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とあるハイヤー乗務員の運命  作者: 三笠 大和
21/24

20 契約解除

黒塗りの緑ナンバーアルファードが日協医大病院に着いたのは、既に昼を回った所だった。

松谷警察署の署長、副署長、生活安全課長の3人は、まず当直から引き継いだ医師に光雄の現況を聞き、既に一般病棟に移動した光雄の病室へと足を運んだ。

3人部屋のその個室は、光雄以外の入院患者はおらず、無機質な機械の音以外はひっそりとしていた。

署長はしたためた詫び状を小さな机の上に置き、深々と礼をした。

医師の話だと、通常この規模の事故に遭った場合、2〜3日は目を覚まさない事が多いのであるが、光雄の場合は、早い段階で意識を取り戻していた。

しかしながら、今、目の前に横たわる被害者は目を閉じていた。

大変申し訳なかった。小さく呟く署長をよそ目に、矢嶋は憎しみのこもった視線を光雄に向けていた。

病室なので、大きな声は出せないが、あまりの非礼さに、松井副署長は怒りを覚え、声量を抑えながらも強い口調で矢嶋を叱った。

「いい加減にしろよ。潔白な一般市民を犯罪者扱いしたんだろ?

貴様は何を考えているんだ?詫びるのが筋だろうが?」

不貞腐れた様子で矢嶋は吐き捨てた。

「はあ、すんませんでした!」

この男の対応に、松井は違和感を感じた。

捜査のやり直し、かつ捜査の主管轄を県警本部に持っていかれたとはいえ、無実の人間に対してここまで憎しみを持てるのだろうか?

何かが無いと、このような態度は取らないのではなかろうか。


釈然としないまま、病室を出た所で、松井は見覚えのある子供二人を見つけた。

「翼ちゃんと碧葉ちゃん……、パパは大丈夫だよ。まだちょっと会えないかもしれないけど、すぐだからね。」

控え室でのやり取りを見せてはいけないと、光雄の母が病室前まで連れて来ていたのだ。

二人の警察官は深々と頭を垂れ、一人の警察官は目を合わさず軽い会釈をした。

「ご家族の方は、どちらにいらっしゃいますか?今回はお詫びに参りました。」

松井は母親に問いかけ、控え室に向かう途中、矢嶋に指示を出した。

「謝罪の気持ちがない奴を連れて行くわけにはいかない。貴様はハイヤーに戻っておけ。後で聞きたい事があるから、頭の中を整理しておけ。」

憮然とした表情で挨拶もせず、矢嶋は踵をかえ、出口へと向かった。

「あんたを破滅させてやる……」

誰にも聞こえないように呻きながら。


病院の外では、3人の乗客が降りたアルファードの車中で、乗務員が営業所に連絡をしていた。

もちろん光雄が事故に巻き込まれたという報告である。

土曜日ということもあり、営業所は閑散としていたが、出勤し、出庫していない人間にインパクトが走った。


週明けに専属に行くことが決まったドライバーが、事故に遭った。

どういった事故だったのかが判らないと、対応のやりよう無いのであるが、各々がスマフォ等で検索を始め、警察発表もあった事故(事件)だったため、比較的容易に情報は入手できた。


まず、中林は車に乗っていたわけではない。(←ここが重要。乗車中の事故だと、第一当事者になると、光雄、会社共に免許への影響があるため。)

容体については、全身を強く打った所までは判ったが、詳細な状態は不明。

入院し、警察の人が中林の所へ見舞う位だから、軽い怪我ではないと推測される。

面会等の可否についても不明。

「あっ!」

乗務員の一人が声を上げた。

「ヤバイじゃん、事件に巻き込まれたクサイよ。容疑者だって。」

少し前の記事にアクセスしてしまい、中林が容疑者だった情報を見てしまったのだ。

営業所の中がざわつく。

そのスマフォの画面を見た運行責任者が、指示をだす。

「俺が所長に連絡するから、お前は管轄の警察に確認を取ってくれ。一台車を用意してくれ。」

一気に緊迫した状況に変わった。


家族控え室では、二家族が各々の患者のために待機していた。

「松谷警察署の署長、村雨です。

中林光雄さんのご家族ですか?

それと、そちらは……」

光雄の父の健三が説明する。

「今回の件のもう一人の被害者、和気井瑞穂さんのご家族です。」

紹介をされ、二人の警察官と老夫婦はお互いに会釈をした。

「今回の件、娘さんが大変な事になり、かける言葉もありません。

埼玉県警が、全力を挙げて必ず解決します。そのために、ご家族も、どうか瑞穂さんを応援してあげて下さい。」

「あの……あの子は……あの子はなんで……なんでこんな事になったんですか?」

声を震わせながら瑞穂の母親が聞いた。

「今捜査中です。事が事だけに、軽はずみな事は言えません。ただ、娘さんは被害者です。巻き込まれただけです。」

「お願いします……瑞穂をあんな目に遭わせた犯人を、必ず、必ず捕まえてください……」

「解りました。必ずしや」

和気井瑞穂は、メチレンジオキシメタンフェタミン、俗称エクスタシーと呼ばれる向精神薬、時には記憶障害や、死に至る事もある、違法薬物の過剰摂取で、予断を許さない状況であり、ICUに入ったままであった。

「そして、中林光雄さんのご家族、この度は、初動捜査の不手際で、大変ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございませんでした。」

改めて署長と副署長は深々と頭を下げた。

「特に、奥様、お父様には署での非礼、本当になんと申し上げれば良いのか……」

健三が口を開く。

「全くですな。と言いたい所だが、大体察しはつく。どこにでもいるものだな、点数稼ぎや自己保身の為に暴走する輩が。

智花さんさえ良ければ、赦そう。しかし忘れない。決してな。」

二人の警察官は、言葉が出なかった。

「私は……、光雄クンの無実が認められて、そして……こんな事をした、逃げた卑怯な犯人を捕まえてくれれば。」

智花の涙はもう枯れ果てた。

というより、光雄からの決別宣言が、逆に彼女を奮い立たせる事になったのだ。

「何にしても、中林さん、和気井さん、松谷警察署を挙げて、いや、埼玉県警を挙げて、捜査を尽くします。」

署長ははっきりとした口調で断言した。

よろしくお願いしますと、二つの家族と、警察官はお互いに頭を下げた。


「署長は、先にお車へどうぞ、私も後ほど参ります。ところで智花さん、少しよろしいですか?」

松井は智花に耳打ちする。智花は小さく頷き、席を外した。

控え室の外、時折パタパタとスリッパの音がする廊下で、松井が周囲を気にしながらあの件について話をする。

「最後の契約事項、こういう事もあったから、こちらから破棄させてもらう。貴女は自由だ。勝手かもしれないが、これからもママ友、パパ友として、家族ぐるみでお付き合い頂きたい。」

家族ぐるみという単語に、智花はビクッとした。話すべきか、話さないべきか、迷っているうちに、松井は智花の物言わぬ異変に気付いた。

「どうしたんですか?やはりお付き合いは頂けないですか?」

「そうではないんです。……翼も碧葉も、未来ちゃん、美裕ちゃん、麻っ紀ーとは仲良しでいたいです。

でも、光雄クンは、私達の秘密を知っていたんです。

彼の優しさで今までは、素知らぬふりをしてくれてたと思うんです。

でも、彼自身、今現状の身体の事を知って、別れようって……養っていけないからと、最後はご主人様に養ってもらえと……」

これ以上の言葉が出てこなかった。

「別れる別れないの話はご両親に話されましたか?」

「いいえ、というより、とても言えません……」

まあ、あの熱血元自衛官に話したところで、ぐちゃぐちゃになりそうなものだ。

松井はそう苦笑し、アドバイスをした。

「元『ご主人様』として、私もこの件に絡みます。それまでは、光雄さんに色々聞かれても、時期が来たら話すと言ってください。彼の体調も気になりますし、今下手な刺激は、下手をすると……、いや、やめておきましょう。縁起でもない。

告白する時は私も同席させて下さい。」

下手な刺激……10年前のあの時の悪夢が脳裏をよぎる。

「判りました。『元』ご主人様……」

少しほっとしたような顔をし、智花がぺこりと会釈をし、控え室に戻って行った。



10年前の悪夢については、番外編で投稿予定です。

今の所の構想では、智花視点の物語も投稿するつもりですが、光雄君のモデルとなった方から、エンディングも当初のプロットと、本筋のものと、二つとも見たいとの事で、これも投稿予定してます。

なお、智花視点の話は、内容が内容だけに、18禁サイトへの投稿となる事をご了承下さい。


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