいということを知っており、中林の妻、すなわち智花に、半住み込みのメイドさんの提案をしてみたら?と持ちかけてきたのだ。
勿論麻木は、光雄を自分のモノにすべく画策したものであったが。
しかし、そんな計画を知らない麻紀は、そういう事であればと智花に話を持ちかけた。
智花は当惑したものの、知らない仲ではないし、家計も助かるということで、光雄には絶対に内緒という条件で承諾したのだ。
光雄にとって、麻木君代社長が松井の姉であった事だけでも驚きであった。
しかし、光雄が乗せた麻木と松井の間で、情事があったはずでは?
彼の妻のいる事を顧みず、光雄が疑問を口に出した。
松井は決まり悪そうに答える。
あの時の状況は、こうであった。
会食の時に残した料理を〜寿司だったが〜ハイヤーの中で無性に食べたくなり、折り詰めを開けたのだ。
松井の悪い所は、クチャクチャと音を立てて食べるところである。
麻木社長は、光雄に会える最後の日今日だけは、その車の中で音を立てて食べないで欲しいとお願いしただけであった。
つまりは光雄の思い違いによるだけの事であった。
しかし、光雄の疑念はまだあった。
智花が不貞行為をしていたのではないかという事である。
それもきちんと答えが出た。
メイドを囲いたい。
松井の希望はそれだけであり、智花に肉体的な関係を要求をしていなかったのだ。
ただ、松井夫妻の営みについて、麻紀の要望で何度か見て欲しいとの願いがあり、メイドとしては断れないので、お互い恥ずかしいとは思いつつ、承諾したのだった。
勿論智花も成熟した女であり、欲情しないはずはなかったが、自分自身の乳首と女性器にピアスをつけて、その金属的な感触で、あくまでも自制心を保っていたのだ。
直ぐに智花が光雄に裸の自分を見せられない理由はそこにあった。
当初目の前で繰り広げられる行為に当惑していた智花であったが、段々と慣れてきて、ビデオ撮影もするようになった。
しかし、あくまでも行為に対して仕事と割り切って撮影していた影響で、自分自身と光雄の行為に少し、違和感を感じたのがセックスレスの原因であった。
自分が不感症ではないかと心配になり、夫妻に相談したのは事実である。
心折れそうな智花が、感じるかどうか、自分を抱いてほしいと松井に相談した時にも、この家での契約と、中林家でのプライベートは全く別物と、逆にいつまでに光雄に愛されなさいと、期限を設けて宿題を出したのだった。
そして、家計が落ち着いて来た頃に、そろそろ潮時とばかり、この関係に終止符を打つべく、最後の宿題が出された。
8月25日、付き合い始めて19年と364日目の夜に、智花と光雄に夫婦の営みが出来れば、契約終了としようという提案であった。
この時は、智花の絶妙なマッサージで行為に至らなかったのであるが、智花には悶々とした感情が残った。
そして翌日夕方にセックスまで至らなかった事を夫妻に打ち明け、最後にイメージトレーニングということで、もう一度、夫妻の行為を目に焼き付けてから、20年目の夜を迎えようとした時に、あの事件が起こったという事であった。
事の顛末を聞き、光雄は安堵の表情を浮かべた。
そして、自分がいかに愚かだったかを思い知った。
「智花、こっちに来てくれる?」
涙を流して自分を見ている愛する妻を、光雄は呼び寄せた。
「勘違いにも程があるよね。今の今まで、本当にゴメン。信じてあげられなくて。これからものすごく苦労をかけるけど、添い遂げてもらえるかな?」
「はい。喜んで……あれ、おかしいね、居酒屋さんみたい……だね……」
自然に光雄と智花は口付けを交わした。
松井夫妻もお互いの顔を見合わせ、肩を抱き合った。
それからしばらくの後、会社から光雄に連絡があった。
「義足の手配をするので、担当が病院に行く。
また、ドアサービスの必要の少ないワゴンタイプの車両を一台、義足に即した仕様に改装するので、意見を聴きたい。
閑散期には、研修セクションの教官をお願いするので、事故の悲惨さを研修生に伝導してほしい。」
かくして、光雄は、義足のハイヤードライバーとして、会社の広告塔となり、また、被害者の立場から、事故の撲滅に貢献すべく、後輩を指導する立場に立ったのであった。
人それぞれの幸せ。 価値観の違い。 大切なのはなんだろう? 隠しておきたい事、守るべき人、やり直したい過去。
色々あるだろう。
光雄は、最後の最後に光を見出した。
智花という芯の強い伴侶によって。
信じる事、それは並大抵のことでは貫き通せない。
勿論周りの環境もあるだろう。
しかし、生涯の伴侶と誓った相手に対して、最後の砦は信じる事だ。
見事に中林夫妻はそれをやり遂げた。
『君のおかげで、良い人生だった。
人生やり直したとしても、君と添い遂げたいね。』
82歳で往生を遂げた光雄が、最後に智花にかけた言葉だった。
光雄と智花の物語はいかがでしたか?
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このお話はこれで終了となりますが、ifのバージョンも書きたいと思います。
拙い文章でも読んで頂いた皆様に感謝致します。
最後になりますが、ハイヤーの仕事について、色々教えて頂いたTさんに感謝の意を表して、終わりとさせて頂きます。




