21 苦悩
「はい、そうです。中林ドライバーの件です。警察からの連絡はありません。
今スマホを持っている控えのドライバーも動員して、情報収集を……え?
いやあ、それは無茶です。乗客から教えてもらうのは……、いや確かに平方君は中林とは仲が良いですけどね、ハイヤーの根幹ですよ。……」
配車デスクが所長に電話をかけている。というより、かなり無茶なリクエストがあり、相当困っているようだ。
前にも記述したが、ハイヤー乗務員は必要最小限の会話以外、乗客とは話をしない。そのことは徹底的に刷り込まれている。それを承知の上、所長は顧客である松谷警察署の警官に、何か情報を下さいと聞けと。いざとなれば、運賃はもらわなくても結構と云えという。
「ありゃ大変だな。それに平方もビンボークジ引いたかもな。」
一人の乗務員が呟くと、耳をダンボにしていた他の乗務員も、そうだよなぁ、と頷く。
電話を置いたデスクが誰に言うまでもなく愚痴を言う。
「あーもう、いい加減にしてくれよ!なんで俺のデスクの日にこんな事が起こるんだよ!」
ご愁傷様でース。呑気な口調で誰かが呟くと、爆笑と共に一気に場の空気が和んだ。
流石に動じない様に訓練されている猛者達だ。
「あれ?これって中林のことじゃね?」
情報収集をしていた一人がネットである記事を見つけた。その言葉に同僚のドライバーがスマホの画面に群がる。
『ニュースサイトEZO by経産新聞』
【誤認?実は被害者だった「麻薬所持の容疑者」】
松谷警察署は、昨日松谷市で夕方起きた事故で負傷した男性に向精神薬所持の容疑があると発表したが、これは誤りでこの男性は現場で交通事故に遭い、容疑を被せられた模様であると、内容を訂正する発表を行った。〜中略〜
なお、経産新聞では、警察情報に基づき当初この男性の実名をあげて容疑者として報道致しました。
今回事実にそぐわないと考え、この男性の名前の記載を控える事と、容疑者として紙面掲載した事をお詫びすると共に、ここに訂正致します。
「三嶋さーーん、所長に電話した方が良いんじゃないっすか?あと、中林の代わりも手配しなくちゃっすよねー。」
ドライバーの一人がデスクの三嶋に大声でアドバイスした。
三嶋は大きくため息をついて、松丸工業に電話をすべく、ダイヤルを押した。
翌日
全国的に良く晴れ上がり、何をやるにも気持ち良さそうな日曜日であった。
最高気温の予想が38度という以外は。
日協医大病院の病室では、光雄が目に見えない敵と戦っていた。
それは、無いはずの右足首の鈍痛や痒みと、いわゆる下の用事というものである。
来るなと言ってしまった以上、智花や健三らには、見舞いや身の回りの世話をしてもらえないと考えていた。
こういった所が光雄の頑固さで、短所でもあるのだが。
昨日はオムツ着用のうえ、男性部分にもチューブが差されており、何より興奮状態でもあったので、例えどの様に汚れていようと、羞恥心も無く交換してもらっていた。
しかし、一晩が経過し、自分自身を冷静かつ客観視出来るようになると、とんでもない事態が自分に降りかかっていることを実感し、身体に震えを感じた。
そして、固められて動けない体と、無いはずの足首の痛み……
助けてくれそうな身内には罵声を浴びせてしまった。
自分自身の浅はかさを感じていた。
既に面会は許されるくらいに回復してはいた。
ただ、精神的には当日より翌日、翌日より翌々日の方が、堪えていくのが光雄にはよく解った。
案の定、身内の人間はその日は誰も来なかった。
3人部屋の個室には自分以外誰もいない。
誰でも良かった。話が出来る人が欲しい。この痛みをわかってくれる人が欲しい。
しかし自分でそれを拒絶してしまった。
下半身が動かないため、排泄も自分でコントロール出来ず、違和感を感じる度に唯一自由のきく左手でナースコールボタンを押すのみであった。
然し乍ら、唯一と言ってもよい話し相手の看護師が、度々こう聞いて来るのが非常に精神的に苦痛だった。
「ご家族の入室が大丈夫になったら、声をかけてくださいね〜」
何も返す言葉はなく、より悶々と過ごしていくのであった。
松丸工業では、日曜日というのに恰幅の良い専務と、営業所の三嶋、所長が顔を合わせていた。
無論、翌日に控えた営業運行開始についての打ち合わせのためである。
当初その専務は、事故という言葉に眉をひそめていたが、この件が光雄の過失によるものでは無い事と、全くの偶然のタイミングだった事を三嶋が説明した所、納得はしたようだった。
「で、中林クンはいつ復帰しそうなのかね?私は彼の運転で仕事をするのが楽しみなんだよ。復帰してからでも是非お願いしたい。」
三嶋と所長はバツの悪そうに顔を見合わせた。
「それがですね……復帰については……」
と言いかけた所で所長は三嶋の腿を軽く叩いて、会話を奪った。
「正直申し上げますと、復帰の頃合いは現時点ではわかり兼ねます。しかし彼ならきっと、怪我を克服して戻って来ます。それまでの間は、代役を立てて、ご不便無い様に手配致します。」
「そうか……わかった。とりあえずは代わりの人を立ててもらい、それと一刻も早い復帰を期待していると中林クンに伝えてくだされ。」
部屋を後にした三嶋らは、これからについて思考を巡らせていた。
「所長、中林は……復帰は難しいんじゃないですか?だって…足が…」
「言うな。これからって時にな。少しでも可能性を残しておくべきだろう。
代役については、君に一任する。俺は中林の今後について考えてみる。」
それぞれの時が過ぎて行く。
23話にて完結予定です。
大分長くなりましたが、もう少しお付き合い下さい。




